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草原の月に教えられたこと

 これは二〇〇九年のお話である。

 当時二十七歳の私は、まだ胸を張って「僕はこういう人間だ!」と言えるような状態ではなかった。

 自分は何のために生まれてきたのか?

 もちろん、そんな問いかけには誰も答えてくれない。正確には、正しい答えなんて誰も知らないのだ。

 そして、夏期休暇が近付いてきたある日、突然こんなことを思い立った。

「そうだモンゴルへ行こう!」

 モンゴルは自分にとって、憧れの地である。きっと自分の人生観に、何か大きな影響を与えてくれるに違いない。そう信じていた。

 ※ ※ ※

 ウランバートルのチンギス・ハーン国際空港には、夜遅くに到着した。

 ロビーには案内のプラカードを掲げたガイドさん達が何人も待ち構えていた。きっと、自分と同じような観光客を出迎えに来ているのだろう。

「こんにちは、オーミさんですか?」

 流暢な日本語が聞こえてきた。正面から、背の高いイケメン兄ちゃんが近づいてくる。おお、モンゴル美女ではないが、モンゴル兄貴の登場だ。

 そのモンゴル兄貴なガイドに案内されるまま、ニッサン製の乗用車に乗りこんだ。
空港を離れた車はいつしか闇の中へと潜りこんでいった。

 ウランバートル市内の夜景が、車窓の彼方にチラチラと浮かび上がってきた。

 遥か遠くまで広がる暗闇の世界にきらめく生活の灯火。広大な大地に敷きつめられた首都の輝き。空港から続くデコボコ道のかたわらには、灯りをつけてゲルを組み立てる人々の姿が時おり見えた。

 遠方に、オレンジ色の塔がそびえ立っている。どうも市街地のど真ん中に建てられているようだ。

「あの塔のようなものはなんですか」
「あれは火力発電所です。昔はウランバートルの市外にあったのですが、町が拡大していくのとともに、都市の中に吸収されてしまったんです。首都のど真ん中に火力発電所が二つもある国なんて、世界中探してもモンゴルぐらいじゃないですかね」

 それがただの火力発電所の塔だとしても、私にはまるで幻想世界の建造物のように見えた。それほどに、塔が醸し出す雰囲気は妖艶で、圧倒的な存在感を漂わせていたのだ。

 二十分ほどで市街地に入り、工業地帯や国会議事堂前を通り過ぎた後、車は今晩宿泊するホテルに到着した。

 私は自分の部屋に入ると、ユニットバスのシャワーで一日の汗を洗い流した。

 窓を少し開けて、部屋の灯りを消す。

 ホテルの外から、夜の市内で遊んでいる若者たちのはしゃいだ声が聞こえてくる。異国の地でありながら、どこか日本の都会と雰囲気が似ている。

 懐かしいような、温かいような。なんとなく、モンゴルが好きになれそうな気がした。

 そのうち、長時間のフライト疲れもあって、私は夢の世界に引きずり込まれるように眠りに入っていった。

 ※ ※ ※

 翌日、朝になり、窓を開けた。

 清々しい朝の風が部屋のなかに流れこんでくる。窓の外には一面の青空が広がっている。飛行機雲がうっすらと見える。遠くから聞こえるクラクション。異国の市街地にいるという恍惚感。

 もう一度起きて、窓の外を見る。建物と建物の間に、遥か彼方の山麓まで広がる市街地が見える。山に囲まれたウランバートル市は、その広大な盆地の空間を埋め尽くさんばかりに町並みを展開している。いやおうなしに気分が昂ぶってくる。

 朝食後、すぐに車で、目的地であるテレルジへと向かうことになった。

 流れてゆく窓の外の風景を眺めていると、いつしか建物の数がまばらになってきた。

 ウランバートル市の外に出ると、延々と続く道の左右に山脈が連なっており、牛や馬の姿も頻繁に見られるようになってきた。

 道の両脇で袋を持って立っている人達が現れた。ガイドさんに聞くと、彼らはシイタケやイチゴを売っているそうだ。地元の野菜を食べる勇気はないので、チャレンジするのはやめた。

 風景はさらに変化してきた。

 ほとんど地平線スレスレのところまで山肌は遠ざかり、見渡す限りの大草原が広がっている。放牧している風景も見かけて、だんだん見たかったモンゴルの風景が露わになってきたな、と私は心弾ませていた。

