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キッチン・イン・でぃすとぴあ 1

【第1話 ”メシ屋午後9時 Don’t be late”】

[1−1ピンクの飯屋(メシヤ)]

20:20
 かつて『首都高』と呼ばれた高速道路を、派手な装飾の奇妙な車が疾走していた。
 ピンクの車体に「Youは食!」と黒字でペイントされた春日部ナンバーのキッチンカーの車内には、異様な異容が2つ。
 
 1人は、若い女。
 栗色の髪に鮮やかなピンクのインナーメッシュ。同じくピンクのキャミワンピに、左右の耳には大量のピアス。ガッツリアイメイクを施された、眼力タップリの視線を前に向け、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、黒いネイルに彩られた手でハンドルを握っている。

「ぶるぁぁぁぁぁぁ!」

 7つの玉を集めると龍が願いを叶えてくれるアニメの、緑色の強敵の中の人のような雄叫びを上げた女は、タイトなコーナーに突っ込むと、サイドブレーキを引きつつ、滑る車体に逆ハンでカウンターをあてる。公道最速理論とは無縁のAT4速の背の高いワンボックスが、きわどいドリフトを決める。

「うわぁぁぁぁぁんん!!!」

 そしてもう1人。
 青年……というには少し年嵩の男が荷台にへばり付いている。
 身の丈は、2m近く。ファイヤーパターンのタトゥーが彫り込まれた太い腕。鋼のような肉体のその男は、強面の顔面を涙と鼻水でグシャグシャにして子供のように泣いていた。

「ちょ、おま……そんなトバすなよぉ……(;´Д`)」
「あー! 汚ぇ!! 鼻水汚ぇ! 毎度毎度ぴいぴいぴいぴいぴいぴい泣くんじゃねぇよ! ろくなもんじゃねぇなぁおい! ( `д´)、ペッ!」
「うぁぁぁぁん! 鍋が! 鍋がぁぁぁぁぁ!」
「っっせぇ! しっかり抑えてろクソが! ディナータイムに間に合わねぇだろが!」

 幼児のように泣き喚きながらも男は、醤油とニンニクに漬けこまれた鶏モモ肉がみっちりと詰まった、ずっしりとした寸胴鍋を逞しい腕で保持し、キャベツがぎゅうぎゅうに詰め込まれたプラスチックコンテナを、片脚を伸ばした小キックの体勢で抑え込んでいた。
 コーナリングのGに耐えかね、黄色いコンテナから、キャベツが一玉転げ落ちる。キッチンカーの中を暴れまわると最後にワンバウンドし、その勢いのまま→↓↘と昇竜のような奇跡的な軌跡を描き、大男のアゴに「つうこんのいちげき」を食らわせた。

「カプコンッッッ!」

 奇声とともに気を失った男を載せ、キッチンカーはひた走る。

 鶏肉、キャベツ、大蒜、そしてガソリン車。
 これらは、この時勢ではすべてご禁制の品々である。

 20XX年、中国のTHS(Total Harvest Supplier)社、が食糧問題を一挙に解決する、革新的な代用食品を開発した。MOI(Meat Of Insect)というその食品は、その文字列が意味する通り、食用昆虫を原材料としていた。
 タンパク源としては畜肉以上に優れており、各種ビタミン・ミネラルを添加することで、「次世代の完全栄養食に、オレはなる!」という触れ込みだったが、当然ながら、昆虫食を忌避する声が大多数であり、普及には至らなかった。

 潮目が変わったのは、2100年代に入ってからのことだった。
 過激な環境保護団体に所属していた元・環境保護活動家であり、農業・漁業・畜産業の縮小と、自然環境の保護を公約に掲げ、その年の米国大統領選で圧勝の上就任した革新派の大統領、M.キャンベルが、その公約通り農業・畜産・漁業の解体を推し進め、より健康的かつ環境負荷の少ない食生活として、MOI食を奨励した。
 当然、一次産業界の反発は強かったが、2000年代の初めから起こっていた自然環境の変化と、過剰な遺伝子組み換えを行い続けてきたことの反動による収穫量・漁獲量の減少は続いており、農作物を飼料とする家畜の飼育量も減少し続けていた。遠くない未来、未曾有の食糧危機が世界を覆うことは必至だった。

 最初にアメリカに歩調をあわせたのは、英国だった。つづいてドイツ、スイスが追従し、中国に飛び火した。ながらく親米保守路線を続けてきた日本もアメリカに同調した。
 MOI食への転換を国策とする国は、徐々に徐々に増えていった。食料生産の主導が民から官に移り、加工業・流通業も政府に統制されるようになった。その流れは、世界中を覆っていった。もちろん、この日本も。

 かつてJAと呼ばれていた組織は、ZA(ヅィーエー)と呼称を改め、各国同様、農業漁業畜産業を解体。食料の生産・流通を一手に担うようになった。

 しかし、それを是とせぬ者達は、当然存在した。
 これは、そんな「食の聖戦士達」の物語である。

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