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元講師が打ち明ける「歌手やシンガーソングライターを夢見る君へ:番外編」:マイクについて

マイク=君の人生を変えるかもしれないもの

少し昔、youtubeが世の中に認知されはじめた頃くらいから「歌ってみた」というジャンルの動画が流行していた。

数年前からは、ONE TAKEという、一発録音の動画が流行っていると思う。

以前も書いたが、youtubeからはジャスティンビーバーが出て、Soundcloudからビリー・アイリッシュが出てきた。

日本でもYOASOBIやAdoさんもyoutubeから出てきているように思う。

古くは宇多田ヒカルさんはFMラジオ局のヘビーローテーションからブレイクした。

そういう自分を売り出す音源づくりに欠かせないのがマイクになる。

ネットの宣伝では知りえない「マイクのこと」

マイクは、歌手やシンガーソングライターにとってまさに商売道具であり、使いこなせるかどうかで、単発のパフォーマンスの結果にも、将来の君の音楽人生にも大きな影響が出る。

しかし、マイクについては、意外に知らないというか、無頓着の人も多いんじゃないかなと勝手に思っている。

逆に、「そこじゃない」という、マイクのスペックの部分にやたら詳しく、こだわってしまっている人もいるのかなと思う。

というわけで、今回のテーマは「マイクについて」だ。

最近は宣伝WEBサイトも多く、ていうかネットには宣伝しかないので、モデルの名前とかの情報はたくさん拾えると思うが、そういう宣伝とは違う角度から、歌手やシンガーソングライターを目指す君へ伝えたいことを取り上げようと思う。

マイクは高い。

1個数万円でもおかしくないし、世界の一流品となれば数十万円というのも普通だ。

だから気軽には試せないと思う。

そんな中、少しでも君のマイク選びの参考になればと思う。


「ゴッパーで十分」

この見出しの意味は何か。

まずゴッパーというのはSHUREという老舗音響メーカーのSM58というマイクのことを指している。

SM58というのはまあ今でも業界では定番のマイクと言っていいと思う。

特にライブで使われることが多く、バンド向けのリハーサルスタジオやライブハウスなどで貸してくれるマイクがこのSM58ということも多い。

今は、いろいろな別会社による、安価でまずまず音質のよいマイクもいろいろと増えてきているため、ライブハウスだからといってSM58にお目にかかることは以前よりは少なくなっていると思う。

逆に言えば、新興音響メーカーがプロ用のマイクを安価で出すという場合のお手本が、このSHURE SM58であると推察できる。

しかし、もちろんSM58の音質に寄せすぎても個性がかぶって売れないので、そこからどう「ちょっとだけ」キャラを変えるかという部分に腐心しているのかなと思ってしまう。

私の若い頃は、SHURE SM58はとにかく本当に「プロ用の業界定番マイク」の代表格だった。

音楽の仕事で使う時のマイクの基本のキという感じ。

ただ、このSM58についての、「業界定番」の意味合いは、いわゆる数十万以上のハイエンド機種という意味ではない。

そういうハイエンドの定番マイクはもちろんいくつかあるのだが、SM58の場合、2~3万円で購入でき、ライブハウスでもレコーディングスタジオにもとりあえず数本はあり、つまり、ミュージシャンやボーカリストが手ぶらで現場に来ても、SM58を貸してもらえればどうやれば自分の欲しい音になるかだいたいわかるので便利、という意味の定番感になる。

そういうわけで、音楽の現場には大抵ある定番マイクであるSM58は、数字の部分をとってゴッパーというあだ名みたいなもので呼ばれている、はず。おそらく今でも。

この項の見出し「ゴッパーで十分」というのはどういう意味かというと、ライブでもレコーディングでも、ひとまずゴッパーが1本あれば「いい音」は作れるという戒めなのである。


