わざわざ有給を使って下着を買いに行ったらQOLが爆上がりした話。
「この下着、いつ買ったんだっけ……?」
産前身につけていた下着を整理しながら、私は途方に暮れていた。
子どもを産み、授乳が終わり、自分のものとは思えない形相の胸を見て見ぬふりしたまま、かなりの月日が経っている。
すっかり馴染んだブラトップ。はて、最後にきちんとした下着を買ったのは、いつだったかしら……?
そもそも、世のワーママって、一体いつ下着を買っているんだろう。
平日は仕事。休日は育児という仕事。
あれこれ買い足したいアイテムがあっても、乳幼児がいると、なかなか満足に買い物が進められない。
そもそも土日は基本公園だし、ショッピングモールに行ったところで、自分の買い物時間なんて皆無に等しい。
子どものご機嫌と、タスクの優先度を照らし合わせると、どうしても自分の買い物は後回しにしがちな我々である。
ネットショッピングで消化できる買い物もあるが、試してから判断したいものもあって、下着はその代表格と言って差し支えないだろう。
出産は、大きく体型が変化させる。妊娠、授乳と、1年以上いわゆる一般的なワイヤータイプのブラから遠ざかり、再開する頃にはサイズがまったく合わない。
盛るとか矯正するとかそういうんじゃなくって、シンプルに、日々を快適に過ごすために、自分に合った下着を身につけたい!
ただそれだけなのに、なかなかどうして、簡単には買えないのが現実なのだ。
しかも、下着って、サイズの選び方ってすごく難しい。何だろう、あの破天荒で自由奔放なシステムは。
アンダーが下がると、カップのサイズ表記は下がるのに、一つ上のカップと大きさが同じ……だと……?
同じサイズでも、型のバリエーションで、合う合わないは着けてみないとわからない……だと……?
ガッデム!!!!!!!
わかりにくすぎるんじゃ!!!!
ただでさえ、日々時間とタスクに追われて頭がパンパンな我々を、下着購入時まで混乱の渦に巻き込まないで欲しい(切実)。
いつだったか、平成の歌姫宇多田ヒカルが、「日本ではブラのサイズを松竹梅で表現してほしい」と呟いてバズっていたが、完全同意である。
ママの心の平和(=家庭の平和=世界の平和)のために、ブラのサイズはもっと分かりやすくあるべきだろう。
とはいえ、体型は人それぞれ。
現実的には松竹梅ではすまないわけで、だからこそできる限りフィッティングをしてから購入したいのである。
(実は産後のご褒美に、4万円のオーダーメイドブラを作って目から鱗だったので、いつかその話もしたい)
とにかく我々には、「下着を買いに行く時間」が必要なのだ。
しかし、それは一体、いつ……?
平日は無理。土日も無理。
フレックスで業務を調整したとしても、移動時間も含めて任務を遂行できるかどうか自信がない。
私は気づいてしまった。
もはや……
有給を取ればいいのでは……?!
そうだ。そうしよう。
有給取得と決まれば、いざ、申請!
しかし、これほどに超プライベートなことで有給を使うなんて…と、私は悩み出してしまった。
いやいや。有給は本来、100%超プライベートなことにしか使われない。
別に、取得理由に大義名分は必要なく、労働者の権利なのだから、堂々と取ればいいだけの話である。
ましてや弊社はスタートアップ。
当たり前のようにライフワークバランスもバッチリで、かなり自由に有給を取得する文化がある。
しかし、どこかで「100%自分のため」という自己消化型有給には、後ろめたさを感じてしまう不思議……。しかも、目的が下着購入だなんて。
きっと、会社の制度の問題ではない。普段自分のケアに手が回っていないからこその、ワーママならではの心の葛藤なのだ。
モヤモヤ。
モヤモヤ。
この心の戦いに負けたら、いつまでもブラトップ人生から抜け出せない……。
オーダーメイドブラと、ブラトップの落差を行き来する人生から、抜け出したい!
…………よし。
大きく深呼吸して覚悟を決め、私は有給申請のボタンを押した。
ポチッとな。
必須項目ではない「申請理由」に、「下着を買いに行くため」と頭の中で入力し、なぜだか急に、誇らしい気分になる。
私、人として成長している(気がする)……!