 やがて、国立公園に入るためのゲートが現れた。軍服姿の兵士達が待ち構えていて、けっこう警戒厳重である。

(国立公園、ね……)

 なんとなく、「国に管理されている自然」という点に興ざめしていた。国立公園としてのケアはするが、内部は自然のままに放置している――という形ならば、私もあまり不満は感じなかっただろう。

 しかし、この入り口の様子から察するに、どうもテレルジという場所はそんな単純な場所ではなさそうだ。

 国によって管理されるというのは、モラルのない進入者を防ぐことができる一方、大なり小なり国の力で制御されているという歪みが生まれる可能性も出てくる。

 私としては手つかずの自然であってほしかった。国家の干渉のない、純粋な自然として。

 私の胸中には不安が広がりつつあった。自分はどこへ足を踏み入れているのだろうか? これは、自分が夢想していたモンゴルの大地とは、およそかけ離れた土地なのではないのか?

 車は草原を駆け抜けてゆく。が、あちこちを山に囲まれているため、あまり広々した印象はない。もっと壮大な大草原を、三百六十度見回しても地平線が続くような土地を想像していた私は、なんだか泣きたい気分になってきていた。

 そうこうしているうちに、ツーリストキャンプに到着した。

 小高い岩山の下に、白いゲル風の宿泊施設がいくつも連なっている。

「では、のちほどお昼ご飯の時に。オーミさんはこの七番のゲルで。私は奥の二十八番のゲルにいます。なにかあったら来てください」

 そう言って、ガイドさんは私を七番ゲルに置いて、自分のゲルへと歩き去っていった。

 私はしばらく自由に動き回れるようになった。

 ゲルの正面に立って、風景を眺めてみれば、およそ日本では見られないような雄大な大地が見渡す限り広がっている。牛や馬がのんびりと佇んでいる草原。遠方に横たわる山々の稜線。よけいな音はいっさいなく、バッタの羽音がジジジと聞こえてくるだけ。

 それなのに、私は嬉しくなかった。

 なぜか、この風景を嬉しいと思えないし、来てよかったとも感じられなかった。涙を流すほど感動するかと期待していたのに、感動して泣くどころか、無感動な自分に悔しくて、それで涙が出そうなほどだ。

(なんでこんな素晴らしい風景で僕は感動できないんだ?)

 風景を変えればいいのかと思い、裏の岩山を通り越して、反対側に出てみたりもした。岩山の上にのぼって、より遠くを眺めてみたりもした。だけど、どれも根本的な解決にはなっておらず、もどかしさだけがつのってくる。

 グッタリした私は、ゲルに戻ったあと、ベッドに横たわった。

 ここが国立公園であるがゆえに、雰囲気とか、微妙な風景の違和感とか、そういうことのせいで、感動する心を阻害されているのだとしたら、もはや絶望的である。

(間違ったところに来ちゃったんだろうか)

 昨日の夜からの睡眠不足もあり、私はゲルのベッドで仮眠を取り始めた。

 十分ほど眠ってから、また身を起こした。

 外は肌を焦がすほど暑いのだが、モンゴルは湿気が少ないので、日陰に入れば冗談のように涼しくなる。ゲルの中は、まさに格好の避暑施設となっており、むしろポカポカとした室温が寝るのには心地良いくらいである。

(あれ?)

 一度軽く寝たことで、頭の中がリフレッシュされたのか、外へ出ると、不思議なことに、景色がさっきまでとは違って見えた。見た目にはまったく同じなのだけど、何かが違う。

 胸の奥にじんわりと広がるこの感情は、なんだろうか。

(懐かしさ?)

 そうだ、間違いない。

 この感覚は「懐かしさ」だ。

 だとすると、感動できない理由もよくわかる。新鮮な感動なんて味わえるわけがない。だって、私は(なんだか懐かしい)としか感じていないのだから。

 かつてこの風景の中で暮らしていて、長い間この土地から離れていたのだけれど、またここへ舞い戻ってきたような感覚。それが、この時私が感じていたものだった。

 それにしても、初めて来たモンゴルの大地で、なぜ「懐かしさ」を感じるのだろうか? 