ゴッパーの良さは「絶妙な鈍感さ」

さてSM58というマイクは、なぜそんなに使われているかというと、私に言わせれば、その最も大きな理由は「絶妙な鈍感さ」にあると思う。

そう、「絶妙」に鈍感なのだ。

ゴッパーの発売が始まったのは1966年だ。
私もいい歳だが、私すら生まれていない。

つまり、すんごい昔からあって、何十年も業界の定番であり続けている。

なぜ多くの人々が飽きもせずSM58を使い続けるのかというとその「絶妙な鈍感さ」のせいだと思うのだ。

今ゴッパーを買うと2万円前後だろうか。

でも同じ価格帯で、ゴッパーより感度がよく、音響性能的にも優れている他社製プロ用マイクはいっぱいある。

ゴッパーはなぜ鈍感(私の偏見ね)なのに愛されるのか。

これの意味を理解してもらうには、以下の記事を読んで、君にマイクに対する考え方を転換してもらう必要がある。


感度がとても良い高級マイクは、結局、素人に扱えない

君は、私が鈍感だというマイクを、2万円出して買いたいと思うだろうか。

音を拾うマイクなんだから、感度がいいほうがいいでしょ、と君は思うかもしれない。

実際、感度が良ければ良いほど、マイクは高額になる。

だが、ごめん。はっきり言ってしまうが、感度がとてもよいプロ用ボーカルマイクは、素人には扱えないのだ。

マイクの性能がオーバースペックというだけならまだいいが、
素人が使うことで、逆に音が悪くなることすらある
のだ。


どういうことか。


マイクの感度がいいということは、当たり前だが反応がよく、君が入力した歌声を信じられないほどの速さで反映する。

いいことのように思えるが、これが力のない歌い手には逆効果となる。

基礎力の乏しい歌い手は、声の音量差が激しい。
つまり、声の大きさの大小が極端なのだ。

素人の歌では、大きい声はコントロールが効かず怒鳴り声とか金切り声になりやすく、小さい声は息の量が多く不明瞭になる。

また、スタミナもないため、下手すると1曲の中でも後半以降に疲れて声量が減ったり声がこもり気味になったりする。

呼吸が浅く喉に負担がかかるので、数曲歌ったたら別人のようにヘロヘロになってしまうこともある。

マイクは音を拾う道具なので、ライブであれば君の歌声を増幅してアンプやスピーカーから出音するし、レコーディングならPCなどに録音する。

しかし、もし声の音量の大小の差が激しすぎると、

大きい声の時に割れてしまわないように機材のボリューム(レベル)を小さく設定しなくてはいけなくなるのだが、その分、今度は小さい声が聞こえなくなるし、

小さい声でも認識できるようにボリュームを上げると、大きい声のところで音が割れまくるということになる。

素人が感度のよいマイクを使うと、大きい声のところでは暴走レベルで音が走ったり割れたりし、小さい声のところでは息の音ばかり拾ってフガフガモコモコした音になったりするのだ。

さらに人によっては子音のきつい歌い手、逆にハスキーで声が鳴りにくい歌い手などもいて、感度のよいマイクは、どちらかというとそれをそのまま拾ってしまう。

まあこの部分については、カメラの解像度が良すぎるとお肌の見え方が心配になるアレに似ている。


「マイクを使う技術」

また、マイクには口からどれくらい近いか遠いかで拾う声の音質が変わる。

特に手で持つマイクの場合は、口との距離の遠近を調節することで、音質をもコントールすることができるのだ。

逆にいうと、素人がマイクを使いこなせない場合、口からマイクの距離が不規則に変化することがあり、音量だけでなく声の質感も、いきあったりばったりに変化してしまう。

これがプロの歌い手の場合、基礎力がしっかりして、歌唱力もあるとなれば、声量の面でも表現の面でもいろんな意味で安定している。

そしてマイクには「使う技術」というのもあるので、そういう技術もしっかり持っているプロが感度がよいマイクを使って歌えば、マイクの感度に自分が振り回されるのではなく、パワフルな部分ではふくよかに豪華に声が響き、繊細な部分ではしっとりとやわらかく、クリアに歌が紡ぎ出されるということになる。

だから、大金をはたいて、感度の高いマイクを買って「これさえあれば!」と期待しつつ、いざ歌ってみると、全然自分の思い通りになってくれず、最終的に押し入れに眠るということもありうる(私のことである)。

