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フランスースペイン縦断ーモロッコ自転車旅 備忘録(フランス・スペイン編)

まえがき

 「ジブラルタル海峡渡れるやんか」
 西安料理のビャンビャン麺を食べながら先輩は何気なく言う。
 「あ、ほんまですねー」
 同じくビャンビャン麺を食べながら、名前だけは聞いたことのある海峡の位置をグーグルマップで確かめる。スペインの南側を流れるその海峡を渡ればアフリカ大陸だ。
 もともと、サンティアゴの巡礼路を自転車で旅する予定だった。サンティアゴ・デ・コンポステーラ。その計画を先輩に話しているときの何気ない会話だった。
 話の流れで一瞬だけ顔を出したその話題はそのままなんとなく流れていったが、家に帰って一人になるとどうも気になる。
 ジブラルタル海峡、アフリカ大陸、スペイン縦断。
 おもしろそうじゃないか。
 
 最初に巡礼路を走ろうと思ったのに特に理由はなかった。有名で、距離も丁度よく、楽しそうだから。休みもとれそうだ。航空券をとったときには期待に胸を膨らました。
 ただ、日が近づくにつれてなぜかやる気が出てこない。調べれば調べるほど、気持ちがフラットになっていく。自分が求めるものがそこにあるのか、「巡礼路」というパッケージで行き先を選んでいないか。
 キャッチーさで行き先を選ぶことも悪くはない、とは思うが、その時の自分の中には、何か独自のことをやりたいという思いがあったのかもしれない。

 そんな錆びついてしまった計画に冒頭の先輩の言葉は効果絶大だった。
 次の週には職場に休みの調整をしてマラケシュから大阪へ帰る航空券をとって、スペインからモロッコへ渡るフェリーの乗り方など最低限の情報収集を行う。スペインの縦断路も、モロッコで走るルートも全くもって不明瞭だ。だが、とにかく楽しそうだ。
 結局のところ、旅に何を求めているかなんて自分でもよく分からない。
 ただ、楽しいことをしていたい。そして、より楽しそうな選択肢があればそちらを選びたい。
 
 「ジブラルタル海峡渡れるやんか」

 そんな些細な言葉に動く心をいつまでも持っていたい。

 あとがきみたいになったが、以上のような経緯で奇妙なルートになった今回の旅を簡単にまとめたので、ひまつぶし程度に読んでいただければと思う。まかり間違って、何かのきっかけになることがあれば万々歳だ。

2024年4月24日
 朝の9時頃に目が覚める。11時発関空行きのリムジンバスに間に合うよう身支度を整え、テントなどもまとめて入れて20kgほどになった輪行バックを右肩に下げて出発する。とても重い。
 家から徒歩5分のバス発着所に向かう。台湾人の夫婦が帰国するために同じ便を待っており、少し話をする。これからフランス〜モロッコの自転車旅に行くと言うと、「荷物はそれだけ?」と不思議そうに言う。3週間の旅に出るには少なく見えるらしい。
 空港に着き、夫婦に別れを告げ、チェックインと自転車の預け入れを済ませる。フランスからの帰りの航空券の提示を求められ、かくかくしかじかで帰りはモロッコからになる旨を説明すると、カウンターの若い女性2人は声を揃えて「すごーい」と言って納得してくれた。
 飛行機はひとまず3時間をかけて上海に向かう。まだ旅の実感は湧いてこない。

