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人類は今、インフォデミックの耐性を鍛えている件(2)

▼情報+伝染の「インフォデミック」について、前号の続き。

▼今号は、2020年4月6日付の日本経済新聞から。1面トップが

善意の投稿 人類翻弄(ほんろう)〉

という面白い見出しだった。

〈感染拡大が続く新型コロナウイルスは「データの世紀」に入った人類が初めて経験するパンデミック(世界的流行)だ。直接の感染被害だけではない。デマ拡散による差別や買い占め、人工知能(AI)の誤作動が生む株価の乱高下など、データが2次被害を増幅する。世界は「情報パンデミック」に翻弄される。〉

▼日本に住んでいる人なら誰でも、今年の2月から3月にかけてトイレットペーパーがお店から消えたことを知っている。この記事は、なぜそうなってしまったのかを追ったルポだ。

2月27日午前に、「中国から輸入できず、品切れになる」という1件のデマが、ツイートされた。

ただし、このデマは、たった1回しかリツイートされていない。

このデマを否定するツイート、そしてトイレットペーパーの品薄を注意喚起するツイートが、全国規模の騒動を引き起こしてしまったというのだ。

〈翌28日までの2日間でデマ否定のリツイートは累計32万件に及んだ。〉

吃驚仰天(びっくりぎょうてん)の顛末(てんまつ)である。SNS、恐るべし。

▼5面には、この買い占め騒動の分析記事が載っていた。

日経と東京大学准教授の鳥海不二夫氏、ホットリンクが共同で調べたそうだ。記事に、買い占め騒動のロジックのようなものが書かれていた。

〈デマ投稿をそのまま目にした人はほぼいないのに、デマ否定の投稿が爆発的に広がるという皮肉な状況が生まれた。デマを否定する本人は「正しい情報を広めたい」というつもりでも、受け手には「そんな噂があるなら、実際に品不足が起こるかもしれない」と連想する人も出てくる。〉

〈ネット企業のエアトリによる調査では、トイレットペーパーを買いだめした9割以上が「供給に問題がない」と知っていた。理由に挙がったのはデマの流布や品薄な状況そのものだった。〉

▼「トイレットペーパーは品切れにならないよ」というのは、正しい情報なのだが、否定形だから、いけなかったのだろうか。情報の扱いは難しい。

この、善意の投稿が大騒動を生むという連鎖は、今のところ、止められなさそうだ。前号でも書いたが、筆者は幸か不幸かSNSをほとんど使っていないので、SNSの中で起きていた「心理のうねり」にまったく気づかなかった。

▼2016年の熊本地震から4年。九州で、今回のトイレットペーパーの買い占めは先行したそうだ。

すでに都内のスーパーでも、お一人様何個でもOKです、という誇らしい張り紙とともにトイレットペーパーを山と積んでいるお店があった。トイレットペーパー騒ぎは落ち着いてよかった。

▼しかし、マスクの買い占めは依然として続いていて、こちらのほうはとても深刻だ。花粉症で苦しんでいる身としては、マスクをめぐる分析もぜひ読みたいものだ。

▼生物兵器テロにせよ、情報テロにせよ、とても心理的なものだ。

以前も紹介した、松田美佐氏の『うわさとは何か』の結論を引用したい。これから、何度も紹介するだろう。

▼松田氏の結論は〈あいまいさへの「耐性」〉を鍛える、というものだ。いま、熟読玩味(じゅくどくがんみ)すべき文章だ。

〈リスクについて政府やマスメディアなど制度的チャンネルからの十分な情報の提供はもちろん必須である。その上で、その情報を受け取る私たち一人ひとりには、安全か危険かどちらかに判定できるという前提で結論を求めるというような姿勢ではなく、基本的にリスクは灰色のグラデーションであるとの前提のもと、灰色の濃さを判断する情報を一緒に求める姿勢が必要であると考えるのだ。

 ゆえに、あいまいさへの「耐性」を持つこととは、黙ってあいまいさに耐えることではない。そうではなく、あいまいさを避けるために安易に結論に飛びつくことを批判するのである。あいまいさに耐えつつ、長期的にあいまいさを低減させるために、さまざまな情報に継続的に接触していく必要性がある。

 あいまいな状況をあいまいであるまま受け入れつつ、少しずつあいまいさを減らしていくことーーあいまいさに対する「耐性」を持つことは、風評被害対策としても、うわさ対策としても重要であろう。

 そのために必要なのは、被害を受けた人びとはたまたま巻き込まれただけであり、被害を受けたのは自分だったかもしれないという想像力である。たとえば、東日本大震災についてであれば、そう想像することで、地震や津波の被災者はもちろん、原発事故により被害を受けている人びとへの共感が長続きし、この「先行きが見通せない」災害を主体的に引き受ける意思を強く持つことができると考える。「気の毒な風評被害」ではなく、「わがこととしての風評被害」と捉え、一人ひとりが行う推測や解釈、判断が、風評被害対策として一番効果的であると強調したい。〉(242ー243頁)

▼ここでも「想像力」が出てくる。「あいまいさ」に対する「耐性」を鍛えるためには、何よりも想像力が必要なのだ。

SNSという便利な道具には、「安易に結論に飛びつく」知的なだらしなさや無節操を増幅させるような特徴があるのだろうか。

いま、人類はインフォデミックの耐性を鍛えている途中だ。

(2020年4月8日)

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