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物語をどうぞ|オリエントの語り部ラフィク・シャミの世界『空飛ぶ木』|

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 小さい頃、私は「物語」が好きだった。自分がいる場所ではない世界のお話のことを「物語」というのだろうとなんとなく思っていた。違う世界のお話が大好きだった。

 そして小学校高学年を超えると、私は「物語」を読まなくなった。40代の今になるまでずっと。私は「現実の世界のお話を生きる」のに精一杯で、ロックに心を奪われ、映画に夢中になり、スポーツを楽しみ、受験勉強、資格の勉強、恋愛や結婚、仕事に必死になり、「違う世界」のことを考えてももう心が躍ることはなくなっていた。そして必死になっているうちにとうとう自分のいる世界についていくことができなくなって今は家の中にいる。

 ラフィク・シャミの本に出会ったのはつい最近、本好きな友人の家に遊びにいった時のことだった。部屋にっぴったり合うように作られた本棚の中にたくさんの本が並んでいる。美しい青の背表紙に惹かれこの本を手に取り、素敵なアンティークのソファでしばらく読ませてもらった。

 これは「物語」。私が大好きな「ここではない世界」のお話。

 近所の図書館でも置いていたので久々に心躍らせて本を借りてきた。著者の妻であるロート・レープによる素敵な暗い青の表紙絵は、置いているだけでその周りを静かに水平にしてくれるような効果がある。著者であるラフィク・シャミは世界のたくさんの国でその作品が翻訳されているベストセラー作家。大人のための寓話の名手。千一夜物語発祥の地、「語り」の国オリエントのシリア、ダマスカスの生まれであると書かれていた。こんな素敵な本ならひとつずつ揃えていきたい。友人が本棚に選んだのも納得だ。
 
『空飛ぶ木』は14編のお話からなる本だ。人間だけが主人公ではなく、羊やコオロギ、花やタマネギも登場する。大人も子供も関係なく楽しめるのは、どれほど国や文化、年代、常識や設定が違う世界の話でも、その情景を「すぐ隣で行われていることのように感じる」その「語り」の上手さによるところも大きい。一瞬で世界に引き込まれる語り口に展開の面白さ、ブルっと震えるような恐怖、お見事!と唸らせてくれるお話もある。
 
 よく夏休みには「読書感想文」なるものを出せといわれたものだが、もしかしたら短編集というのは感想文に向いているかもしれない。「わたしがこの14個のお話の中で好きなのは、3番目のこの話です。」と始めてもいいし、「2番目と、8、9番目が好きです。なぜなら」と似ている部分をあげたり比較したりしてもいいかもしれない。「どれも好みではありませんでした。特にタマネギや花が話をするなんておかしいと思います」でも別にいいと思う。たくさんの場面があるし、読書が好きじゃない子は2,3個だけ読んだっていいのだから。

 大人になってからこんな素敵な「物語」にばったり出会った体験はとても貴重で、この本を本棚にひっそりと置いてくれていた友人にも感謝したい。世界的にも有名な作者であり、読書好きの方には既によく知られた本なのだろう。牧歌的な子供も向けの本という訳ではなく、大人が読んで存分に楽しめる内容だ。それぞれの短いお話の中にあっと言わせるトリックが隠されていたり、お見事!と言いたいような結末が待っていたり、読み終えたら最後に拍手を送りたくなるようなとても楽しい本だ。

 読書は「読む」という行為のことを指すが、この短編のひとつひとつが「読書」ではなくあちら側からの「語り」のように感じられ、オリエントの語り部が自分にだけゆっくりと話して聞かせてくれているような気分になっている人は私だけではないはずだ。

物語をどうぞ。





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