かつて、私よりも10年以上キャリアのある先輩ボーカリストが、ステージでスポットライトを浴びながら、以前私の使いこなせなかった高級マイクを使い、存分に自分の歌の世界を表現しているのを見た。

その時は、その先輩の実力とともに、自分も持っているその高級マイクの素晴らしさに感心しつつ、自分の力不足をあらためて認識することができ、もっと精進しなきゃなと実感させられたものだ。

まあ、そういう意味では、背伸びをして、大金をはたいて高級マイクを買って果敢に挑戦し、マイクに振り回されるというのもいい経験になるのかもしれない。

まあそんなわけで、感度のとても良い高級マイクというのはまさに鬼に金棒の金棒のほうなのだ。

普通の人間が金棒を握ってみても重すぎて振り回せない。
鬼くらい実力があっての金棒なのだ。


ダイナミックマイクとコンデンサーマイク

最近は情報が簡単に手に入るので知っている人もいると思うが、私たち素人が手に入れられるようなプロ用マイクには、大きく2つの種類がある。

それがダイナミックマイクコンデンサーマイクだ。

詳しい説明は自分で調べてほしいが、すごく乱暴にざっくり言えば、

ダイナミックマイクは音の波=空気の振動から磁石や金属などで微弱な電気(電気信号)に変換するマイクで、

コンデンサーマイクはもともと振動版に機材側から電気を通電しておいて、音=空気の振動で振動板が動いた時の通電電圧の変化を音に変換している。

一般に、コンデンサーマイクのほうがダイナミックマイクに比べて感度がよい。

コンデンサーマイクをスタンドに取り付けると、スタンドの近くを歩いただけでカツカツと足音が入ってしまう。

だからコンデンサーマイクは蕎麦屋の出前のおかもち(わかる?)のようなゴムで振動を吸収する取り付け部品と一緒にスタンドに取り付けられていることが多い。

またコンデンサーマイクは、ダイナミックマイクに比べて帯域が広い。

帯域というのは音の高さの幅のことで、要はコンデンサーマイクは、ダイナミックマイクに比べて高いほうの音も低いほうの音もよく収録できるということになる。

ただ、コンデンサーマイクは弱い

振動板は歌っている時に付着する唾液などでさびやすく、さびてしまうとまあ仕事としては使い物にならない。

そして基本的に、一度でも床に落としてしまったら終わり。壊れる。

そういう特徴から、コンデンサーマイクはもっぱらインドアで使用される。
録音スタジオや部屋での音源作成用の録音マイクという役回りが多くなっている。

その点、ダイナミックマイクはどの会社のものも一般に頑丈なのだ。それがライブで使われることの多い理由だ。

よくプロレスラーの人が大声でマイクパフォーマンスをして、最後マイクをリングの床にたたきつけていることがあるが、あれはダイナミックマイクでないとできない、というか、さすがに床に力いっぱい叩きつけていれば壊れても文句はいえないけど。

もちろん、最近はいろいろ進歩しているので、ダイナミックマイクでも帯域が広く感度がよく、コンデンサーマイクと遜色ない録り音になるものもあるし、コンデンサーマイクもライブ用に設計されて、一見ダイナミックマイクのように見え、そこそこ頑丈なものもある。


ボーカル用ダイナミックマイクのメートル原器=SHURE SM58

SHUREのSM58、ゴッパーはダイナミックマイクだ。
ボーカル用ダイナミックマイクと言えばゴッパーといっても全然過言ではない。

名実ともにSHURE SM58はボーカル用ダイナミックマイクの代表であり、メートル原器と言えるものである。

SM58は本当に頑丈だ。

プロの道具、特に音楽のプロの道具は壊れないこと、頑丈なのが一番なのだ。

いくら音がいいマイクといっても、ステージの本番直前に壊れてしまっては無力でしかない。

アーティストは街から街へと、高速道路、時には飛行機に乗って飛び回っている。その時、マイクも飛び回っている。

SHURE SM58、ゴッパーは、ずーと振動や衝撃を与えられながら長距離を移動させらても、固いステージの床に何度も落としてしまっていても、本番になれば何事もなかったかのようにいつもの音を確実に出してくれる。