 この時は、結論は出なかった。

 ※ ※ ※

 その後、車でテレルジ内の観光名所を巡った。

 亀石という大きな岩場や、チベット仏教の寺院等、一通り見て回ったところで、ツアーに参加する前から楽しみにしていたイベントが訪れた。

 いよいよ、これから遊牧民宅を訪問する、というのだ。

 お土産に持ってきた日本の写真アルバムが鞄の中に入っているのを再確認し、私は早く本物の遊牧民に会ってみたい、と胸を躍らせていた。

 草原の中に佇むゲルが見えてきた。まさに、遊牧民の住まいだ。

「センベイノー」

 挨拶して中に入る。誰もいない。ガイドさんが外で誰かと話をしている。そのうち入ってきたのは、年齢は二十一歳の、細身の男性だった。

「今日はご主人がいないそうで、息子さんの彼が応対してくれるそうです」

 私は一番奥の上席へと座らされる。遊牧民の男性は、私の左隣に座った。

 それから、細長いドーナッツのようなお菓子ボールツォグと、手作りバターのウルムを振る舞われて、さっそくご馳走になる。これがまた、美味い。夢中になってどんどんボールツォグを頬張る。

 辺り一帯は静かだ。

 草原を抜ける風の音に、牛の鳴き声。のどかな空気感。たまに家人や、牛がゲルの中を覗いてくる。

「馬乳酒飲みますか?」

 ガイドさんに聞かれて、迷わず私はうなずいた。

 馬乳酒とは、馬の乳をしぼって作る発酵酒のことだ。ガイドさんいわく、だいたい八割くらいの人はギブアップしてしまうらしい。

「大丈夫ですよ」

 と胸を張る自分。どんなにすごい味でも、ここまで来たら出される物は全部食べなければもったいない。

 遊牧民の男性はカメの中から馬乳酒をすくってきて、お椀に入れて僕の前に差し出してきた。さっそく、馬乳酒を一口いただいてみた。

 酸っぱい。酸っぱいというか、あとちょっとでオクサレになるんじゃないかというギリギリのライン。鼻の奥に発酵臭が染み渡ってきて、一瞬、これは飲み物なのかオクサレなのかどっちなのだろうと迷ってしまう。

 が、慣れると美味しい。クセになる。絶妙な味わいだ。やがて全部飲み干した。遊牧民は、この馬乳酒でビタミンを補うという。そのありがたみがよくわかる味だった。

「この人に日本の写真をプレゼントしたいんですけど、通訳してくれませんか」

 私はおもむろにバッグの中から「日本の風景写真マイベスト選」を取り出した。

 アルバムをガイドさんに手渡すと、彼はモンゴル語で解説をしてくれた。遊牧民の男性は、にこやかにアルバムを受け取って、一枚一枚丁寧に見てくれた。

 何枚かめくったところで、彼は息を呑んだ。伊豆で撮った、初日の出の写真だ。大海原と伊豆の大島、その奥からのぼってくる太陽。しばらく彼は写真を食い入るように見ていたが、やがて私に、「これは海ですか?」と質問してきた。「ええ」と答えると、彼はしきりと感心している。

 なぜ感心しているのか、ガイドさんが理由を教えてくれた。

「海が珍しいんですよ。モンゴルは内陸の国ですから」

 アルバムの終わり近く、渋谷の風景を撮った写真を見て、遊牧民の彼は笑った。

「建物の間隔が狭すぎる」

 たしかに、夜の渋谷を撮ったその一枚は、雑居ビルがひしめき合っていて、とても窮屈に見える。大平原に住む遊牧民からしてみれば、そんな狭い空間で生きている我々がとても奇妙に思えるのだろう。

「こんなんじゃ、人一人しか通れないじゃないか」

 笑いながら、彼は言った。私も笑みを浮かべた。なぜだか、自分の住んでいる狭い東京が、以前よりもずっと魅力的に感じられるような気がした。

 それは、彼の笑顔の中に、ちょっとしたファンタジーの空気を感じ取ったからだ。

 私がごく当たり前のように生活している東京の町並みは、モンゴルの遊牧民の目からすればまるで異世界なのだろう。そんな不思議な土地に、自分は住んでいるのだ。そう思うと、なんとなく日々の生活が楽しいもののように思えてくる。

