息子に日本の小学校から海外へ飛び立つ提案をしました
なんとなく予想していた通り、日本の小学校の<右むけ右>教育は我が家にとって案の定暗礁に乗り上げたので、いよいよ息子にカナダに行く?と提案することにしました。
実は親の私も小学校、中学校が得意では無く友達はいましたが色々と子供ながらに「え、なんで?」を多く持っている子供でした。
例えば、小学校の運動会は大嫌いでしたし、何かの発表会とかも得意ではなかったです。中学校に上がるとこの間まで一緒に遊んでた友達が<先輩>と呼ばれる立場になっていて気安く話せなかったり、部活に入れば準備をするのは1年生の役目。(なんで先輩手ぶらなの?みんなで持った方が早くない?)と思っていました。そして服装や髪型にもいちいち指摘される生活に、ある日もう本当に無意味なルールが多すぎて嫌だ。と思いたち、当時住んでいた横浜のインターナショナルスクールに英語辞典片手にメールを送りました。
「自分はどうも日本の教育があっていないと思う。自由になりたい。外国のように色々細かく言われない、判断しない学校に行きたい」と言う趣旨のメールを1時間ほどかけ仕上げて送りました。なぜインターナショナルスクールがそうだと思ったのか、覚えていないのですが、とにかく思い立っての行動でした。
何日かして、インターナショナルスクールから返信が来ました。
「あなたには教育を受ける権利があるし、私たちはいつでもwelcomeだ」と言う感じの心温まる返事が来ました。しかし、その日帰ってきた父親に
「私転校したい!」と意気揚々と告げたところ「何を馬鹿なこと言ってるんだ。」と一瞥され全く取り入ってもらえず、叶わない夢となりました。
さて、我が子が日本の義務教育、小学校に入学し、さまざまな行事や習慣を同じように息子が経験している中で、私も自分の学生時代をフラッシュバックしました。重たいランドセル、持って帰らなければならない重たい教科書、決められた靴下の色、保護者会、運動会、などなど。
「これってさ、私の子供の時から変わってないけど、今でも必要なのかな?」ということをよく主人に(言ってもしょうがないけど)言っていました。
そんな時、息子が「今日は荷物が多いからランドセルじゃなくて大きいリュックで行く。」と言った日がありました。
私はリュックで行くの賛成派だったので、(ランドセルよりもいっぱい入るし、とにかく軽いし)いいんじゃない?と色々詰めて持たせました。
しかし、その日帰ってきた息子に聞いてみると
お友達に「ランドセルじゃないといけないんだよ。」「なんでリュックで来ちゃったの?」と色々言われたとのこと。
「どうしてランドセルじゃないといけないかってみんな言ってた?」と聞いてみても、「分からないけど、みんなランドセルだし、先生も言ってたし。」
と言われ、主人からは「ランドセルは防犯の意味もあるからじゃない?」とも言われ、私的にはもうこれはまた意味のわからない「みんながそうだからそうしなきゃいけない。」としか聞こえませんでした。
そういったことが重なって行く中で、息子が小学校2年生になる頃には授業時間も増え、学習塾に通う子も現れだしました。私たちが日本で住んでいた地域はクラスの8割が受験すると言われており、近所の学習塾に入塾するには<2年生から入れないともう入れないみたいよー!>という会話もあちこちで聞こえるようになりました。マンションのエレベーターでよく塾のバックを持った小学生が夜ご飯のお弁当を持って塾に向かっている姿を見ることも多く、「えらいね。」なんて声をかけながらも「それでいいのか。遊びたくないのか。少年よ。」と心の中で問いかけてる自分もいました。
そしていよいよ息子に「ねぇ。カナダの学校に行ってみない?制服もないし、宿題もないし、勉強の時間も今より少ないよ。そして受験もないからいっぱい遊べるよ。日本の学校とは全然違うけど、行ってみてもいいんじゃない?」
と言ってみました。
なんていうかな、、なんて心配に思ってたけど息子の答えは二つ返事で
「いいね!行こう!」でした。
私が思うよりもずっとフレキシブルな答えでした。
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