見出し画像

【旅レポ】英国道中膝栗毛 ロンドン・ロンドン・ロンドン その③

前回 ↓

前回までのあらすじ;アイスランド旅行を諦め、ロンドンにマツジュンを迎えに行くことになったお湯。しかし到着が遅延していた旅行カバンをアイスランドに届けるよう手配していたことを、すっかり忘れていた。

 くたくたになっていた僕はベッドへ沈み込むように横になりました。翌日のロンドン行きの飛行機まで、しばしのまどろみに落ちるはずでした。

 しかし数分後、あることに気が付きます。

 「このままでは僕がロンドンに帰ったタイミングで、旅行カバンがアイスランドへ出発してしまうのではないか?」

 僕は疲れ切った体に鞭打って飛び起きました。時間は現地時間で深夜の3時をまわったところでしたが、何らかの方法で、旅行カバンを空港に留めておいてもらう連絡をつけなければなりません。

 僕はヒースロー空港でもらった荷物遅延の受付票に、担当部署の電話番号とメールアドレスが記載していることに気が付きました。しかしこの時間だと国際電話をかけても通じないことは、いくら思考能力の低下した僕にもわかることでした。したがって、メールに一縷の望みをかけるしかありません。

 「旅行カバンをアイスランドに届けてほしいと伝えていたが、急遽ロンドンへとんぼ返りすることになった。なので、旅行カバンはアイスランドに送らずに空港に置いておいてほしい。今日の夕方に自分でピックアップしに行く」的なことを、あーでもないこーでもないと下手な英語を駆使して1時間くらいかけて書きしたため、メールを送信しました。

 このメールがどれくらい担当者の目に触れるかはわかりませんでしたが、打てる手は打っておくに越したことはありません。

 流石にもうやれることがなくなり、すべてのタスクを終了した僕は、乾燥した空気の中、再び硬いベッドへと身を投げ出しました。時計は午前4時を指そうとしていました。

 2019年12月29日午前7時半。数時間を経て、どろっとしたまどろみの中から目覚めました。寝覚めは快適とは言えませんでしたが、多少疲れは取れたような気はしています。

 日本時間で26日の22時に出発したのに、まだ相方に出会えてすらいない現実に、僕は目眩を覚えました。

 フライトが11時発の予定なので、遅くとも9時〜9時半には空港に到着しておきたいところです。一応、スマホを確認しましたが、空港の職員からメールに返信はありません。まあ、時間を考えれば不思議ではないでしょう。

 窓の外は相変わらず真っ暗でした。まるで深夜のような暗闇です。日が昇る気配もありませんでした。冬季のアイスランドではこれが1日20時間も続くのです。こんな世界でネットが繋がるかもどうかわからない状況で独り歩きなど、チキンの僕には到底耐えられるはずがないと思いました。そして、無理をしてでもロンドンへ戻る決意をしてよかった、と確信しました。

 僕は寝ぼけ眼をこすり、目を覚まさせるためにもう一度シャワーを浴びて、着替えて(もう残った着替えがないので、一番「着た感じ」のない服を選び、身に着けます。しかしあまり気持ちのいいものではありません。)1階へ降りました。朝食を取るためです。せめて1食だけでも、何かアイスランド的なものを味わいたかったのです。

 レストランに並んでいたのは一般的なホテルの朝食という感じでした。プロテイン入り(?)の甘いヨーグルトは多少物珍しかったですが、そのほかは塩辛いベーコンにスクランブルエッグ、バナナやオレンジなどのフルーツ、トーストなど、ごく普通のメニューでした。あまり珍しいものがないことに少し肩を落としながら、それらをまんべんなくプレートに載せ、コーヒーを啜りました。カフェインのおかげで、頭がスッキリしていくのがわかりました。

 多少エネルギーがチャージできた僕は部屋に戻り、少しTwitterをいじるなどして支度を済ませました。

 チェックアウト時に「昨晩、車道を通ってホテルに来なければならなかったんだけど、歩道はどこに行けばありますか」と聞くのを忘れませんでした。受付のお姉さんはにこやかに「それは大変だったわね。ホテルを出て右側から行けば駐車場の中の歩道を抜けて空港にたどり着けるわ」と教えてくれました。

 僕はお礼を言い、ホテルを後にしました。

 お姉さんの言う通り、ホテルを出て右側に進みましたが、なんと歩道はどこにもありませんでした。僕は仕方なく、迫りくる自動車をかいくぐり、空港へと歩きました。デンジャラスでした。まあ、朝方の空港ということもあってそこまで交通量が多くなかったのが救いでした。