さすがにちょっと大げさに書いちゃったかな。

でも、それぐらいの安心感はあるのだ。

それが数十年業界標準を張り続けられている理由の一つでもあると思う。


ゴッパーの「絶妙な鈍感さ」とは

私がこの記事の冒頭から言っているゴッパーの「絶妙な鈍感さ」というのは、何かというと、ざっくり以下のようになる。

①広すぎないけど十分な範囲の帯域

②敏感すぎず素人からプロまで歌で扱いやすい感度

③ちょっぴりローファイ味のある、素直で少し元気めな音質

④コントールしやすい、マイクの使い方の上達にちょうど良いカーディオイド

⑤標準でも吹かれに強く、潰れても交換できるくグリルボール


相変わらず長いが、構わず1つずつ説明していこう


①広すぎないけど十分な範囲の帯域

先ほども紹介したが、帯域というのは音の高さの幅のことで、ゴッパーの場合50Hz~15kHzくらいの帯域だ。

ゴッパーの帯域は正直、プロ用ダイナミックマイクの中では狭いほうだ。

最近のプロ用ダイナミックマイクの場合、上のほうは16kHz以上のものもざらにある。

もちろん、高音のほうの帯域が広いほど、録音した音は聴感上、クリアな印象になる。

数年前からYoutubeなどでチルアウトと呼ばれる、ローファイな音楽が流行っているが、あのローファイというのは、乱暴に言うとこの帯域の高音域と低音域をカットして、昔のAMラジオの音のような感じにしている。

もちろん、ゴッパーの音質はそこまでローファイではないが、後発のダイナミックマイクよりはやっぱり帯域が狭い。

だが、それがいいのだ。

そもそも、15kHzというのは、めちゃくちゃ高い音域なのだ。

実際に聴いてみてほしい。

聴感上、音としては認識できない。

例えば人の声でシッとかチッとかの子音の痛い部分、あれでいいとこ4kHz~8kHzくらいだ。

まあ、素人が歌で聴いて具体的に認識できる人の声の最も高い音は2kHz~5kHzあたりになる。

聴いてみたい人は聴いていい。ただ、4kHzや8kHzは耳が痛くなる音域なので、オススメはしないし、音量は下げて聴いてほしい。

また、低音も、50Hzというとドラムとかベースのムンムン言っているあたりになる。しかも、通常マイクの帯域で50Hzというと、拾える音量的にはかなり小さい。

何を言っているのかというと、8kHzより上の高音域、例えば犬笛のような音で、人間はわからないけど笛を鳴らすと犬だけがワン!と吠える音域とか、エアコンの室外機とか冷蔵庫のインバーターの作動音の最低音域くらいのむーんという音なんて、ガンガン音を拾えても邪魔なだけなのだ。

たしかに高音の帯域が広いほうが印象としてはクリアになりやすいが、あんまり強調しすぎると、下手をすると、するるーんと、なんとなくコシのない音になる場合もあるのだ。

ゴッパーの50Hz~15kHzというのは、全帯域が均等な音量でもなく、高中低それぞれの帯域ごとの音量バランスが絶妙に調節されているため、素人が何も考えずに使っても、ボーカルにとって程よくクリアに、ほどよく力感がある感じの音になるということなのだ。

②敏感すぎず素人からプロまで歌で扱いやすい感度

これも前半でエピソードを書いたが、マイクは感度が良すぎても、扱いが難しくなる。

特に歌い手に基礎力がないと、高級マイクの反応の良さに振り回されてしまう結果になる。

ゴッパーは感度が鈍いということもないし、ほんといい感じの感度なので、まあ取り回しがよいのだ。

怒鳴り声でも比較的音割れがしにくい。
もちろんオンマイク(唇につくくらいマイクを近づけた状態)で怒鳴れば割れるけど。

もちろん、歌が上達して、自分の歌の音量が安定し、繊細な表現ができるようになってくると、微かにゴッパーの反応速度に物足りなさを感じるということはあり得る。

しかしそれはまさにプロレベルの話であり、例えばライブ会場で、ゴッパーしかない、という状況であるなら、そのプロの歌い手はゴッパーで十二分に素晴らしい歌を歌えるのである。

