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ある大学院の博士後期課程の院試(これからもっと頑張ろうと思ったという話)

2024年2月、私は首都圏にある私立大学の大学院経営学研究科の博士後期課程の社会人入試に挑戦した。これはその時の備忘録だ。実力不足を痛感した口頭試問だった。

第1章 事前準備

試験内容は、書類審査と小論文と口頭試問。研究科では3名、うち社会人枠は若干名の募集。朝9時から小論文が始まり、1時間で終了。3時間半後に小論文の合格発表。午後から最終試験の口頭試問に進むという段取りだった。 私は7時に自宅を出て、大学院試験会場には8時20分頃に着いた。
実は別の大学院博士課程試験では、電車遅延と大学周辺の火事による交通渋滞が同時に起きて集合時間に20分ぐらい遅刻した。それもあって少し早めに家を出た。結局40分前に到着できたので安心して試験に臨めた。8時50分には試験官が入室して9時から説明が始まった。

第2章 小論文の筆記試験

社会人枠の博士後期課程の試験会場には私しかおらず、どうやら私だけのために試験官が来てくれたようだ。ありがたさを感じたので精一杯頑張ろうと思った。
小論文の過去問は、事前に郵送で取り寄せることが出来る。私も過去3年分の過去問を取り寄せて、傾向と対策を1ヶ月間、練ってきた。想定問題を作り自分自身で想定回答を作り、音声ファイルにしてスマホで聞いて、暗記に近い状態で臨んだ。結局は過去問傾向から少し方向性が変わった問題が出題された。それでも想定回答の半分と、面接対策で作っていた想定回答を混ぜて回答できたので、これはこれで1時間で出し切った感覚があった。
※そのときの問題は意図的に掲載しない。 その後に3時間半くらい休憩した。小論文は通るのだろうか。不安と期待が交錯していた。

第3章 小論文のテストの合格発表

予定の13時30分に試験スタッフが入室して合格者を発表した。私は博士後期課程の社会人枠で小論文に合格していた。身が引き締まる思いだった。ここまでは高揚感もあった。
合格者は3階の合格発表用教室から5階の口頭試問の面接控室に誘導された。修士課程と博士後期課程が同時だが、私だけが博士後期課程の社会人枠の受験生だった。最初に男性1名、次に女性が1名、面接に向かった。私は3番目に面接室に呼ばれた。いよいよ最終試験だ。

第4章 口頭試問のために面接室に入室

面接室に入ると面接官が複数名が座っていた。全て男性(のような外見だった)。「ああ、大学院も男性社会なのかなぁ、ボーイズクラブだったら嫌だなあ」と不安を感じた。
事前にホームページで研究科の教員一覧を見ていたが、30名以上の教授と准教授が在籍していたが、女性の名前はひとりだけだった。経営学という学問分野の問題か?それとも運営する大学院の問題か?と考えていた。
具体的な一問一答は控えるがごく一般的な質問から始まった。主な論点は4つ。
①研究者と社会人の両立は可能なのか?
②研究内容とキャリアゴール像の整合性はあるのか?
③研究者としてのスキルはあるのか?
④研究テーマに独自性はあるのか?だった

当初の予定は15分間だったが、4つのポイントがぐるぐるしながら、面接は1時間続いた。途中で脱線があったことが時間が延びた原因かもしれない。

第5章 口頭試問の論点①「研究者と社会人の両立は可能なのか?」

研究と仕事の両立の実現性については、「これから研究者になろう!」としている私と、おそらくピュアな研究者であろう面接官では、平行線を辿った。
面接官からは、(私のバックグランドも加味して)3年では無理で6年はかかるし、それでも無理かもしれないと指摘があった。私は「それでも構わない」とし、「覚悟は出来ている」と回答した。
「具体的に仕事と研究の比率は?」と聞かれたので、「仕事と研究は7:3ぐらいのつもりでリソースを割く」と答えたが、それでは満足いく回答ではなかったようで、さらに「私は修士課程で2年間で1500時間かけた」と答えたが、それでも、どうも同じ趣旨の質問が続いた。

(感想)面接官は「フルタイムでも大変なんだよ」と言及していたので、私からは「今、私が受けている試験は社会人枠の面接ではないのですか?」と言及してみた。しかし面接官からは明確な答えはなかった。私には不安と不満が残った。

第6章 口頭試問の論点②「研究内容とキャリアゴール像の整合性はあるのか?」

私のキャリアイメージは、「ビジネスパーソンとして今の会社に所属し続け、なるべく会社に貢献したい。さらに10年後ぐらい先には、学校教育に携わっているかもしれない」と答えた。私の研究テーマは「コーポレートガバナンスと取締役会」であり、「研究テーマは今の仕事(新規事業部門)にも役に立つし、これからもっと親和性のある仕事(経営企画部門)になっていくと思う」と答えたが、これも納得している様子は無かった。一方的に研究内容と業務は一致していない認定をされる場合あった。

(感想)
そもそも面接官は、私の業務を深く把握していないのに、何故、不一致だと認識出来たのか。その説明は聞いても教えて頂けない。面接官のなかで、私の業務の「職種」又は「レベル」又は「ポジション」が、ある基準に達していないのだろう。本業と研究テーマが、本当に完全に一致していないといけないのだろう。
この大学院の社会人枠はどのような人が進学すべきなのか、人物像について抽象的ではなく、具体例も募集要項に書いておいて欲しいと感じた。