 外は思ったより寒くありませんでしたが、暗い上に小雨がぱらついており、寒さの体感を底上げしていました。

画像1

 僕は「こんな天候ではオーロラも見ることは叶わなかっただろうな」などと、すっぱい葡萄理論に基づいた冷静な状況判断を下し、空港でチェックインを果たしました。

 ケプラヴィーク国際空港にはラウンジもなく、売店も遅い時間帯まで開いていないと聞いていたので、そんなに大きくない空港を想定していましたが、改めて見てみるとかなり小綺麗で、カフェや売店が充実しており、国際線の出発ゲートまでも10分以上歩かなければなりませんでした。けっこう広いな、という印象でした。

画像6

 せっかくなので、おじいちゃんと弟にアイスランド土産を購入しました。お昼の時間帯を挟むので、機内での食事用に、見たこともないシリアルバーとオレンジジュース(?)、アイスランドミネラルウォーターを買いました。

画像2

画像3

 アイスランドはキャッシュレスが進んでいたので、どの売店でもアメックスで決済することができました。なので、今回はアイスランドで日本円を現地通貨であるクローナに両替する必要はありませんでした。

 出国審査では「お前、昨日の晩にアイスランドに到着したばかりなのにもう出国なのか? 怪しいやつじゃないのか?」と尋問を受けることも覚悟しましたが、にこやかに対応していただき、特に何事もなくパスすることが出来ました。

 現地時間11時。乗り込んだロンドン行きの飛行機から窓外を見ると、ようやく空が白んできて、夜明けという風情になってきました。日本であれば煌々と日が昇っている時間帯です。時差ボケも合わせて、体内時計がどうにかなってしまいそうでした。

画像4

 飛行機は定刻通りに出発しました。3時間後にはなつかしくもないヒースロー空港に到着です。

 入国して11時間と少し。僕はアイスランドを半日も絶たないうちに去ることになりました。人生でもこんなに慌ただしい旅というのは、なかなかないに違いありません。

 フライト中に空港で買っていた軽食を済ませ、しばしうたた寝をします。

 現地時刻14時。再びヒースロー空港に到着しました。

 早速Wi-Fiに繋ぎ、メールを確認します。ヒースローからの返信はありません。嫌な予感がしました。「もしかして昨晩、僕が送ったメールを、担当者は見ていないのではないか?」いやでも焦りが生じます。

 今回はエコノミークラスでの旅だったので、入国審査にプライオリティ・レーンは使用できません。長蛇の列に並ぶ必要があります。僕はこの時間のロスを計算していませんでした。

 旅行カバンは本日16時にヒースロー着と言われていましたが、フライトが1〜2時間早まる可能性など大いに考えられます。

 僕は亀の歩みで進む入国審査にそわそわしながら「どうすればいい、どうすればいい」とずっと心配していました。

 結局、入国審査を抜けて到着ロビーに出られたのは15時ごろでした。残された猶予はあと1時間しかありません。しかし、もしかしたらもう荷物はヒースローに到着しているかもしれません。

 僕は使用していた航空会社であるAir Chinaの受付があるターミナルに移動しながら、遅延荷物受付票に書いてあった電話番号にコールすることにします。国際電話なので高額な電話料金がかかりますが、背に腹は変えられません。

 「もしもし、荷物遅延の件でお電話したのですが」

 「どのようなことでしょうか」

 「アイスランドに荷物を送ってほしいと言っていましたが、急遽ロンドンに戻ることになったので、本日ヒースローで荷物を受け取りたいのですが(荷物の受付票の番号を伝える)」

 「荷物は16時にヒースローに到着予定です」

 「そう、それです。それを空港で受け取りたいんです」

 「それはできません。だってお客様は、いまアイスランドにいるはずですよね? それでどうやってヒースローで荷物を受け取るのですか?」

 「いや、だから都合で急遽ロンドンに帰ることになったんですよ。いま、まさにヒースロー空港にいるんです」

 「そんなことってありますか?(的なニュアンスなことを言われる)」

 「それが実際、あるんですよ。詳細はメールを送ったんですけど…」

 「はあ…そのようなものは承ってませんが

 などと不毛なやり取りをし、やっぱりメールは見られていなかったのだ、恥を忍んで電話をかけてよかった、と僕は胸をなでおろしました。

 あーだこーだ言ってるうちに、なんとか事情をくんでもらい、無事に空港で荷物を受け取る手続きをしてもらうことが出来ました。

 「遅延荷物対応センター(的なセンター)というのがあるので、そこへ行ってくれ」

 と言われたので、僕はそこに向かうことにしました。

 指定のターミナルへ向かい、遅延荷物対応センターを探します。なんと、遅延荷物センターはどこにもありませんでした

 ターミナル内をうろうろしますが、それらしいものは見当たりません。

 仕方なく僕は、ターミナル内に設置してある固定の受話器から荷物受け取り担当へ連絡し、「かくかくしかじかということなのだが、遅延荷物センター的なものがないんですけど、どうすればよろしいでしょうか」と聞きました。