(普通だと思っていたものでも、違う世界の人間から見れば、それは滑稽で、バカバカしくて、でも刺激のあるものなんだ)

 こうして、彼にアルバムをプレゼントとして渡した後、ゲルの外に出た。

 その時、ゲルのそばにバイクが停まっているのを見つけた。

 そこは馬じゃないのか⁉ と驚く。思い返せば、遊牧民の彼は話をしている間、左手に携帯電話をずっと持っていた。自然とともに生きるイメージが強い遊牧民も、日本に住む私達と変わらない文明の利器の恩恵を享受している。

 遊牧民は、遊牧民として生き続けているが、それはもはやファンタジーの世界における遊牧民とは別物の存在である。もっと現実に根を下ろした、発達し続ける人間社会のなかで己の立ち位置を模索し続けている、リアルな存在。

 私の認識が甘かったと、ゲルを離れるときに痛感していた。たった一時間くらいの交流だったが、まずはそれだけで十分すぎるほどのことを教えてもらった。

 ※ ※ ※

 ツーリストキャンプに戻って夕食を食ったあと、冷たいシャワーを浴びて、底冷えのするモンゴルの夜闇のなかをガタガタと震えながら自分のゲルへと戻り、ベッドに入った。

 外は雨。雷も光っている。

 ちょっとゲルの外に顔を出してみると、山々の遥か彼方が、時おり白く光っている。山のこちら側では雷鳴は聞こえない。あれだけ光っていたら、東京だったら落雷の音が聞こえるはずなのに。遠すぎて聞こえないのか、山にぶつかってかき消されているのか。いずれにせよ、モンゴルの大地の広さを感じさせられる。

 ゲルの中に体を引っ込めた。雨の音が天井の布をバタバタと叩いている。馬のいななきもクリアに聞こえてくる。空気が澄んでいるのだ。

 なんだか、生まれ故郷に帰ってきたような落ち着きがある。

 そういえば、幼いころ、自分は草原の民の生まれ変わりなのだと信じていたころがあった。チンギス・ハーンの英雄譚を父親に聞かされて、まだ見ぬモンゴルという土地に憧れていたからだ。「朝陽とともに起きる、それが草原の民」とか言って、ムチャして早起きして体調を崩し、両親を困らせたものだ。

 いま、私はそのモンゴルに来ている。そして、まるで故郷のような懐かしさを感じている。

(ひょっとしたら自分は、本当に草原の民の生まれ変わりなのかも――)

 そんな空想を胸の内に遊ばせながら、いつしか私は夢の世界へと旅立っていった。

 ※ ※ ※

 目を覚ますと、ゲルの中に透き通るような青白い光が差し込んでいた。あいかわらず外は音ひとつなく、静かだ。朝を迎えたのだと知り、ベッドから下りて、ドアを開けてみる。昨日の夜からの雨が、まだ降っている。大したことのない小雨だが、乗馬するにはちょっとつらい。

 そう、今日は乗馬ハイキングの予定があるのだ。

 幸いにも、小雨は時間になったらやんでくれた。晴れ空が見えており、ちょうどいいハイキング日和となってくれた。

 馬のところへ向かうと、馬引きの少年がすでに待っていた。不慣れな自分は彼の手助けを借りて、やっとのことで鞍の上に乗る。

 やがて、草原をのんびりと進み始めた。ポッコポッコと心地良い蹄の音だけが聞こえている。馬が歩を進めるたびに、草のなかに隠れていたバッタたちがジジジと音を立てながら左右に散っていく。たまに風の音、馬のいななき、牛の鳴き声がかすかに聞こえる以外は、静かな世界。

 世界は本来、こんなにも穏やかなものなのか。

 今日もどこかで争いが起きている。誰かに頭を下げて働いている人がいる。人間は、ときには同じ仲間で構成されているはずの人間社会の中で、数え切れないほどの苦痛や不幸を味わわされている。そんな悲しい現実を忘れさせるほど、モンゴルの大地は静かだった。

 上を向けば、青く澄んだ天空のドーム。そこに溶け込むように、まっ白な雲がふわりと浮かんでいる。そういえば、高校生のころはあの雲の向こうに自分の居場所があるような空想を抱いていた。もしかしたら、このモンゴルの空に浮かんでいる雲の上なら、本当に自分が夢見た幻想の宮殿が存在しているのかもしれない。

