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「ウェディング映像という超ニッチなジャンルの未来」

世の中の価値観が確実に変わるであろうアフターコロナの世界において、私たちが携わっている「ウェディング映像」という極めてニッチな分野の中長期的な在り方について考査してみたいと思います。この記事を読んで少しでもウェディング映像の世界に興味を持っていただけたら嬉しいです。

まず僕がこのジャンルの存在を知ったのが2003年。それまで定番であったテレビ局の取材等でよく見る肩乗せのENGカメラで撮る、いわゆる「ブライダル記録ビデオ」と呼ばれる映像商品(結婚式の様子をずっと撮る長尺の商品)が徐々に衰退し、機動性を高めた業務用ハンディデジタルビデオカメラを使った撮って出しエンドロール(披露宴の終盤までに編集してその場で上映する一体感コンテンツ商品)に主役の座を明け渡す時代の転換期がちょうどその頃でした。あれから20年が過ぎ、撮影機材の主力はビデオカメラから更に機動性の高いミラーレス一眼カメラに取って代わりましたが、撮って出しエンドロール自体はウェディング映像の揺るぎない定番商品として主役の座に留まり続けて現在に至っています。

一方で大ヒット商品である撮って出しエンドロールに代わる新しい映像商品の開発も行われてきました。2012年あたりからその勢いを増したオリジナルウエディングというムーブメント(それまでのスタンダードな結婚式に対する反動として、結婚式を個人の表現の場とする新しい概念)はそのイベント進行自体にゲストとの一体感コンテンツを所狭しと散りばめて設計されていることが多いため、もはや撮って出しエンドロールの役割はトゥーマッチなものに写りました。その代わりに新しくショートフィルム(後日編集する短尺の映像商品)が誕生し、SNSを駆使した新しい広告戦術との相性が良いことからオリジナルウエディングの拡散に大きな役割を果たすことになりました。しかしながら、オリジナルウエディング以外の大多数を占める中道派からは撮って出しエンドロールに対する需要が消えることはありませんでした。

ウェディング映像の標準化

ビデオカメラ時代の撮って出しエンドロールは編集する当時のパソコンのスペックやミニDVテープから素材を等倍速で取り込まなければいけない等で今よりも劣悪な編集環境だったと思います。多くのクリエイターが文字通り命を削って(今でもそうですが)1時間半~2時間程度で編集を終わらせ、上映用のDVDに書き出すまでを行います。何か1つでも手順を間違えれば、上映時間に間に合わないという危険性と常に隣り合わせとなります。撮って出しエンドロールは上映できなければ、何もしなかったのと同じことを意味します。「編集は間に合わなかったけど、頑張りました」という言い訳は一切通用しない厳しい世界と言えます。

このように撮って出しエンドロールの制作過程は非常にストレスフルな部分大きいため、大手ビデオ制作会社はこの工程を可能な限り標準化しようとしました。1年間に1万件以上受注するため、それに対応できるリソースを用意して仕組み化させることがどれだけ大変なことか想像に難くないと思います。やがてその標準化を嫌った腕に覚えのある一部の人たちが独立し、小規模チームやフリーランスとして活動するという流れが業界内に定着していきます。僕自身もそうやって独立した一人と言えます。

この大手が進める標準化という作業の特徴として、結婚式をダイジェスト化させるという点があります。ダイジェストとはつまり要約することです。トレイラー(映画の予告編)やティザー(断片的な広告)とは異なり、結婚式の進行を分かりやすく大筋だけを抜き出してあらすじ的にまとめたものです。日本の結婚式はゲストを飽きさせないために非常に巧妙に考えられた演出や構成で設計されていますので、進行の中の各シーンでの主人公やゲストの表情をこのダイジェストに織り交ぜることで皆が共感できる一体感コンテンツに仕上げることができます。「今日の結婚式よかったね」という参加者全員の一体感を醸成し、誰もが安心する答えを提示することでゲストを疲れさせない安心で安全、かつ安定したウェディング映像が量産されることになります。