 「やあ、担当のジャネットだよ。じゃあ、空港の職員が出入りするコーナーの入口でしばらく待っていてくれ! 16時に担当者が迎えに行くよ!」

 というのを聞き取るまでに、あまりに英語が下手すぎて「プリーズ、スピーク、モア、スロゥリー、サンキュー」というのを3回くらい繰り返し、へとへとになりながら指定の場所に到達しました。

 空港の職員さんの通用口に一人でぽつんと座って待っていると、怪訝な顔をした女性職員から声をかけられます。

 「あなた、間違ってここに来てない?」

 「いえ…遅延した荷物を迎えに来たんです。ここで待っているように言われました」

 「そう…(無関心)」

 空港の職員さんが自分の職務をまっとうするため、次々と専用の通行口を抜けていくのを横目に見ながら手持ち無沙汰に待ち続けるのは、自分は何も悪いことをしていないのに、なんだかとんでもない間抜けになったように思えました。ただ待っているのもあれなので、ロンドン市内で今日から泊まれる宿を見繕うことにしました。

 どのくらい時間が経ったのでしょうか。ふと時計を見ると、16時10分過ぎです。「ここで待っているように言われた」とは言ったものの、本当にここで合っているのか、次第に不安が押し寄せてきました。

 「もしかして待ち合わせ場所を聞き間違えていて、見当違いな所でボーッとしているだけではないのか?」

 「担当者は本来の場所にもう来ていて、僕がいないのでどこかに帰ってしまったのではないか?」

 果ては

 「僕の英語がよくなくて、ちゃんと話が伝わっていなかったので、荷物はアイスランドに飛ばされてしまったのでは?」

 という妄想まで広がります。

 また時計に目をやりました。16時20分。流石にいてもたってもいられなくなって、僕は最寄りの受話器に歩いていきました。

 「もしもし、すみません。ジャネットさんをお願いできますか?」

 「ちょっと待ってくれ(数十秒の保留音)…もしもし、ジャネットだが」

 「先程電話したジャパニーズのお湯ですが。職員専用の通行口で合ってますよね?」

 「…職員専用の通行口にいるんだよな? そこで待っていてくれ、職員が迎えに行くから」

 「あっはい」

 ジャネットは忙しさでイライラしていたのか、先程のにこやかな対応とは打って変わって、なんかだか半ギレでした

 それから不安と戦いながら待つこと15分。シュッとした感じのスーツの男が現れ、そこには僕一人しかいないにも関わらずキョロキョロと周囲を見渡し、僕の姿を最後に目に入れると、

 「君が連絡をくれたお湯か?」

 と聞いてきました。彼がジャネットでしょうか。

 「そうです」

 と答えると、彼は名乗りもせずに、「ついて来い」みたいなジェスチャーをして、無言でそそくさと職員通行口の方へ歩いて行ってしましました。僕は何一つ身分の証明をしていないのですが、よいのでしょうか。

 しかし、ここで置いていかれるわけには行きません。僕は慌ててついていきます。

 手荷物検査を済まし、制限エリアに入ります。入国審査を経たあとに旅行カバンをピックアップするレーンがならぶコーナーに案内されました。彼はその間も、一言も発しません。僕は何一つ悪いことをしていないのに、何か多大な迷惑をかけているような気になってきます。いくつものレーンを通り過ぎていくと、いくつかの旅行カバンが隔離して保管してある一角がありました。

 そこにありました。白い、他のカバンと区別できるように映画のシールをベタベタと貼った、紛れもない僕の旅行カバンが。

 「あ、あれです。僕のカバンです」

 彼は黙ってうなずくと、実際に僕が持ち主であるかどうかも確認せずに「じゃあこれで」と言って、さっさと歩き去ってしまいました。

 無事にカバンが手元に戻ってきた安堵と、彼の業務態度のあっけなさに僕はしばらく、その場に呆然としていました。

 しかし、これで概ねのミッションは完了しました。現地時間17時。あとはマツジュンがヒースローに到着するのを待つだけです。

 早くも第三弾を迎えた英国道中膝栗毛シリーズ。まさか、まだ相方と出会えていないとは、自分も想像していませんでした。

 次回、果たしてお湯は無事にマツジュンと出会えるのか? 年末英国ホテル予約争奪戦編。乞うご期待。(続く)

次回 ↓


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?