今なら難しい案件もきっとこなせる(気がする)……!!
謎に自己肯定感を高めた私は、きたるXデーに備えて、どの街のどのランジェリーショップに足を運ぶか粛々と計画を練り始めた。
===
そして迎えた、Xデー。
目指すは、電車で40分ほどかかる、比較的都会の街だ。一軒目がイマイチである可能性も考えて、ランジェリーショップが三軒ほど入っている駅前のショッピングモールを狙った。
プロの目で確実に選んでもらいたいので、優秀なフィッターさんの有無も、事前に口コミ等で確認済みである。
よし、時間はたっぷりある。イメトレも完璧やで。
俺は今日……必ず……必ず決める!!!
私は何かしらの試合を控えた選手の心持ちで、電車に乗り込んだ。
そもそも、昼間に一人で外出するなんて、何年ぶりだろう?
週末家族と車で訪れている街も、一人電車で向かうと、まったく別の景色が飛び込んでくる。
移動時間も楽しみながら、目的の一軒目に辿り着き、いざ出陣!!!!
「いらっしゃいませ〜」
ま、眩しい……!
煌びやかなランジェリーと、ランジェリーに日々囲まれた玄人たちが、一斉に私に視線を向けてくる。
思わず揺らぐ決心。
【悩む=めんどくさくなって諦める=何も買えない】という行動パターンの人間にとって、ランジェリーショップはそもそもハードルが高い。
しかし、今日は必ず2~3着は買って帰るぞと心に誓ってきている……!
ここで諦めたら、試合終了だ……!
思い出してみて。有給を取得するまでの葛藤と、葛藤を乗り越えた瞬間のことを。
今のあなたなら、きっと……きっと達成できるはずって、信じている……(誰)
いつもなら、スゴスゴ逃げ去ってしまう私だが、そう、【今日の私】はいつもの私ではない。
【自分の下着のために、有給を取得できる私】なのだ。
勇気を出して入店ンっっッッッ!!!
わー!!!下着、めちゃくちゃ種類ある!!!
それぞれ訴求も魅力的で、各社よく考えているし、モデルさんも可愛い。
ざっと店内を眺めた後、テンションが徐々に上がっていくのを感じながら、私は最初のミッションに向けて店員さんを探し始めた。
さて。玄人中の玄人、かつ人当たりが良さそうで40代ぐらいの下着マニアっぽい店員さんは、おらんかな……?
クンクン、あの店員さん、におうぞ……!
私は、煌びやかな店内で、少し素朴な雰囲気の年配女性店員に目をつけた。
知っている。こういうお店にいる「本物」って、見た目は実に地味なのだ。ファッション的側面ではなく、本質的なところで下着と向き合っているあなたの姿勢が、ひしひしと伝わってくるよ……!
あなたこそ、真の目利き店員でしょう!
君に決めたッ!!
「あのー、すみません、下着を買いたいんですが」
「どのようなタイプをお探しですか?」
「あ…あの、あの、産後初めてのフィッティングで…サ、サイズとかも全然分からなくなっちゃって…あと、あの、ちゃんとワイヤーがあってアンダーを締め付けすぎず、こう、脇の高さがグーっと高くなっててカップもこう、半分とかじゃなくて、こういう、こういう感じの…」
イメトレで用意していた要望を、いきなり早口ですべてぶつける私。緊張も相まって、今まで土に埋まっていて、1億年ぶりに人と話したんですか?という雰囲気が全開である。
落ち着け落ち着け、目的遂行のためには、コミュニケーションが要なのだから…!
