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ブルーノートおばあちゃん

こないだのお盆休みで、四国に一人住むおばあちゃんの家に行った。新幹線と電車を乗り継いで半日弱。会社の都合で少し早めの夏休みだったこともあり、混雑はなかった。最寄りの駅に到着し、ここ10年でシャッター天国と化したアーケード街を長々歩くと、外れに寂れたパチンコ屋。その路地裏に、おばあちゃんの家がある。

僕のおばあちゃんは、ありえないほどよく話す。長旅を終えた僕がリビングで一息着いてから、ご飯を食べて、眠りにつくまで、ガチで絶え間のないトークを繰り広げてくる。

普段一人で生活しているというのももちろんあるのだが、翌日も、その翌日も、1週間後の帰る日まで、ムラ無くハイパーペースでお喋りを仕掛けてくる。寂しさから来る反動とかそういうのを超えて、シンプルにトークの地肩が強いように感じる。その辺の一人暮らしおばあちゃんとは明らかに一線を画しているのだ。

今朝外に出てビックリしたこと、冷蔵庫の桃が熟していること、戦後期の思い出、日頃いかに戸締まりに注意しているか、明日の最高気温の共有、ジャンル脈絡を問わず、無尽蔵のスタミナでトークをぶつけてくる。

近所のパチ屋

そんな僕のおばあちゃんは、最近物忘れが少し始まってきている。これにより、一度話したトークテーマについてもう一度話し始める傾向が強くなってきた。こうなると、おばあちゃんのトークの引き出しに深刻なインフレーションが起こる。通常の人間なら「この話は前に一度話したから、やめよう」となるところを、おばあちゃんは普通に話す。過去と現在の境目を超越したおばあちゃんはいよいよ無敵だ。気づいたら無限ループが発生しており、ハメ技食らってるみたいな場面がままある。

そんなおばあちゃんと一緒に、郊外の親戚の家へと遊びに行った。親戚といっても、おばあちゃんと同世代でやや年下のおばあちゃん(おばあちゃんの夫の弟の妻)だ。この二人のおばあちゃんは、お互い独り身で家もまあまあ近いためちょくちょく会っていて、普通に仲が良い。

挨拶もそこそこに、おばあちゃん同士の会話が始まる。ここに来るまでの順路、最後に会ったのがいつか、この家を建てた当時のこと、家の冷蔵庫の桃が熟していること、戦後期の思い出、日頃いかに戸締まりに注意しているか、明日の最高気温の共有、ここでもおばあちゃんのトーキングスキルが発揮され、年下おばあちゃんを半ば蹂躙する形でワンサイドゲームが繰り広げられる。加えて、こっちのおばあちゃんには各トークテーマの使用回数制限がない。「弾倉∞」の状態である。まるでプロアクションリプレイを使ったかのような、チートじみた性能になっている。

しかしながら、普段から仲が良いだけあって年下おばあちゃんも負けてない。おばあちゃんの話に軽妙な相槌を入れつつ、息継ぎの合間を縫って自らのエピソードを着実にねじ込んでいく。テクニックタイプのおばあちゃんである。よくよく聞いていると、年下おばあちゃんの方が話の構成もしっかりしており、聞かせる意識の強さを感じる。

僕はというと、二人の会話に対して毒にも薬にもならない相槌を打ち続けている。「うん、うん、うん、へえー!はいはい、うん、えー笑」といった基本動作の中で、それぞれのトークができるだけスムーズに進行するよう適宜補助を加えていくことに徹していた。

そして、2時間が経過した。

限りなく起伏の小さいエピソードトークを淀みなくぶつけ合うおばあちゃん達、それを陰ながら支える孫世代代表。正直、途中から頭がおかしくなりそうだった。

しかしそこで、僕に一つの気づきが生まれた。この感覚、どこかで覚えがあるのではないか。…そうか、ジャズだ。

それはジャズだった。ある程度の大枠の中で様々なフレーズを持ち寄り、互いの出方を観察しつつ順に繰り出し、一定の区切りでメロディの核となるモチーフへと帰結する。個人的にはジャズを見ていてあれこれいつ終わるんだろうとふと思う感じも完全に一致する。四国にも、ブルーノートがあったんだ。

そうなってくると、目の前の状況の見え方は随分と変わる。こちらのおばあちゃんのトークには多少強引なところがあるが、全体の進行に展開をもたらしている。そして一定の区切りで、明日の最高気温の共有へと帰結する。いわばソリストおばあちゃん。

対して年下おばあちゃんは、こちらのおばあちゃんのパワフルな展開力に振り回されることなく並走していき、然るべきタイミングではグッと前に出てくるコントラバスおばあちゃん。

そうなると、孫の役割はドラムスだ。基本の相槌によって全体にリズムをつけていきながら、そのテンションやニュアンスによって曲にダイナミクスを持たせることが期待されている。

そうか。これが、ジャズなんだ。

こうして、四国の片田舎に新たなジャズトリオが生まれた。











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