動画を倍速で視聴する時代の映像制作

最近サブスクの動画チャンネルやYouTubeなどを1.5倍速や2倍速で視聴する人が増えているそうです。とにかくあらすじだけ理解したいというのが理由のようです。それもそのはずで、動画を含めたコンテンツが狂気的なスピードでこの瞬間にも世の中に増殖しているわけで、等倍で観てたらいくら時間があっても足らないよということなのでしょう。現代人が1日に触れる情報量は、江戸時代の1年分、平安時代の一生分にあたるそうです。制作サイドもこの状況を薄々理解しており、倍速で字幕だけ見て理解できるよう配慮するようになり、なるべくセリフでストーリーを説明する傾向が強まっているそうです。バラエティ番組やドラマだけでなく、映画ですらこの兆候が出ているというこの現状に僕は大きな危機感を抱いています。作品の解釈を視聴者に委ねる映画の本質がそもそも崩れ去ろうとしているからです。僕の愛してやまない小津安二郎監督の作品を倍速で観たとすると、セリフの間や余白などコンテクスト(文脈)をすっ飛ばすということになるので、セリフを聞き取れたとしても全く理解不能なものになってしまう気がします。物量の波に押されて映画をダイジェスト化する傾向が強まれば、便利さや分かりやすさを得る代わりに映画の本質的な存在意義とトレードオフすることになってしまう危険性に危惧してしまいます。

映像の世界におけるウェディングの立ち位置

このように圧倒的な物量のコンテンツが世の中に次々とロールアウトされ、しかもそのスピードはどんどん加速しています。映画やドラマ等は倍速で視聴されたとしてもまだ消費されるだけマシということになり、その他の映像制作とりわけ中小規模的サイズ感の映像制作者が扱う映像コンテンツなどは視聴すらされず、その賞味期限は絶望的なくらい短くなるでしょう。ある程度予算をかけて制作し、シネマレンズや照明機材、カラーグレーディングで細部を事細かく突き詰めた渾身の映像だったとしても、大して視聴されずに大量に生産される動画コンテンツの波に沈んですぐに埋もれてしまう恐れがある。もちろんそんなことはお構いなしで、自分のロール(役割)としてオーダーされたクライアントワークをこなし続けてご飯を食べていければそれでいいというクリエイターが大多数でしょうから、すなわちそれが何かすぐに問題になるということではないと思いますが、長い消耗戦に少しずつ引き込まれていくのは確実かと思います。小規模チームや個人事業主のフリーランスは大手に比べて圧倒的に体力がないわけですから、できるだけ消耗戦を避けた戦い方を見つけ出す事が賢明ではないかと思います。(現実問題として少々難しい部分もあるとは重々承知していますが、長期的な視野で考えるならばそれを探す努力は怠らないほうがいいでしょう)

そして逆にこの状況でも将来的に賞味期限があまり短くなりにくいジャンルがウェディング映像の分野なんじゃないかと思っています。ウエディングを含めたプロが制作する極めてパーソナルな映像作品については、少なくとも結婚した二人やその家族が今後の人生において何度も繰り返して視聴してくれる可能性を持っているからです。しかも、それを倍速で観ることもないでしょう。ウエディング映像がその他大多数の映像制作と違うのは、その映像を使って何を期待するのかという目的や意義が根本的に異なっている点だということです。

小規模チームやフリーランスの存在意義

動画コンテンツの大量生産大量消費時代において、ウエディング映像という極めてニッチな分野に携わる小規模チームやフリーランスはどう舵取りをして生き残っていくのか。この課題について危機感を持って真剣に考えているクリエイターは実はそんなに多くないと思っています。目の前にある機材や技法に夢中になってしまうのはクリエイターの性分ではあるので、それは仕方がないことだとも思います。とにかく何でもいいから仕事量を増やし、事業を拡大していくことに集中しているチームのリーダーも多いと思います。もちろんそれは経営者として当たり前の発想だとも思います。

ですが、私たちのような小さなチームやフリーランスが率先して常に考えたほうがいいことはたった一つだけ。大手と同じようなダイジェスト職人になってしまっては自分の市場価値を広げることが難しく、クリエイターとしての幅を狭めてしまう危険性があるという事。大手の理論にはないこと考えて実行するのが小規模チームの存在意義であり、これからの市場で私たちに期待される役割ではないかと思っています。大手の標準化されたウェディング映像に対する小規模チーム及びフリーランスだからできる、ある種属人化されたウェディング映像。この非対称な両極がバランスを取りながら今後10年のウエディング映像業界における勢力図を構成していくのではないかと予想しています。標準化されたウェディング映像と自分たちが作る映像は何が違うのか?価格やスペック、カメラマンの人数とかの話ではなく、もっと根本的なこと。これを意識的に常日頃から考えて仕事に向き合っているかどうかで、10年後の立ち位置が決まってくるかもしれません。


*Ryoma + Yukari Wedding / Same Day Edit
Cinematographer : Michel Abe Abebe / Eugene Sasaki
Production manager : Shiori Kusaka

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