余命14日間の彼女と青信号を渡れないボク *1話*
余命14日間の彼女と、青信号を渡れない僕 第1話
25歳、元ユーチューバーの僕がJ Kに告られた。
いや……、正確に言えば、余命14日間の少女に“買われた”。
「100万円あげますから、私の彼氏になっていただけませんか?」
目の前にいるのは、セーラー服姿が眩しい美少女だ。彼女は少女漫画の主人公みたいに大きな瞳。肩先で切り揃えられたサラサラの黒髪の持ち主。太陽を寄せつかせない真っ白な肌には丸い球の汗が浮かんでいる。よく熟れたさくらんぼのような艶やかな唇が、何かの決心をしたかのように、きゅっと結ばれる。
「余命14日間だけ、彼氏になってください」
———— これは余命14日間の少女と僕の物語。
美少女に告白される3週間前。僕は東京の片隅でひたすらフライドポテトを貪り食っていた。
「残り5分! Kポテ20個、達成できるかー⁈」
と、僕たちを囃し立てるのは番組登録者数100万人をもつユーチューバー、イズミだ。
イズミの番組の企画で「早食い王への挑戦者」として揚げたてのポテト50箱食う僕の対戦相手は、イズミの番組レギュラー、早食いキングのマックス小林。
マックス小林は、アメリカの早食いコンテストでことごとく優勝を掻っ攫い、帰国後はイズミのチャンネルの早食いキングとして、チャレンジャーをギッタギタに倒し続けている無敗の王。現在、早食い20勝0敗の巨漢だ。
そんなマックス小林と戦うのは、チャレンジユーチューバー”しんごうき”トリオの1人である、成瀬蒼央(イイダ アオ)通称:”しんごうき”の青色のアオこと、僕。
『人生は、チャレンジあるのみ! 進むのみ!』
をモットーに配信を続けている三人組。”しんごうき”は、番組登録者数3万人とイズミの端数レベルでしかない底辺ユーチューバーだ。だが、この挑戦に勝てばイズミの番組のレギュラーの椅子がゲットできる。
レギュラーで出演できれば、自分達のユーチューブ番組”しんごうき”のフォロワーは増加し、番組登録者数も増える算段だ。
負ければ5万円の罰金、勝てばレギュラー出演の獲得。例え勝ち目がない戦いだろうと、ここで一発逆転狙わなければ、僕の人生はジ・エンドを迎えるのだからチャレンジするっきゃない。
「食べ終えたらハンズアップね! 同時だった場合、判定勝負になるからね!」
と、イズミが残りあと二箱となったところで、勝負のルールを再確認する。
頭を上下に動かして相槌を返しながらも、口の中の水分を全部持っていくポテトを、ただひたすら咀嚼し続けた。
手は油でぬらぬらと光り、妖怪で出てくる餓鬼のように下腹だけがぽっこりと突き出している。喉の奥までポテトが詰まっている感じがする、もうとっくに限界を超えていた。
「うぐぐぐ、あと一本…」
あと一本を押し込むことを繰り返す。顎に疲労が溜まり、ポテトを咀嚼することすら辛い。けれどもこれを食べ切れば、イズミの番組のレギュラーとして出演させてもらえる。僕の未来が開けるんだ。
「やってやる!」
「マックス小林―。ラスト1箱。スパートかけてきたー」
「うごおおおお」グローブほどに大きな両手を使い、口へと押し込んでいく。
少し遅れて最後の一箱がテーブルに置かれた。両手で掴めるだけ掴み口を大きく開ける。
「おお! さすが、”しんごうき”のアオ!! 限界を超えても、止まらずに、進み続けるー! さあ、さあ、ラスト一箱、どっちが先に食べ終える?」
最後の一本を口の中に押し込んだと同時に、勢いよく手をあげた。ほぼ同時にマックス小林も手が上がった。
「おおーと! これは! ほぼ同時に手を上げたー! これはわからない。どっちが先だー? 判定はいかにー?」
イズミのO P曲の軽快な音楽がパソコンのスピーカーから流れる。しばらくの静寂ののちに、
「勝者ー!! マックス小林!!!」
と、ジャッジが下ると同時にイズミがマックス小林の腕を掴んで、勢いよく立ち上がる。マックス小林の咆哮が響き渡った。
「100%勝てるわけないじゃん。てかさ、拒食気味のお前が、よく早食いチャレンジしようとか思ったよな? 3人がかりでも勝てる気しねえもん」
行方黄虎(ウブカタ コトラ)が、俺の清々しいほどの負けっぷりに文句を言いつつシェイクを飲んだ。ズズッと音をさせると、蓋を開けて中をぐるぐると混ぜ始める。ユーチューブ番組配信でチームを組む”しんごうき”のメンバーと合流する。