もちろん、まだ歌唱力が不足気味の人が使っても、鈍い音にもなりにくいし、歌が変なことになりにくい。そこがゴッパーのすごいところだと思う。

そりゃあんまり、マイクの使い方を知らないと、ゴッパーでもかばいきれなくはなるけどね。


③ちょっぴりローファイ味のある、素直で少し元気めな音質

何にしても音質というのは結局のところ「好み」なので正解があるわけではない。

ゴッパーの音質はどうなのかというと、私に言わせれば、やはり古いモデルではあるので、現在の感覚からするとちょっぴりローファイ味がある。

ただ、鼻づまりみたいな音では決してない。

しっかりとした説得力があり、クリアに録音できる。

音の傾向は素直と言っていいと思う。

「素直な音質」というのも人によって感覚が分かれるところだが、私がいう素直とは、「録ったままの音」になる、という意味だ。

マイクが高音質過ぎないので、音が「神輿に載せられる」とか「下駄を履かせられる」ということがない。
マイクの力でお化粧させられるということがあまりないのだ。

ゴッパーは、上手く録音できればいい音になる。
もし君や私の出す音がいい声、いい歌なら、そのままきっちりといい感じの音になる。

おじさんおばさん以上しか知らないことだが、昔、カメラのフィルムかなんかのCMで「きれいな人はより美しく、そうでない人はそれなりに」というのがあった。

さすがの昭和。

若い人は信じられないかもしれないが、この時代に今のようなコンプラなどない。
つい最近のドラマのように「不適切にもほどがある」というやつだ。

しかし、ゴッパーの場合、「そうでない人はそれなりに」というのがなく、「そうでない音はそのまんま」なのだ。

なんというか、予想通りになるというか。

あー、ちょっと違うな。

ゴッパーはね、だいたいは予想通りの音になるんだけど、たまーにポコン!と、めちゃくちゃいい感じの音になるときがあるので、そこは「予想外」の部分もある。

ごめん。意味がわからないよね。

ゴッパーはボーカル用マイクで、もし君の歌や声がすごくいい感じだと、音がとても活き活きとした、丁度いい力感と元気さの音になる。

「元気」というのは、過ぎれば「うるさい」となるんだけど、そうはならない。

だから伴奏と混ぜても埋もれず出すぎずいい感じになる。

また話が脱線するー。まあいいか。

そもそも、機材や楽器が「上手く演奏すればいい音になる、へたくそに演奏すればへたくそな音になる」ってとっても大事なことだと思う。

最近は、機材やソフトのほうがパワーアップしすぎていて、本人の出す音はしょぼいのに、結果は、とりあえず第一印象ではいい音みたいに聞こえる、というような状態になっていないだろうか。

AIもつい最近、鼻歌をどんな音にでも変換するみたいなソフトが出たけど、あれなんか「本人がしょぼくても音はいい」の典型だよね。

いや、仕事としてはそっちのがいいのよ実際。

音は永遠に後工程だし、やっぱり納期は命だもん。短い時間でいい音になることで、過労で体を壊す業界人が減ってほしいし。

もし自分が昔みたいにバリバリサウンドクリエイターの仕事してたら絶対使うもん。

でもね、君にとっても私にとっても、自身の音楽的な成長としては、自分が下手なのにいい音になる機材や楽器っていうのは、確実にチャンスを失っているんだよね。
しかも結構大きく失っている。