2024年4月25日
 中継点の上海・浦東国際空港。0時15分発パリ行きの飛行機に乗る。スルーバゲージの自転車は無事だろうか。
 パンと米が一緒に出てくる奇妙な食べ合わせの機内食を食べる。豚肉とパプリカの炒め物が思ったよりおいしい。
 パリまで12時間。あまり眠れず、唯一外国語でも話の筋が理解できそうなミスタービーンを見たり、ダウンロードしていた漫画を読んで時間を潰すもいよいよやることが無くなり、最終的に飛行機の現在地を示す映像を眺めて気を紛らわす。
 午前6時30分、パリ・シャルルドゴール空港に到着。荷物が出てくるベルトコンベアの前で自転車を待つも一向に出てこない。スタート地点のボルドー行きのTGVの時間まであまり余裕が無い。係員に尋ねると、大きな荷物は端っこの方にあるかもしれないとのことで、見に行くとあった。このロスは痛い。
 フランス語で駅を意味する「Gare」の案内標識を頼りに急いでTGVの駅に向かう。発車時刻ギリギリに着いて駅員にオンラインチケットを見せると、これでは乗れないからそこで発券してくれ、と行列のできた発券窓口を指さす。間に合うとか間に合わないとか、そんなのお構いなし。そしてボルドー行きのTGVは定刻通りに出発し、135ユーロもしたチケットがパーになった。空港からボルドー行きのTGVはその日はもう満席で次の日まで待つしかなく、モンパルナスからボルドー行きの便ならありそうだったので、大きくて重い輪行袋を運びながら地下鉄を乗り継いで1時間ほどでモンパルナス駅に出る。
 今度は発券機で紙のチケットを買う。列車に乗ろうとする人波に流され、チケットを見ながら車両を探していると「見せてごらん」と多分フランス人のおじさんが乗る車両を教えてくれる。TGVには大きな荷物専用のスペースがあり、そこに自転車を置かせてもらう。
 14時過ぎにボルドー=サン=ジャン駅に着き、駅前の広場で自転車を組み立てる。どうやら無事のようで、ほっと胸をなでおろす。自転車に跨り、列車の中で予約したゲストハウスに向かう。一泊30ユーロほどのきれいな宿でスタッフも親切。宿近くのスーパーマーケットで晩御飯のカップラーメン、明日一日分の食料、サングラスを買う。ようやく旅の実感が湧いてきた。
 少し街をぶらぶらし、宿に戻ってカップラーメンを食べ、シャワーを浴びて寝る。時差の関係で31時間もあった一日が終わる。



モンパルナス駅前
TGVの券売機

ボルドー駅前
ボルドーの町
スーパーマーケット・オーシャン

2024年4月26日
 朝6時半、ボルドーを出発。スペインのビルバオを目指して南に走る。ほどなくして立ち寄ったパン屋でカスクートを食べる。とんでもなくおいしい。
 南フランスの牧歌的な雰囲気に感動。もともと走る予定だったサンティアゴの巡礼路も少し走る。自分の自転車に跨って見る異国の風景は格別だ。
 レスプロンという田舎町のスーパーマーケットでチョコレートとコーラを買って休んでいると雨が降り出す。もう少し進みたいが、無理せずにここで宿をとることとする。一泊71ユーロ、個室。旅中の宿代は極力抑えたいが、宿の小粋な雰囲気に魅かれて奮発する。ディナーも宿のレストランで食べる。ヘーゼルナッツオイルでマリネした鴨胸肉のカルパッチョ、ポルチーニソースの鴨もも肉のコンフィ、デザートにバスクケーキを食べて38ユーロ。ほどよい感じのフランス料理でかなりおいしい。
 部屋の洗面台で下着とグローブを洗って、シャワーに入って寝る。

レスプロン

2024年4月27日
 宿の朝食はビュッフェ形式で、バターの香り豊かなクロワッサンを2つ、薄いクレープにシロップをかけたもの、大きなハム、クリームチーズ、ヨーグルト、バナナを食べる。凝った内装の食堂で静かに食後のコーヒーを啜る。テラスに出て、雨上がりの町を眺めながら煙草を吸う。今日は国境付近まで行けるだろうか。
 9時頃出発。国境の町、アンダイエを目指す。途中、少々長い雨。雨具を着るかどうか悩んだ挙句、着ずにやり過ごす。雨がやんでしばらく走るとすぐに乾いた。雨上がりとともに海に出たので小休止。パンにチーズとハムを挟んで、トマトソースとカレー粉をかけて食べる。通りかかった女の人が「ボナペティ(どうぞ召し上がれ)」と一言。
 海沿いの道を進んでいると、今度は嵐にやられる。強い雨と雷を公衆トイレの軒先でやり過ごす。嵐が去り、バイヨンヌを通過して、サン=ジャン=ド=リュズという街に着いたところで、今度は猛烈な霰が降り出したので、GOYARDの軒先に避難させてもらう。公衆トイレの軒先からかなりのランクアップだ。難を逃れてしばらく走ると今度は強い日差し。気にしても仕方がないが、さすがに目まぐるしい。
 辛抱しながら走って、22時頃にアンダイエに到着。スペイン側の町・イルンとの間にはビダソア川が大西洋に向かって流れており、国境となるこの川を渡ればいよいよスペインに入国する。国境を跨ぐ高揚感とは裏腹に、川に跨るアベニーダ橋には検問も何もなく、橋の真ん中付近に国境を示すポールが一本佇むだけだ。野宿地を探そうと一度スペイン側に入るがなんとなく怖くなって、フランス側に引き返し、アベニーダ橋近くにテントを張ることにする。まばらに人が通り、襲われたり通報されたりしないか少し心配だ。

