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「間違えたって思えることは、人間が自分以外を大事に想っている証拠だよ」の話

「そういえば君はもともと獣医さんだったよね。動物のことについて聞いてみたいことがあったんだが」
「なんですか?」
 私はデンマークのコペンハーゲンに住むアートコレクターさんの自宅に遊びに来ている。老人は小さなアート作品を集めるのが好きで、部屋も廊下も壁中がアート作品でいっぱいになっている。
「動物って間違うことはあるのかな?」
「え、動物が間違う?」
 私は老人の話が理解しきれなくて聞き返す。動物が何に間違うというのだろう。
「そう。人間だと、間違ったことをしてしまったって反省することってあるだろう。動物にもそういうのがあるのかどうか知りたかったんだ」
「ええー、反省ですか。たぶんしない気がしますね。できごとから学んで行動を変えるってことはあると思うんです。でも、自分が悪かったとか、間違ってしまったとかは思わないんじゃないでしょうか」

 私は昔飼っていた犬のことを思い出す。自分が大好きなカツオブシを食べている時におもちゃをあげると、カツオブシのことなんて忘れておもちゃに夢中になってしまう。反省できるほど、物事を長く覚えていられないんじゃないだろうか。
 ラットが快や不快を感じて行動を変えるケースはあったはずだ。美味しい液体を飲むために、それが出てくるレバーを動かし続けるとか。でもそれは、快楽に対する反射的な行動で、反省という感じはしない。
「そうか」
 老人はなぜか満足そうな表情で、チーズに添えてあったサラミに手を伸ばし、ソファに深く腰掛けた。私も同じようにサラミを取って、よく噛みしめてから飲み込む。舌の上にサラミのうまみがしばらく残り、鼻の中に香りが漂い続けて、いつまでも美味しい気がする。
「なんかうれしそうですね」
 私が声をかけると、老人はさらに笑顔になった。

「間違えたって思えることは、人間が素晴らしい証拠だなって思ってね」
「へえ、どうしてですか」
 間違えたって思うことは、自分のことをダメだと思ったり、申し訳ない気持ちになったりする原因にならないだろうか。なるべくだったら間違えたくないし、動物のように覚えていないのであれば、そのほうが幸せな気がする。
「間違えたって思えるってことは、人間が誰かや何か、自分以外のことを気遣ってるってことじゃないかと思ってね」
 私はうなずきながら、老人の言葉を考える。自分が間違えたって思う時はどういう時だろう。あるいは反省する時。誰かを傷つけてしまった時、こうするってみんなで決めていたことを忘れて守れなかった時、想像力が足りなくて迷惑をかけてしまった時。
 そういえば間違えたって思う時は、誰かに対して申し訳ないと思っている気がする。自分の場合、自分のしたいことで間違えてしまった時には、あまりなんとも思わないみたいだ。

「そうですね、改めて言われてみると、確かに自分以外の誰かのことを考えてるかも。どちらかというと、申し訳ないっていう気持ちのほうが、自分の場合は強い気がしましたけど」
 老人はうなずき、少し身を乗り出して手を組んだ。部屋の中には時間の合っていない時計が時を刻む音が響いている。
「間違えたって思ったことって、次は繰り返さないようにしようって思うだろう?」
「そうですね。もう間違えたくないし」
「誰かのことを思って間違えたと感じ、それをやめよう変えようって思うのは、人間がもともと他の人を思いやるようにできているからじゃないかって思ったんだよ」
「そうかー、考えたことなかったです」

「私は人間に生まれてよかったよ。君はどうだい?」

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