トライアンドエラーをゾンビのように繰り返し、懸命に夢中になってやっていたら、思いのほかいい音になってびっくり!という喜びも得にくいだろうしねえ・・・。

自分の歌でも人の歌でも、ゴッパーでいい音になれば、ああ、こういうのがいい音なのか、いい歌なのか、というのが体でわかる。

しかも、それは一瞬のこと、一発のことなのだ。

その一度の経験が君の将来の音楽性に寄与するものは大きい。

うわーかなり脱線した。

でも、「いい歌やいい声なら、ゴッパーで十分」という本記事の大きなテーマにつながる話なので、いいとするか。


④コントールしやすい、マイクの使い方の上達にちょうど良いカーディオイド

カーディオイドというのは、マイクの指向性の一種だ。

マイクの指向性というのは、「マイクの外側の、どの方向の、どのくらいの角度の範囲の音を拾うのか」ということだ。

無指向性のマイクも普通にある。
これは、マイクの周囲360度の音を拾うということになる。

ボーカルや楽器の音を取る場合は、指向性はある程度狭いほうがいい。

声なり楽器の音なりを収録しようとして、となりの人の音とか、後ろの誰かの足音とか呼吸音とか、PCのファンの音などが入ったらいろいろとやりにくい。

そこで、ある程度指向性を狭めたほうがボーカルマイクとしては使いやすいのだ。

そういう指向性の中で、一方向のみの音を拾うマイクの指向性のことを単一指向性=カーディオイドという。

ゴッパーの指向性はカーディオイドで、1960年代に出た時にボーカルマイクとしての機能が総合的に完成されていたため、ゴッパー自体がマイクのメートル原器となっており、指向性についても程よく狭く、ボーカル用ダイナミックマイクの指向性の基準と言える。
というか、だいたいこれでみんな慣れてしまっている。

ゴッパーよりもさらにハイエンドなマイクなどでは、ゴッパーよりもさらに指向性の狭い、超単一指向性のマイクもいっぱいある。

そういうハイエンドなマイクはもちろん、超高音質で、すごく性能が高い。

実際、ライブでも使われる。

カラオケなどで、マイクのレベルを上げすぎて、スピーカーからブオーという大きな低音が出てしまい、びっくりしたことはないだろうか。

あれは「ハウリング」といって、マイクのレベルを上げすぎて、スピーカーの音を拾って、音の増幅がマイクとスピーカーとでループしてしまう現象だ。

指向性、つまり音を拾う角度の範囲が狭いと、ハウリングが起こりにくくなる。

そういった理由で、超単一指向性=スーパーカーディオイドのマイクを素人同然の歌い手が持たされる場合もまあ、ある。

しかし、やっぱりそれは諸刃の剣なのだ。

超単一指向性のマイクは音を拾う範囲が本当に狭い。

ボーカルの場合、口からちょっとでもずれると、もう音を拾わなくなる。

マイクは道具であり、使いこなすには練習が必要なのだ。

最近はカラオケである程度はマイクに慣れている人も多いかもしれないが、カラオケで歌うのと人前でライブするのは全然違う。
特に駆け出しのころは、マイクと口が離れてしまいがちなのだ。

だから、力不足の歌い手が超高級マイクに振り回されるパターンとして、感度が良すぎるというのに加え、音を拾う範囲が狭すぎるというのもありえる。

最悪の場合、ライブで君の歌が途切れ途切れに聞こえ(口とマイクがずれてるのね)、ミキサーさんが恐る恐るレベルを上げて、結局ハウリングでボーンという音が会場に鳴り響くというケースになる。

その点、ゴッパーは指向性の範囲がちょうどよい狭さのため扱いやすい。
だからといって適当に使えばやっぱり途切れ途切れの残念な音になり、その点でマイクの使い方の練習・上達にはうってつけなのだ。

しかもゴッパーがある程度扱えるようになれば、大抵のライブハウスやレコーディングスタジオでも大体あるので、いろいろ対応できるようになるというおまけつき。


⑤標準でも吹かれに強く、潰れても交換できるくグリルボール

グリルボールというのは、マイクの先端の丸い網の部分。あれの内側にはスポンジが入っていて、吹かれ(ボコっとした息の音)を防ぐ仕組みになっている。

ゴッパーは古いモデルの割にはこのグリルボールがよくできていて吹かれにまあまあ強い。

そして、落としたりしてグリルボールがグニャっと曲がってしまっても、グリルボールだけ買って取り換えることもできる。
マイク自体の販売されている数が多いこともあり、日本ならおそらくどこに住んでいても、通販なので入手できるだろう。