前輪はスペイン、後輪はフランス

2024年4月28日
 5時前に起床。人の気配で時折目が覚めたが疲れていたので意外にちゃんと寝ることができた。サンドイッチで簡単な朝食を済ませ、ややこしいことにならないうちに撤収する。
 フランスとはお別れして、スペインのビルバオを目指して走る。イルンを出てしばらく走るとサン・セバスティアンというとても雰囲気の良い海沿いの街に出たので、並木通りのカフェで二度目の朝食をとる。卵と魚のサンドイッチとエスプレッソ。
 しばらくすると山岳コースに入る。雄大な自然を眺めながら自転車を漕ぐのはとても気持ちがいい。スペインに入ってローディを見かけることが増えたが、これだけ気持ちよく走れるならロードバイクが流行るのも頷ける。
 途中、ゲルニカを目指して山道を進むも、番犬の襲撃をくらい断念する。かなり道を戻らねばならないことに加え、ビルバオまでほとんど高速道路みたいな国道の際をずっと走らねばならず、辛い思いをする。21時ごろに命からがらビルバオに到着。
 安いゲストハウスで簡単な夕食を済ませる。バックパッカー、親子連れ、老夫婦など様々な旅行者が集まるこの宿には、サンティアゴの巡礼者も何人かいるようだ。彼ら、彼女らは自分が辿る予定だった「北の道」を歩いてい るのだろうか。明日から、特に目的もなくモロッコを目指して南に向かって走り続けることに多少の不安を覚えながら眠りにつく。

ビルバオ

2024年4月29日
 7時頃に起床、無料のビュッフェで朝食を済ませる。朝食付きの宿はありがたい。
 散歩がてら近所の煙草屋に行く。FORTUNA(フォルトゥナ)というスペインの煙草を買い、煙草屋の軒先で一服する。なかなか美味い。
 宿に戻ってもう一本吸っていると、同じ宿に泊まるスペイン人の男がもらい煙草のついでに話しかけてきた。「相部屋の宿泊者がやかましくて寝れなかった」「あと4泊もするのになんてこったい」と男は嘆く。「巡礼か?」と聞かれたのでモロッコへ行くと答えると「以前に行ったときに、ナイフで脅されて現金を取られた。あとチップもやたら要求されるから気をつけろ」と忠告をもらう。煙草一本と引き換えに安宿の愚痴と一抹の不安を得る。
 ビルバオを出てブルゴスを目指して南に走る。山間部のアルツィニエガという小さな町にあるカフェで、ハムとトマトのサンドイッチ、青唐辛子とオリーブのピクルス、コーヒーをとって二度目の朝食とする。
 ほどなくして、カスティーリャ・イ・レオンという高原地帯からなる州に入る。大きな一枚岩のような巨大な山々を擁するバルデレホ自然公園の風景の素晴らしさに圧倒される。
 しばらく進むと、トレスパデルネという町から「Camino Natural」という長距離自然歩道に入る。すぐに終わると思いきや、中々終わらない。調べてみると、あと100kmくらいはありそうなので、オーニャという町に一旦立ち寄り食料、ビール、爪切りを買って、自然歩道沿いの休憩所で野宿をすることに決める。
 こちらに来てから初めて自然の中で寝る。少し臭いはじめた衣服を木製の柵に干す。大きなバゲットをちぎり、イベリコ豚の生ハムを乗せて、ビールで流し込む。歯を磨いて、爪を切る。空を見上げると満点の星空が見える。良い一日だった。

Camino Natural

2024年4月30日
 7時ごろに寒さで目が覚める。テントが凍っている。だらだらと朝ごはんを食べたり撤収をしていると日が出てきたので、ダウンのシュラフを干す。
 引き続き「Camino Natural」を走る。ほどなくしてソトパラシオスという町のスーパーマーケットに立ち寄る。コーラや果物を買い込んでレジに行くとサングラスが売られている。ボルドーで買った安サングラスはいつの間にかどこかにいってしまっていたので、迷わずに購入する。ミラータイプでかっこいい。
 ブルゴスに到着。世界遺産のブルゴス大聖堂を眺めていると、巡礼者らしきおじさんが「スタンプをもらうならあそこだよ」と聖堂の方を指さす。せっかくなので何かにスタンプでも押してもらおうかと思ったが、理由もなくめんどくさくなって、しばらく聖堂を眺めて過ごす。
 ブルゴスを出てしばらくは「Camino Natural」の道が続いていたが、さすがに方角的にそれていきそうだったので、ここで「Camino Natural」とはおさらばして、代わりに「Camino Cid」という派生ルートをしばらく走る。
 20時くらいか。気持ちのいい平原の横を通る。何かの畑かと思うが今は稼働していない。空は厚い雲に覆われ始め雨が降り出しそうだ。今日はここで野宿することにする。
 テントを張ると同時に雨が降り出す。フライシートを叩く雨の音が心地いい。

