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中国・浙江省のおもいでvol,14

『キャンパス』

 「ここは、三声の前に二声が三つ続いてるでしょ?前の二つはしっかりと語尾をあげて、最期をしっかり押さえつけるように発声してみて」ザオの教え方はとんでもなく分かりやすかった。しかも、丁寧だ・・・・。

 やれ童顔だの、イケメンを呼んで来いだのと言われた後だったが、彼女のアドバイスをしっかりと聞き、グループリーディングでは優秀な成績を残すことができた。

 「あんた、なかなか筋がいいじゃないの。気に入ったわ。というわけで、次回の合同授業の後、何人か男連れてきなさいよ?いいわね?」

 授業がおわるとザオはロングヘアをなびかせ、嵐のように去っていた。始終翻弄されっぱなしだったが、まあ悪い気はしなかった。Oと教室を出ようとすると、ガンティエン(以下岡田先生)が呼び止めてきた。

 「待ちなさい。君たちだね?昨日私の担当する学生と西湖へいったのは」

 ぎくりとした。あの乱痴気騒ぎがばれていたとなると少々不味い。日本の大学からの要請で、滞在中の飲酒は固く禁じられていたのだ。これが、大学に報告すれば単位剝奪も免れない。酒も飲めないなんて、馬鹿な規則を作ったものだと相手にしていなかったのだが。おそるおそる振り向くと、

 「あそこは飯が美味かっただろ。私の行きつけなんだよ!それに君たちは酒が飲める口とみた。」

 圧が強い・・。ぼくら二人が曖昧に頷いていると、

 「それでこそ日本男子だ。どうだね、今日は私と数人の学生で、学生街の行きつけに繰り出さないかね。日本料理を出す店なんだが」

 怪しい・・。だいたい繰り出すとは何だ。まるで上司が部下をつれてキャバクラなどのいかがわしいお店などへ連れていこうとする誘い文句ではないか。(風俗・水商売への偏見はございません)

 しかし、中国に来てから、脂っこい料理や、辛い料理ばかり食べてきた僕たちは、喉から手が出るほど日本料理に焦がれていた。素朴な味の味噌汁に、優しい味の煮物、旬の魚を醬油と柚子で食べたい・・。頭のなかでは和食でいっぱいだった。それこそ、一時帰国したいほどに・・。

 「岡田先生。是非ご一緒させてください!」

二人とも口々に叫んでいた。

 「では7時に南門の前に集合したまえ。」

 軍人のような、戦前を思わせる口ぶりがどことなく時代錯誤を感じさせるのだが・・。中国にいると開放的になることは、前日の西湖で既に感じていた。相手に気を遣い、コミュニケーションの幅が狭くなるような日本では味わえない感覚。礼節はあるが、年や性別を度外視した人間としての付き合い、それこそ中国、中国人の魅力なのかもしれない。

 時刻は4時。土曜のキャンパスは学び舎というより、公園に近い。4面もあるバスケットコートで学生がバスケを楽しんでいたり、グラウンドでサッカーに精を出す学生たち。近隣の住民たちだろか、ベビーカーを押す女の人や、子ずれの父親などでにぎわっている。夕日が綺麗だった。

 Oもぼくも足を止めて、夕日に照らされたキャンパスに見入っていた。(『中国・浙江省のおもいでvol,14「キャンパス」)




 

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