 馬は歩きながら気ままに草をむしりとり、もしゃもしゃと食べては、フンだのおしっこだのをボロボロジャージャーと垂れ流す。馬の血を吸うため集まってきた小蝿が、ガイドさんの背中にビッシリとはりついているけど、彼は全然気にしていない。

 また風景に目を向けると、草原のはるか彼方に集落が見える。

 いつ終わるとも知れないのどかな時間。

 周りの景色が少しずつ変わってきていた。それまで草地だったのが、デコボコの湿地へと変化してきたのである。

「ここは……?」
「川が近いんです。もうすぐ川原に到着しますから、そこで昼食にしましょう」

 名前は知らないが、とにかくどこかの川についた。

 手近な木にヒモをくくりつけて、馬をつないでおく。

 お弁当を食べるのにちょうどいい場所を探し当て、ガイドさんはおもむろにビニールシートをバッグから取り出して、草の上に敷いてくれた。

 川はゆったりと流れている。モンゴルの大地らしい、母性的で大らかな流れ。

 胸の奥底から呼び起こされてくる感覚。幼い頃、自分が空想の世界で見ていた、川が流れている風景。それと、目の前の景色は、どこか似ている。遠くの空の色も、川の流れる音も、鼻孔をくすぐる草木の匂いも、何もかも。

 ふと、思った。昨日からモンゴルの風景に見出していた、奇妙な懐かしさ。それは、自分のDNAに刻み込まれた祖先の記憶がフラッシュバックしているものではないだろうか。

 かつて日本人の祖先が大陸に住んでいたころの記憶――日本へ渡来する前の原初の人々――同じ蒙古斑を持つ種族であるから、私の祖先がモンゴル人であり、その記憶情報が体内に刻み込まれて受け継がれているのだとしても、なんら不思議な話ではないんじゃないだろうか。

 前世、というのとはちょっと違うが、自分が草原の民の生まれ変わりであるというのはあながち間違いでもないのかもしれない。そう考えると、なんで自分がモンゴルの大地を見て感動できなかったのか、ようやくひとつの解を得られたような気がした。

 ※ ※ ※

 ツーリストキャンプに戻ると、時刻は十七時半となっていた。実に六時間半も外出していたことになる。

 夕食を終えて、部屋に戻る前に、ガイドさんと一緒に岩山の上にのぼった。

 夜の帳が下りようとしているテレルジは、水の底のように青白く染まっている。なんて美しいのだろう、と息を呑む。

 見たいと思っていた草原の風景はここにはなかったが、代わりに、見ようと思っても見られるものではない絶景を、私はこの両目に焼きつけることができた。

 蒼き狼を産み育てたモンゴルの大地が、青へ、より深い青へと沈んでいく。闇夜を迎え入れるかのように、ゆっくりと、世界の色が塗り替えられてゆく。

 やがて、暗さが増してきたので、私とガイドさんはそれぞれのゲルへと戻っていった。

 ゲルに戻ってから、ベッドの上に座りながら、私は思索に耽っていた。

 外国ってなんだろう。

 人種ってなんだろう。

 なんとなく人間が地図上に引いた線があり、なんとなく分類した人間の種類があり、そしてなんとなくお互いに壁を感じたりしている。

 遠いと思っていたモンゴルの大地。

 それが、どうだ。こうしてなんの違和感もなく私はそこに存在しており、そこの人々と夕飯を食べ、人生について語らったりしている。日本人と一緒に時間を過ごしているのと、何が違う?

 人間は、しょせん人間が作り出した通念に踊らされているだけではないだろうか。情報過多になり、世界のすべてを掌握したつもりになって、そのくせ、その国の人間と腹を割って話したわけでもないのに、他の国のことを決めつける。

 そして、それは悔しいことに――この国へ来る前の私の姿でもあった。

「モンゴルとはこういう国だ」
「モンゴル人はこんな人たちだ」

 いい加減な情報を鵜呑みにしていた私は、実際のモンゴルを目の当たりにして、何度もカルチャーショックを受けた。

 我々は何も知らない。

 それなのに知った気になっている。

 ふと、こんな疑問が湧いてきた。

(僕は、なんのためにモンゴルへ来たのだろう)

