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雨の日の朝


僕は雨が嫌いだ。

湿気で肌はベタつくし、髪の毛のセットもうまくいかない。偏頭痛で頭もズキズキしててなんだか重く感じる。
傘をさしても肩は濡れてしまうし、ズボンの裾だってベシャベシャだ。天気予報のアナウンサーが今週から梅雨入りだと言っている。
僕は鏡の前でため息を吐きながら髪の毛をブラシで整えていく。いつもより早く家を出て、いつもより遅くて混んでいるバスに乗らなきゃ行けないと思うと憂鬱で仕方がない。
自転車に乗って全身に風を受けながら走る気持ちよさを味わえないし、家を早く出るもんだから睡眠時間が減ってしまう。

雨が降らなきゃ良いのにっていうのは、雨が降らない地域の人からしたら死活問題なのもわかってるから思わない。それなら雨が必要な地域にだけ降ってくれないかなとか、僕のはるか上空にだけ直径2.3メートルの傘が現れないかなとか、そんなファンタジーの世界でしか起こり得ない事考えたって、僕の憂鬱が晴れるわけでもないけど。

バス停では、傘をさした人々が俯いて立っている。まぁ、強いて言うなれば人との距離がしっかり取れるってのがいいかもしれない。
始発の次のバス停だから9割座れる。車内が蒸すのは我慢しよう。
傘をたたんでバスに乗ると、一番後ろの席の窓側に彼女は居た。僕に気がつくと笑いながら手を振って、隣のシートをポンポンと軽く叩く。
おはようと挨拶を交わして、昨日のテレビ番組とか、Twitterで見かけた面白い話とか、だらだらと喋る。
僕らを乗せて、バスは雨の中を走っていく。しばらくして、つい、こんな雨の日は何も上手くいかなくてうんざりだよなーと愚痴をこぼしてしまった。
変にかっこつけたくて、彼女にはあんまりネガティブな発言はしないようにしてたのに。
彼女は少し考えてから、私は雨が好きだなぁと笑った。
雨の土みたいな匂いが好きで、新しく買った傘が使えて、いつもは汗だくで自転車に乗るけど今日は雨だからバスで良いやって自分を甘やかせるし、雨が降った後って涼しくなる。もしかしたら虹とか出るかもしれないし、それをみんなで見るの楽しい。
そう言いながら、目的地に着いたバスを降りる。バスを降りる頃には雨はすっかり上がっていた。

それに何より……
彼女はそこまで言うと、少し、はにかんだ。
こうやって、いつも忙しそうでなかなか捕まらない君と、2人でおしゃべりしながらバスに乗るのが、私はとても好きだよ。
バチっと目があって、同意を促される様に笑顔を向けられてしまうと、僕は傘を傾げて顔を覆う。

もう雨降ってないよ?
いたずらに笑う彼女は、くるっと僕に背を向けると晴れた空の下を歩いて行った。

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