ブルゴス大聖堂

2024年5月1日
 今日もひたすら南に向かって走る。順当にいけば首都のマドリードを通るところだが、栄えた街は人が多くて怖いのでスルーし、チャニェという小さな町を目指す。
 直線。直線。直線。どこを走っても先の見えない直線道路。猛烈な逆風と不意に降り出す霰さえなければ良い道だ。いや、それでも何時間も続くと気が滅入る。
 18時ごろ、チャニェに到着。老夫婦が営むラ・ポサダカルメンという名の宿に泊まる。チェックインを済ませると、お母さんは「スーパーマーケットはあそこだよ」と僕の手を引く。お父さんは翻訳アプリで積極的に話しかけてくれる。
 スーパーでベーコンブロックとパン、コーラを買う。宿でナイフとフォークを借りて夕食を済ませる。バスタブに湯を張り、体の汚れを洗い流す。
 宿を使いすぎてる、とも思う。

ラ・ポサダカルメン

2024年5月2日
 9時ごろに出発しようすると、シェフの女性がリンゴを持たせてくれる。
 今日もとりあえず南に進む。そろそろスペインの終着点・タリファの位置を意識しながら進まないと痛い目にあいそうだ。
 コカという町でコカ城を見物する。ゼルダの伝説にでてくるようなお城で、なんだかワクワクする。先を急ぐ。
 世界遺産の街・アヴィラを通る。史跡が残る地区は観光客で賑わっており、自転車から降りてゆっくり歩く。この辺りで一泊してもよさそうだが、時間的には余裕があるのでもう少し進むことにする。
 ソロサンチョという小さな町にさしかかったところでタイムアップ。田園地帯の使われていないスペースにテントを張る。毎日シングルスピードの自転車を漕ぎ続けてさすがに疲れてきた。明日の朝方も冷え込むだろうか。遠くで犬の鳴き声が聞こえる。

コカ城
町から町へ、グラベルで

2024年5月3日
 朝5時くらいに、やはり冷え込んだ。テントも自転車も凍っている。
 朝日に照らされる山々は赤く光ってとてもきれいだ。
 誰かに見つかる前に早々に撤収する。
 ラ・ガルガンタというヒマラヤのような雰囲気のハイキングコースに迷い込む。雄大な自然に圧倒されながらしばらく進むと大量の新鮮なクマの糞を発見。来た道を引き返す。
 ここから本格的な山岳コースに差し掛かる。
 トロソ山、ロス・ガラヨス山、モレソン山からなる長い山岳コースを、シングルスピードでじりじりとクライムする。途中で新鮮な湧水を補給しながらさらにクライムする。
 ピークに到達し、そこから下の町へ下る石畳の道を発見。プエルト・デル・ピコのローマ街道。自転車に乗れないくらいの荒い石畳を恐る恐る下っているとバイクパッキング仕様のMTBで上がってくる二人組とすれ違う。「あほやな~」みたいな顔をお互いにしながら挨拶を交わす。
 ガソリンスタンドの売店でチルドのハンバーガーとレッドブルを購入。スペインでは、温めるだけの手軽な食べ物は日本ほどは手に入らないので貴重だ。
 ローマ街道も終わり、下界に向けて調子よく下っていると農場兼牧場兼自然公園みたいなところに激しく迷い込む。一向に出口が見当たらないし、GPSも狂って自分がどこにいるか分からない。なんだこの悪魔みたいなエリア、とか思いながら走っていると偶然牧場主と出会う。閉鎖されたゲートの前で立ち往生しているとゲートの向こうからやってきたので「オロペサに行きたい」というと「それならこの道だ」と呆れた顔でゲートを開けてくれた。羊泥棒の疑いをかけられても文句は言えない状況ではあったが、優しい人で助かった。
 この日も野宿する。