そうだ。正確に、伝えなければならない。
自分に合った下着タイプを。
もちろん大手メーカーは、莫大なデータを元に型を起こしているはずだ。
それでも、体型は一人ひとりみんな違う。デザインの好みや生地、カップの形など、非常に多くの要素の中から自分にぴったりなものを選び出すのは至難の業である。
それを私は、オーダーメイドの下着作りで思い知った。
店員さんのフォローがあっても、やはり難しい。彼らは私の体のプロではなく、下着側のプロなのである。
「市販で選ぶなら……」と、オーダーメイドのおっぱい先生が教えてくれたポイントを思い出しながら、私は店員さんに要望をお伝えした。
「なるほど、ではこのブランドの、この辺りがおすすめですよ」
1億年ぶりに土から出てきた私を不審がることも、アウトプットに悩むことなく、サクッと候補を3つほど出してくれる店員さん。
これぞ接客業のプロ。あぁ……なんて頼もしいんだ姉御。
一生ついていきます!!
己の眼力に満足し、姉御に差し出されたタイプをいくつかフィッティングする。さらに追加で出てくる要望にも、丁寧に対応してくれる姉御。
結果、要望を伝えて9秒後ぐらいに姉御が差し出してくれたタイプを、一枚目として購入することにした。
でも、自分じゃ選ばない色だな……形は気に入ったから、他の色にしよう。他の候補を見ると、あれ? 意外と、選んでもらったものが一番しっくりくるかも……?
「あの、やっぱり、この色でお願いします」
姉御はにっこり微笑んだ。
「そのお色味が、一番お客様のお肌に合うかなと、私も見た瞬間感じました」
あ……あ……姉御ぉ……!!(号泣)
出会って数秒で、自分でも気づけなかった【私】を理解し、導いてくださっていると……?
あなたは……あなたは下着神の申し子、私のメシアなのですか……?
ありがとうございます……
ありがとうございます……
私は下着の神に向かって心の中で十字を切りながら、感謝に満ちた心でフィッティングを続けた。
うん、これ良さそう。
お値段ちら見……
オッツ! ちょい予算オーバーだけど、許容範囲だろう。
なんたって、わざわざ有給使って買いに来ているんだからね! 他の誰でもなく、自分のために。
心が満たされているせいか、自然と財布の紐も緩んでいく。
考えてみたら、自分の買い物に時間をかけるなんてことも、もうしばらくしていない。
今日はとことん丁寧に、自分と向き合おう。
会社員としてでも、ママとしてでもなく「ただの私」と。
最終的に2着の下着を選んだ。セットで18000円ほどの買い物を済ませ、姉御に深々と頭を下げ、店を後にしたのだった。
あっという間に、子どもの迎えの時間が来る。
早足で保育園に向かいながらも、気分はこの上なく爽快だった。
やり遂げた達成感と喜びで、自分が誇らしい。
あぁ、子どもたちのことも、いつもより愛おしく感じる。早く会って、思いっきり抱きしめたい!
いつもガミガミ怒ってばかりの私だが、自分自身が満たされると、これほどにも人に愛を持って向き合えるのかという、新鮮な驚きがあった。
自分を大切にできると、自然と愛情のコップの水が満ち溢れ、流れるように子どもたちのコップにも注がれていくという話は、真実だったのだ。
下着が購入できたことより、枯れていたコップの一部が久々に潤いを取り戻した事実が、非常に嬉しかった。
枯れていたことにも、再び水を得て初めて気がついたのだ。
有給を自分のためだけに使うって、とても素晴らしいことなのでは……?QOLの上がり方が思った以上だ。
半日でいい。
時間休でもいい。
自分とのデートの時間を作ってみると、日々の景色が変わることを、私は知った。
いつ子どもの体調トラブルが勃発するかわからないし、職場によっては現実的に取得しにくい環境もあるかもしれない。
そもそも時間に余裕がなく、必死で仕事をこなすワーママにしてみたら、必須ではない有給は、休んだ分自分を苦しめるのかもしれない。
自分のために取る有給は、夫や誰かに子どもを託し、罪悪感いっぱいで駆け足で過ごす時間ではない。誰にも邪魔されず、100%自分のためだけに過ごせる時間なのだ。
その醍醐味を、ゆっくり味わってみて欲しい。
自分を大切にするって、結構コツがいるのだ。
【有給】は取得に計画が必要で、取ってしまえば案外覚悟が決まる、有効な手段かもしれない。
そんなことを感じた、感慨深い3時間だった。
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ブラの話のついでに、パンツの話も読んでやってもいいよ、という方はこちらをお読みください。
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