第7章 口頭試問の脱線①「大学院修士課程の成績」

一番左側の男性の私より若い面接官からは、「あなたの研究テーマと業務が一致しているようには思えないが」と前置きされた上で、途中で修士課程の成績表を見ながら、「名古屋商科・・・なんとかと言う大学院での、あなたの成績が随分と悪いがどうしてだ?」と聞かれた。さすがに大学院名を「なんとか」と言われてカチンと来たので「NUCBはそもそも学生の3割は落単させる厳しい成績基準であること、私は最初の1半期分の成績は悪かったが、その後は成績優秀者として奨学金を得ていたこと」を伝えた。

(感想)
そもそもこのブロックの質問とはかけ離れている点が面接官の論理的思考力が不足していると感じた。さらに通学していた大学院を「なんとか」と言われ、2年間真面目に頑張っていた私としてはバカにされたような気持ちになった。ここは私から言い返した。
ところで面接官は普段は、学生とどんなコミュニケーションをとっているのだろうか?と不思議でこちらから聞いてみたかった。私なら子どもを君の研究室には入れたくないなと伝えたかった。

第8章 口頭試問の脱線②「研究テーマの方向性から勤務先の事業の方向性に発展」

研究テーマの討議の際には、研究テーマから話題がどんどんと脱線していった。私の研究テーマが、全業種ではなく業界特化がいいのでは?と提案されることもあった。研究手法が実証研究が自業界の事例研究になりもした。それでもここまでは線路の範囲内と感じたがが、その後は線路を越えていく。
そもそも当社(メディア)の事業の提案まで辿り着いた。今日は仕事のブレストにやってきたのだろうか?と面食らった。
さらに途中で面接官から「私とあなたは価値観が違う」とまで言われたので、さすがに意図を図りかねて「質問してもいいですか?」と前置きした上で、「価値観が違うってどのような意図で話されていますか」と聞き返したが、どうも返答が論理的ではなく、自説を面接官が論じ始める展開になった。

第8章 口頭試問の論点③「研究者としてのスキルはあるのか?」

研究スキルは、自分でも持ち合わせていないと思っている(反省)。過去の大学院の内容も実践的内容なので、その分、アカデミック寄りではなく、研究テーマであるコーポレートガバナンスや会計や統計の知識も深くない。これは面接でも私から正直に「スキル不足は私の弱みだと認識している」と認めていたので、あとはまな板の上の鯉の如く、料理人たる面接官に計ってもらえればと思った。正直、面接官が攻め立てるならこの研究計画を突っ込んで欲しかった。
*なお私のレベルは事前相談(希望する教授と事前にレベル感や研究コンセプトを相談できるオンラインミーティング)は伝えてあった。

第9章 口頭試問の論点④「研究テーマに独自性はあるのか?」

研究テーマの独自性についてはあまり語る時間がなかった。面接官からは「学士レベル相当の内容だ」とも言われた。
最近まで他校の教授の先行研究もあったので、その点から「私自身は別に、そこまで酷いレベルだとは思わない」と考えるか、「確かに、私のものは、先行研究にかなり近いものがあるので、独自性や新規性は乏しい」と考える面もあるので、レベルと新規性を分けて議論したかった。
ただ研究スキル不足の私には、このあたりまで研究スコープを絞った方が現実的な路線で、いいと感じていた。独自性とレベルは表裏一体の部分もあるので、客観的な意見をもっと聞きたかったので、ここは消化不良で終わってしまった。

第10章 口頭試問を終えてエレベーターの前で

面接が終わった。面接室から出ていく時に、面接官にお礼を述べて頭を下げて退室。エレベーターを待っていたら、面接官が面接室から廊下に出てラップアップのような会話をしている。
距離にして15mくらい離れていたので、詳細や文脈はわからなかった。こちらには気がついていないのだろうか。「なぜ面接官たちは、面接内容を廊下で話すのだろうか」と不信感が芽生えた。

第11章 帰りの電車で考えたこと

私的には随分と疲れた入試日だった。校舎を出た後に駅に向かってトボトボと歩き出した。私は博士課程を目指していいのだろうか?博士課程で何を得たいのか?研究テーマは自分が情熱を持って取り組みたいことなのか?かなり暗い気持ちで駅のホームの椅子に腰掛けていた。
どうしても納得いかなかったことがある。中央に座った青いシャツの面接官が私の願書を机の端によけて、スマホを取り出し、面接中に操作し始めた。さすがに私は目を丸くしてしまった。四年生の学生の前でもあのような面接をするのだろうか?と、指導者の教育スキルや大学法人や学部のガバナンスのほうが不安になった。
結局、私は自宅に着いた時点で、「絶対に合格していないが、仮に合格してもこの大学院は辞退したほういい」「この大学院の環境で3年間、最長6年間の勉強は出来ない」という結論に達した。

最後に

まとめとしては、実力不足を痛感した口頭試問だった。試験官は私に、答えのないことを、何度も聞くのだろうか?と不思議に感じたが、まあ、それだけ私のスキルややる気が不安に映ったのだろうか。
つまり「君には、時間も実力もないから研究の道は辞めとけ」ということだと認識した。それは納得する。ぐうの音もでない。むしろ「面接官に不満をぶつける前に、自分自身の実力不足を反省しろよ」と自分に突っ込みたい気持ちに徐々に変わっていった。

※本件は、桜美林大学ではございません。

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