ネタ会議の集合場所は、学生時代から変わらず近所のファーストフード。細いペンシルビルの3階の席の角で、僕は黄色担当こと黄虎(コトラ)に、先日のイズミの収録についてダメ出しをされていた。
黄虎の手のひらに収まる小さな画面には、ポテトが口からはみ出て、白いモザイクで自主規制された僕のドアップな顔と、視聴者コメントが流れている。爆笑を伝える草が生えまくるコメント欄には、「こいつアホかよ」「くそおもんな」とマックス小林に無謀な挑戦を挑んだ僕へのディスりが溢れている。「頑張って!」という応援コメントだけを脳内にとどめ、画面から顔を剥がす。
「そうでもしねえと、視聴者集まんねえだろうが」と僕は反論をする。すんと吸い込んだ冷えすぎた空気に混じるポテトのオイリーな匂い。ただそれだけで胃液が込み上げる。
「うっ。僕、一生ポテト食えない体になったかも」
「そんなトラウマになる程、がんばらんでも良くね?楽しくやろうよー」
呑気に黄虎はいうが、
「楽しくって…ずっと今のまんまじゃダメだろ」と警告する。
大学に在学中に始めた”しんごうき”は、配信開始から1年と経たずに、3万人の視聴者を突破した。あれよあれよと増えていく登録者に気を大きくした僕たちは、永遠とこの増加が右肩上がりに増え続けることを信じて疑わなかった。
メンシ(メンバーシップ)はもとより、リアルなファンイベに、別チャンネルの有料のサブスク展開なんかも手を出した。それも全て順調だった。日々動画を更新することもあって、1日で100人登録とか当たり前になっていた。YouTubeを開設して、あれから5年が経った。けれども、3万人を超えたところでぴたりと数字が止まった。
コロナが終わったからだ。人々の興味はモニターの中ではなく、外へと流れ、Youtubeは飽和状態。さらには2DのVチューバーが登場してイケボにスポットが浴びる時代になった。そして、生配信中に古参の誰かが呟いた。
「しんごうきもB L展開しないの?」
新時代についていけなくなった俺らが、ユーチューバーという肩書きに酔いしれていられた時期は短くて、2年前の夏頃からとんと登録者は増えず、最近では視聴者もめっきり減ってしまい、年間の収益は片手で数えられる程度となってしまった。
今では配信をしても、やってくるのはB O Tの荒らしぐらいなものだ。とっくに閑古鳥が泣いている場所だけれど、いつか爆発的なブレイクがあるはずだって信じて、いまだにこの場所を手放せずに、しがみついている。
「視聴者数は増えねえし、Twitterのフォロワーは相互の奴らばっかで、この前のイズミの番組に出たやつだって、いいねたのたった3人だよ?」
僕の嘆きに同調するように黄虎がうんうんと頷く。
「ちなみに僕が、いいね押した。多分六郎も押したから、残り1フォロワーには届いたジャン。よかったねー。頑張って一生ポテト食えない体になった甲斐があった」と黄虎がしみじみとする。ポテト食えない体になってそしていいねが1とかマジで終わってる。
「1ってなんだよ、1ってさぁ、ちくしょー。めっちゃ頑張ってんのに、まじ報われねえー!」
「悪い。遅れたわー」
とまるでファーストフード店をステージに見立てるかのように颯爽と闊歩する一人の男が登場した。僕らの席へと近づいてくるのは赤川 六郎(アカガワ ロクロウ)信号機のメンバーの一人で赤色担当だ。いつもの如く無駄にだるそうな空気を醸し出して、俺は他とはちょっと違うオーラを背負っている。もし同級生として出会ったら、絶対に友達にならないタイプだ。
けれどなぜか配信では長いこと友達やっている。きっとYouTubeの世界でうまくやっているコツは、キャラが被らないことなのかもしれない。
「えー。なになに? リクスージャーン」
いつもはよれよれのトレーナーとジーンズ姿の六郎が濃紺のスーツを身につけている。そんな変化に不安がよぎった。
「ああ、面接行ってきた帰り、着替える時間なくって、腹減ったー。ポテト食っていい?」
「食って食って、蒼央、ポテト食えない民になったんだってさ」
「ああ、よくあのレジェンドに戦い挑んだよな? うけたわ」
ポテトを摘むと、六郎はアーンと口の中へと放り込んだ。シャーベットピンクのネクタイが馬の尻尾のようにふりふりと揺れる様子から、櫛の跡がつくほどに丁寧にセットされた赤の髪へと視線を上げた。前髪に入れていた赤髪が気配を消えていることに、ゾワっとした不安がよぎる。
