そして、世界は「自分の」世界になっていく
(ソーシャルメディアあれこれ その1)
▼国際政治学者イアン・ブレマー氏の指摘が相変わらず冴えている。(〈Gゼロ時代「日本こそ指導役に」〉2018年11月5日付朝日新聞。佐藤武嗣、清宮涼記者)
〈――トランプ米大統領をはじめ、反グローバリズムをアピールする指導者が増えてきました。
「四つの理由がある。第一は、先進工業民主主義国で中産階級が置いてきぼりにされている。第二は、移民の流入を好まず人口構成が変わるのに反感を持つ。第三は、米国が牽引した戦争にかり出される貧しい人々の反発。最後はソーシャルメディアの発達。自分好みや同意できることのみを提供するアルゴリズムによってニュースや政治情報を得る人々が多くなったことだ。二極化に拍車をかけ、ポピュリズムや過激主義の台頭を生んでいる」〉
▼ソーシャルメディアの特徴は、自分の目にする情報が「自分好みや同意できることのみ」になっている事実に、【本人が気づかない】ところがミソだ。フィルターバブルの中にいると、視野が広がっているようで、じつは狭まっていることがある。その事実に気づく契機は、ソーシャルメディアの中では見つけにくい。
▼日本とソーシャルメディアについて。
「ソーシャルメディアについても、日本の利用者は人口の39%に過ぎない。日本人はまだ新聞や雑誌を信用しており、ソーシャルメディアを信用していない。」
言われてみればその通りだ。他国では目も当てられない惨劇が起きている。日本は英語圏ではないから、情報環境の激変にまだ呑み込まれていないのかもしれない。
▼数年前に出たポール・ロバーツ『「衝動」に支配される世界』(ダイヤモンド社、東方雅美訳、2015年。原著は2014年)は、20世紀から21世紀にかけての社会変化を「インパルス・ソサエティー(衝動に支配される社会)」という切り口で分析した労作だ。〈買い物やアップグレードをするたびに、選択やクリックをするたびに、日々の生活は自分流になってくる。そして、世界は「自分の」世界になっていく〉(14頁)という一文が象徴的だ。
〈食事から社交、結婚、育児、政治に至るまで生活のすべてにおいて、自己中心的な文化に翻弄され、市民として「社会的に」行動するのがどんどん難しくなっている。たとえば、長期的に何かに取り組むことに苦労する。また、自分と直接関係しない人やアイデアに関わることはもちろん、それを許容することも難しく感じる。他人への共感は弱まり、それに伴って、自分と他人との間には共有しているものがあるという、民主主義に不可欠な考え方すらも信じられなくなっていく。〉(14頁)
▼この本が示した「自分化」というキーワードで世相を切り取ると、フィルターバブルの外に出るきっかけが見えてくる。最近気になった出来事をメモしておきたい。(つづく)
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