命の水

2024年5月4日 
 とんでもない直線道路を走ったこと以外、この日のことはあまりよく覚えていないし写真もあまり撮っていない。
 苦労してたどり着いたオレジャナ・ラ・ビエハという町のスーパーというスーパーがことごとくやっておらず、高いうえにおいしくない宿のレストランで夕食をすます。

2024年5月5日
 ひたすら漕ぐ。自転車旅をしているとそんな日が何日か続くときもある。日本のようなコンビニが無いスペインではガソリンスタンドの売店がコンビニ代わりで、何もない荒野や平原を抜けた先にガソリンスタンドを見つけたら、立ち寄らない手はない。つまりは、ここ数日はスペインのガソリンスタンドを巡る旅になっている。
 それでも、ガソリンスタンドのおじさんが優しかったり、コーラがおいしかったり、立ち止まったときに吹く風が涼しかったり、それなりに機嫌よく過ごすことはできる。
 この日は山中にある休憩スペースみたいなところにテントを張る。あと2日あればタリファに着くか。

2024年5月6日
 出発早々デカいスプライトを買う。これでしばらくは凌げる。完璧だあ。
 バーガーキングにも寄る。ワッパーセット。大きなバーガーにかぶりつく。感動した。いつもと同じ味だ。今の自分にとって、もはやこれは日本の味だ。
 道もほどよい砂利舗装でいい感じだ。
 精神的にも調子が出てきたところで悲劇が起きる。冒頭のスプライトが走行中に落下して容器に穴が開いてしまった。
 小さな穴から無情にも噴射し続けるスプライト。とりあえずもったいないので口で受け止める。そんなことしていも埒が明かないので、あれやこれやとしているうちに、なぜか穴がふさがってスプライトの噴射が止まった。
 もう疲れた。野宿地もなかなか見つからない。
 農道を少し入ったところに廃墟を見つける。その脇なら道路からも見えないのでテントを張ることにする。天気が良かったのと、犬が出現してもすぐに逃げれるよう、インナーテントだけにする。おそらく飼い犬だろうか。わりと近くで鳴き声が聞こえる。

1時間後に破裂するスプライト

2024年5月7日
 あまりよく眠れなかった。
 今日でスペイン縦断が終わると思うと寂しい気分になる。
 モロッコへ向かうフェリーが出るタリファを目指す。
 途中、2頭の番犬に猛スピードで追いかけまわされる。必死に逃げていると前方の地面の盛り上がりにタイヤをとられ、大転倒してしまう。噛みつかれる、と思ったら2頭の犬は興味がなくなったのか家に帰っていった。幸いにも怪我は擦り傷のみで自転車も大丈夫そう。もう少し、というところなのに勘弁してほしい。
 ベナルップ=カサス・ビエハスという町からサラビシオサ山の麓の町・ファシナスまで20kmほどのグラベルを走る。幅の広いその道には、牛や馬が放し飼いされ、脇には花が咲いている。周りを囲む大きな山々からは時折強い風が吹く。サラビシオサ山の頂上からはモロッコが見えるらしい。
 楽園のような道を走ると、いよいよ海に出るまでの最後の登りに差し掛かる。ふと先を見ると、丘の上に獣の影。よく見るとハリボテの大きな牛さんだ。さんざん本物の牛を見た後にハリボテの牛さんだ。バカバカしさ加減に元気が出る。
 海沿いの道に出てからは強烈な逆風にさらされながら、なんとか根性でタリファに到着。海の方に出ると、ジブラルタル海峡を挟んで、峻険なモロッコの山々が見える。
 海の方でカイトサーフィンをしていたのでしばらく眺める。
 パラシュートのようなもので風を、サーフィンの板で波を拾いながら海面を滑るように移動していく。強い風が吹く。その刹那、サーフィンの板はサーファーとともに10m以上も急上昇し、鳥のように宙を舞う。空中で回転したりして技をメイクしたあと、何事もなかったかのように海面に戻る。泳げない自分が容易に手を出せるスポーツではないが、風を読んで自由に宙を舞う姿はとても楽しそうだ。
 この日は個室の宿をとる。いよいよ明日はアフリカ大陸に渡りモロッコに入国する。インターネットでフェリーを予約しても実感は湧いてこない。
 一つの国を縦断した満足感と、明日からの未知の旅への高揚感とともに眠りにつく。

ジブラルタル海峡


~次回、モロッコ編へ続く~

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