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マスク考(3)~「生活様式」にご用心

▼前号で、2020年6月1日付の読売新聞に載った斎藤環氏の「コロナ・ピューリタニズム」論を紹介したが、たまたま同じ紙面の下にも、似たテーマのコラムが載っていた。齋藤希史(まれし)氏(東京大教授、中国文学)の連載「翻訳語事情」。

一語ずつ、翻訳語の歴史を解説する、なかなか面白い連載で、この日の翻訳語は

【style▶様式】

型にはめようとした歴史 思う〉という見出し。

気になるのは、生活様式という語が戦時中もさかんに使われたことだ。(中略)様式という語には、どこか型にはめようとする力がある。下手をすると集団的な統制に向かいかねない。自覚しておきたい。

ということで、示されている実例は、1938年の出来事。国民精神総動員中央連盟のもとに、「非常時国民生活様式委員会」がつくられた。

2020年に「緊急事態宣言」のもとで、厚生労働省は「新しい生活様式」を発表した。

もちろん単純に比較できるものではない。ただし、かたや「戦争」の必要から行動様式が「倫理」化され、かたや「公衆衛生」の必要から行動様式が「倫理」化される、という構図は似ている。

同調圧力の激しい日本社会には、隙(すき)あらば生活様式を「倫理」化する困った癖(くせ)があるのかもしれない。

さしずめ、今でいえば、マスクをつけるという型にはまっていない人は、あちらこちらで「非国民」扱いを受けるわけだ。

▼これからさまざまな「日本論」が出版されると思う。根無し草のような駄本と、読む価値のある良書とを見極める力を磨きたいものだが、その「ものさし」の一つが「近代の歴史」だ。

柳父章氏の名著『翻訳語成立事情』をはじめ、翻訳をテーマにした良書は多い。翻訳にかぎらず、いい切り口を見つけると、思わぬ「歴史」が顔を出してくれる。

(2020年6月9日)

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