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本ト怪談 恐怖と美女の相性①

そろそろ夏がやる気を出して、太陽の周りを駆けながらウォームアップをしている気がする。

夏といえば怪談である。

誰が決めたか知らないが、そういうことになっている。夏の怪談反対運動が起こらないのは、なんだかんだ、皆怖いのがちょっと楽しいからである。

ところで夏の怪談反対運動ってなんだ。おそらく皆白装束で額のハチマキに懐中電灯を巻き、チャカポコ木魚とお鈴を鳴らしながら「カイダーン、ハンターイ!オバケハイマスグ、退散セヨー!」と拡声器でがなりつつ夜に行進するのであろう。そしていつの間にか増えている人数。怖い。

ちなみに、「お鈴」という呼び方を知らず、「仏教 チーン」で検索したらお鈴という名前が出てきた。世も末である。

中には本気で苦手な人もいる。怖い話と聞くと目を閉じ耳を塞ぎ口をつぐみ、無理に聞かせようとすると涙目になる。可愛いと思ってイジメていると本気で嫌われる羽目になるので要注意。

私にも怪談で涙目になった思い出がある。

大学生の頃、新入生歓迎合宿があった。和風の衣装が格好いいというだけで、ヨサコイサークルに仮入会。バラ色のキャンパスライフを夢見ていた四畳半神話体系の主人公の如くであった。

周りは根明、良い人の集まりで、先輩のパフォーマンス中「あの人は胸が大きいくて、踊る時目のやり場に困る」などと傍迷惑なことを思っているような人間はうまく馴染めなかった。

そんな時、唯一脚光を浴びた時があった。何かというと、夜のお楽しみレクリエーションタイムである。こう書くと如何わしいが、健全な飲み会、カードゲーム、余興など、先輩方が一生懸命考えて下さったありがたい催しだった。

一頻り盛り上がった後の夜22時ごろ。例によってそろそろ怪談でも、という話になった。みんなキャイキャイしだし、「やだこわい聞く間おてて繋いでて〜」と皆が跋扈し出した。

私は自分の左右のおててを繋ぎ合わせ神妙に聞いていたが、ふと高校の時に習った怪談を思い出した。脳内では周りの可愛い女の子がびっくりして思わず抱きついてきたり、「いやー怖かったけど面白かった、すごいね!」と先輩に肩を叩かれてつつ褒めそやされる図が再生されていた。

「次誰が話そうか?」と先輩が言ったとき、この夏一番のなけなしの勇気を振り絞って立候補した。お、いいね!お願い!と怪談にしては明るすぎる振りをされつつ、まずは部屋を暗くして皆んなで輪になってもらうようお願いした。

鬱蒼とした森に囲まれた、畳敷きの古宿。その中で小さな懐中電灯ひとつの灯りで話すのだから、雰囲気は十分すぎるほどある。まずは「うすら怖い」舞台を準備するところから怪談は始まる。

自分でいうのも何だが、この怪談は怖い。初めて体験した時は怖くて心臓がキュッとなった。それを「葬式の受付が似合う」とまで言われた幸薄顔の自分がやるのだから尚怖い。

中には怪談が苦手な人もいるだろうし、怖がりだったり自分は泣くと思う人は、あらかじめ他の部屋にいってもらよう注意を促した。

思えばこれがいけなかったのかも知れない。逆に皆の好奇心を煽り、部屋いっぱいに人が集まってしまった。こんなにも人に注目されたのはお母さんのお腹から出てきて以来である。プレッシャーに負けそうになりながらも、よし、これが終われば友達百人。皆の期待に応えるべく、その辺の霊もビックリするくらい、精一杯の怪談をした。


滅茶苦茶泣かれた。


女の子がしくしくゼェゼェしながら階段に座り込み、隣の子に慰めて貰っていた。何人もそんな状態で、一種異様な緊張状態が周りに立ち込めていた。先輩も予想外の事態に気まずそうにしており、私の肩をポン、として、君のせいじゃないよ、と言ってくれた。

違う。想像していた肩ポンはこういう事じゃない。もっとこう、健闘を称える軽快なポンが欲しかったのであって、心なし重く湿ったポンが欲しかった訳ではない。

そんな状態を見て、先程別の部屋で飲んでいた人達が興味を持ってしまい、我も聞きたいという勢が出てきた。冗談ではない、こんなに大惨事なのに罪を重ねてたまるか。断固拒否する。

と思っていたが、あまりに何度も言われるものだから根負けをしてしまった。それにここまで求められるのは人生唯一かも知れない。ええいままよ、と承諾してしまった。

再度泣く人は聞かないように要請したものの、結果は全く同じであった。更にしくしくされ、近くの川を見て自然セラピーをしていた子は、川に白い影を見出して飛び上がっていた。

涙する美女の横顔を見ながら、私のバラ色のキャンパスライフの扉が閉ざされた音を聞いた。私も泣きたかったが、脅かす方が泣いては興醒めである。

そっと目蓋を閉じて、覚えたての苦いビールを味わっていた。








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