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にがうりの人 #35 (濃縮された業)

 その言葉に若さゆえか私の中の温度が沸点まで達し、気づいた時には男の胸ぐらを掴んでいた。それは男の態度や依頼内容というよりも、私が敬愛する高峰に向かって汚い言葉を浴びせた事に対する怒りだったのかもしれない。
「あんた、自分で言っていること分かっているのか」
 確かに様々な依頼がある。しかしここまで露骨な不法行為はさすがに私でも許せなかった。
「使いっぱしりに用はねえ言うてるやろ。おら、放せや」
 私の手を蝿でも払うように振り解くと、派手なシャツの襟を正した。
「話を聞きましょう」
 私が再び男に詰め寄ろうとすると、それを制止するように高峰は毅然と言った。私は憤懣やるかたない思いであったが高峰が話を聞くと言った以上、私も男の話を聞かざるを得ない。

✴︎

 私は男を間仕切りの向こうの応接間へ通し、高峰と共にソファへ腰掛けた。高峰が名刺を差し出すと男はそれを一瞥し、ポケットへ無造作にしまいこむと横柄に口を開き始めた。だが、話を聞けば聞くほどこの男が想像以上に暴虐的な人間であることが分かった。
 男は頑なに語りたがらなかったが、どうやら会社社長の子息であるらしい。名前を蒲田京介といい、二十歳を過ぎても親のすねをかじり放蕩三昧の生活をしている。金を湯水のように使い、欲望の限りを尽くしているようであった。
 蒲田は都内にクラブを三件ほど所有していた。それは経営しているというわけでもなく、親が与えたおもちゃに過ぎなかった。そこでは夜通し若者を集め乱痴気騒ぎが行われていると蒲田は薄気味悪い笑みを浮かべながら語った。
「お前、乱交したことある?」
 蒲田は澱んだ目で私を舐めるように見た。今にも生臭い獣臭が漂いそうで私は眉間に皺をよせる。
「あるわけないでしょうが」
 私は語気を荒げた。蒲田は煙草を取り出すと火をつけ、煙を吐き出す。
「俺はね、あれが好物なんや」そう言ってけらけらと笑った。並びの悪い歯がちらつく。
 その時、軽い音が部屋に鳴り響いた。そして彼は尻のポケットから呼び出し音が鳴っている携帯電話を取り出すと私達を気遣うことも無く通話ボタンを押した。
「もしもし。なんやねん?ああ、分かっとるわ。今やっとる。あ?自分、俺に任せる言うたやんけ。大丈夫や。お望み通りやってやるから。ほな、また」
 携帯をソファの上に放ると蒲田は口元を緩めた。その表情は爬虫類のようで私はぞっとする。
「クラブにようさん集まる連中は俺の金目当てでな、みんな俺の意のままなんや。だから夜遊びが好きな連中なら俺の事を知らない奴はおらんねん。知らないなんて俺に言うてみい、男だろうが女だろうが容赦せえへんで」
 そこで、蒲田は身を乗り出した。高峰は無言でまっすぐ蒲田を見据えている。
「普通の乱交じゃおもろないねん。だから、阿呆どもにドラッグをキメさせてやらせるんや。これがまたすごい光景な訳よ。そして俺は酒飲みながらそれを高みの見物ってわけ。これがたまらへんねん。まあ、贅の極みって奴やな」
 それから彼は通常の感覚を持ち合わせている人間であれば、耳を塞ぎたくなるような事を悪びれる様子も無く平然とのたまった。

続く

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