 急にいても立ってもいられなくなった。こんな思いを抱えたまま、日本へ帰りたくなかった。最後の最後で、何か自分が変われるものを探したかった。

 外に出ると、何人かのツーリストキャンプ宿泊客が集まって空を見上げていた。

 天蓋に宝石をちりばめたかの如く、視界いっぱいに星が広がっている。中央には天の川が流れている。まさに満天の星空。生まれて初めて、これだけの数の星を目にした。

 そんな中で、私は、裏手にある丘を目指して、ひたすら歩いていく。

 何かを、とにかく、何かを見つけたかった。

 それにしても、文字通りの、漆黒の闇だ。

 星空のおかげで丘のシルエットくらいは多少見えるが、足もとは完全に見えない。すぐ近くに誰かが潜んでいたとしても、まったく気が付かないだろう。

「わっ⁉」

 突如、目の前をコウモリのようなものが横切った。

 しばらくその場で硬直する。胸のドキドキがなかなか収まらない。完全に油断していた。自分の足元すら見えないような暗闇だ、人間でも動物でも、何か害意のある存在にとって、いまの自分は、いくらでも奇襲し放題の獲物でしかない。

 遠方から犬の遠吠えのようなものが聞こえる。野生の狼とかが生息してないだろうか。

 振り返れば、ツーリストキャンプからけっこう離れてしまっている。

 何かあっても、助けを求められない距離まで来てしまっている。

(どうする? 引き返すか?)

 闇夜に対する恐怖で、自然と息が荒くなっている。

(ん……?)

 先ほどまでは暗闇に翻弄されて目に入らなかったが、一度立ち止まったことで、あることに気が付いた。

 丘の向こう側が、ぼんやりと輝いている。

(あの光はなんだ?)

 さらに歩を進める。あの光の正体を、この目で確かめてみたかった。

 そして、二つの岩山の間を通り抜け、丘の上へと辿り着いた時。

 月が、姿を現した。

 満月が放つ黄金の輝きが、山肌を照らし、私の周囲を明るく覆っている。これまでの暗闇は、あまりの明るさに恐れをなしたかのように、どこかへ消え去ってしまった。

 胸が熱くなる。私の中に眠る何者かの血が、喜びでざわついている。

(そうだ、この光景は前にも見たことがある!)

 遥か遠い昔のこと。その時も独りでここに立って。うっすらと蘇ってきたその記憶は、果たして誰のものなのか。名のある人物か、無名の民か。

 私は――きっと、帰るべき故郷に帰ってきたのだ。

 もしかしたら、この月下の風景を「もう一度」見たいがために、私はモンゴルへ旅しようと思ったのかもしれない。

 そう思った瞬間、脳裏に電流が走った。

 私が生きる意味。私がこの世界に存在する意味。それは、言葉で表せるようなものではないけど、確かに理解することが出来た。

「ウオオオオオオオ!」

 感極まっての雄叫びを放つ。

 私のこれまでの人生は、この月を「また見るため」にあったのだ。成功したことも、失敗したことも、全てが、今日この時この場所へと導かれるために起こったことだったのだろう。

 そして、きっとこれからも、私は色々な経験をする。楽しいことや嬉しいこともあれば、辛いこと悲しいこともあるだろう。でも、その先には必ずや「この瞬間のために全てがあった」と思う時が来ることだろう。

 それが、生きる意味。私が存在する意味。

 人生、思い通りにいかないものだ。落ち込むこともあるし、浮かれて失敗することもある。そのせいで、前へと進むことが怖くなってしまう時もある。

 だけど、全ての出来事に、何らかの意味がある。あらゆることを乗り越えた先に、今夜この月を見た時のように「このために僕は生きてきたのだ」と思える瞬間が必ずやって来る。

(日本に戻ったら、また小説を書こう! 書くぞ!)

 自分に才能があるのかどうか、そんなことは関係ない。自分がやりたいこと、すべきことを、ひたすらにこなして前へと進んでいけば、いつかまた素晴らしい瞬間に巡り会うことが出来る。

 そのことを、私は草原の月に教えてもらった。

 こうして、日本へ戻った私は、精力的に色々な文学賞にチャレンジし――四年後、小説家としてデビューを果たしたのである。

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