「僕のことは、もういいんだよ。それより、面接って? なに? 新しいバイト?」
さっさと不安を消し去ろうと尋ねると、一番欲しくない答えが戻ってきた。
「いや、就職しようと思って」
「就職?」
「就職?」
僕と黄虎のすっとんきょうなマヌケ声がファーストフード店内に響いた。試験勉強に没頭していた女子高校生の集団がこちらを眉を寄せて睨んでいる。
「ユーチューバーはさ、もう潮時だと思って。再生数伸びないし、フォロワーも頭打ちって感じだしさ、この前の蒼央のチャレンジ動画見て、思ったわ。僕らが頑張ったところで、上の人間に吸い上げられるだけで、旨味ねえなって」
と六郎がいう。
「旨味ってさあ。まだ早くねえ? あの動画がアップされてまだそんな経ってねえし」
「イズミのチャンネルの視聴者が増えても、僕らのチャンネルまで流れてくるリスナーって、微々たるもんじゃん。身体はってこの数字って…。いや、マジで考えた方がいいって」
と辛辣な言葉を六郎は告げる。そこに黄虎は、「まあ、確かに、3 いいねはやばいわな」と同調した。それに気を大きくしたのか六郎は、ポテトをマイクに見立てて演説する政治家ばりに語り出した。
「25歳の定義ってさ、やっぱ働く男っしょ?、ネクタイぶら下げて、涼しいオフィスでコーヒー飲みながら、タブレットスイスイするもんっしょ? コロナも終わってマスクの出番が終わったように、俺らもここら辺で身の振り方考えねえと、大量の在庫抱えて一家共倒れってなるわけよ。
てゆうか、俺らユーチューバーとか夢見てるお子ちゃまじゃねえし、時代の流れっていうのに則って変化しないといかんでしょ」とネクタイをくるくると指先に巻いていく。そんな様子を見て思わずテーブルを叩いた。
「は? 25歳の定義とかなんだよ。そんなの道は無限にあんだろーが?」
「ああ、そうだな、無限だわ。別にネクタイぶら下げる必要ねえけど、でもさ、金になることで頑張ろうって言ってんの。もうさ25。アラサーで職歴がバイトしかないとか、まじやばいやつだから。てことで、俺、”しんごうき”辞めるんで」
「はあ? ふざけんなよ!」
「蒼央、俺さ、これから人生巻き返そうとしてんだよね。すげえ遠回りしちゃったけど、こっから先は真面目に生きようと思ってんだ。だから親友の門出を応援しろって」
六郎の言葉をまともに受け止められず、歯軋りをする。六郎は僕らをマスクと同じように言ったが、じゃあマスクはジョブチェンできるのか? マスクは一生マスクで、僕らも一生“しんごうき”のメンバーじゃないのか?
「さっき蒼央が言った言葉を使うなら、俺らの可能性は無限にあるんだよ。売れねえYoutuberで、ずっといる必要ねえってこと。俺らは結局、何者にもなれなかったんだ。わかった?」
六郎の言葉にハッとさせられた。きっとそれは僕も心のどこかで思っていたことだ。僕でも何者かになれそうだったから、Youtuberになった。けれど結果、ここでは何者にもなれなかった。だったら別の場所に何者かになれる場所はあるんじゃないかって探したい。そういう気持ちを僕だって抱いていないわけじゃない。
悔しいけれど。
「ああ、ああ、わかった。勝手にしろよ!
辞めたきゃ、やめればいいだろ! 今まで無駄な時間過ごしたみたいなこと言いやがって。”しんごうき”のアオは止まらずに進め! の青だから!! 別に平気だから。僕ら2人でも”しんごうき”作っていくから!」
六郎が店を出ていった。遠くなっていくピンク色の揺らぎに向かい叫んだ。僕に声を浴びせられても、あいつは一度も振り返らなかった。
「じゃあ、僕も就職しよっかな」
と、黄虎が悪びれもせずにいう。
「はあ? 何言ってんだ?」
「僕さー。楽しいから続けてたんだよねー。頑張るのは性に合わないから。
だから、”しんごうき”は今日をもって解散で!」
と立ち上がるなり、最後の一本を口の中に放り込んだ。
「はあああ⁈ ちょっと待てって」
「じゃ!」
「待ってって! もうお前ら! ふざけんなよ!」
怒りがおさまらない中、ジーンズのポケットが振動する。それは懐かしい番号だった。どこからか、潮騒の音が聞こえた気がした。
「はい……、もしもし?」
と母によく似た姉の声が耳に届いた。
「蒼央? 姉さんだけど、お父さんが、倒れた!」
(2話へ)
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