ゴッパーが壊れにくいというのは、落とした時にこのグリルボールがグニャっと潰れて衝撃を吸収しているということもあるような気がする。

気にしない人は多少デコボコになったグリルボールのまま使えばいいし、やはり歌っている時の唾液の飛沫などがつくので、臭いや衛生面が気になる場合は買い替えればいい。

そういうメンテナンス的なことが簡単なのも、ゴッパーならではだと思う。



ここまでで、私が思うゴッパーの絶妙な鈍感さについて書いてみた。

なぜ絶妙なのかというと、これは想像の範囲だが、当時の開発者の方は、あえてこういう感度や音質にしたのだと思う。

幅広い人が歌っても容易にいい音になるように、そして頑丈さも含めた価格も、庶民が何とか購入できるように。音と頑丈さ、扱いやすさ、価格のバランスが本当にいいと思うのだ。

2万円前後で変えてしまうマイクが、現在でも市販の曲の録音用のマイクとして、またプロのライブ用のマイクとして普通に使えてしまうこと。

まさにこういうのが「有難い」ということだと思う。


マイクにこだわりすぎることの注意点

プロを目指す人はマイクにいくらこだわってもいい。

「ゴッパーで十分」というのは「まず自分がいい音を出せ」という戒めなので、君がお金持ちなら数十万円のハイエンドマイクを買ってどんどん使って試すのもとてもいい経験になると思う。

ただ、覚えておいて欲しいのが、ライブにしろレコーディングにしろ、音を作る機材はマイクだけじゃないということだ。

マイクのカタログを見ると、帯域のグラフなどが出ている。

あれ、前から思うんだけど、各社でフォーマットがバラバラなんで、結局、帯域のグラフを見ただけでは会社ごとの違いとか何もわからないんだよね。

また、グラフの曲線で見る印象と、実際にそのマイクで録音した際に出てくる帯域と引っ込む帯域の印象というのは、大抵合わないんだこれが。

また脱線してしまったが、何を言っているのかというと、

「君や一部の専門バカがいくらマイクの帯域(拾う音の高さのキャラクター)にこだわったとしても、そのマイクがつながっているミキサーのEQのツマミをくいっとひねれば、もう音のキャラクターなど全然変わってしまう」

ということだ。

EQというのはイコライザーというエフェクターのことで、要は音量を高さ基準で増減する機能だ。

低音に強いマイクと言ってもEQの低域のツマミをマイナスにひねれば、一瞬でその特徴は無くなる。

ゴッパーが拾える高域の限界15kHzよりはるかに高音域を拾えるマイクでも、同じくEQで高域を減らせば、ゴッパーとの差がなくなっていく。

もっと言えば、マイクの後には、マイクの音を増幅するプリアンプPC内の色々なエフェクターたち・・・いろんな機材やソフトが行列を作っている。

だから、マイクの音のキャラクターなんて、なんて、と言ってしまうが、その後の機材やソフトで変わりまくるものなのだ。

プロの現場で、マイクも、機材も、技術者もプロレベル以上という状況で初めて、カタログに出ているような精密な数値レベルの音の個性たちが相互作用を起こしてとんでもなくいい音になるのだ。
しかもそれであっても、いい演奏であることが大前提

だからやっぱり「ゴッパーで十分」と言える。

もし君がゴッパーレベル以上のマイクや機材をすでに持っていて、お金もそんなにないなら、あんまりいろいろ悩まずに今持っている機材で頑張ればいいのだ。


マイクの音質の話はほとんどが「〇・〇・〇・〇」と言っちゃおうっと。

昔、割とメジャーシーンで活動している或るギタリストの人に、これまた初対面の時に、

「〇〇(数十万円のハイエンドコンデンサーマイク)は音がやわらかいんだよねー」
「その点□□(数万円のコンデンサーマイク)は音が固くてさー」

とか言われたことがある。

ちなみに私は、全くの偶然だったが、音楽の仕事で飯が食えるようになった初期の仕事場では、ずーっとその業界定番のハイエンドマイク〇〇があり、それを飽きるほど使っていた。
それより安いマイクを使うこともほとんどなかった。

そもそも昔は、数万円で、そこそこいい音で録音できるコンデンサーマイクなどなかったのだ。

だから逆に、そのハイエンドマイクの録り音だけが日常で当たり前と思っていたし、別に音が柔らかいなどと思ったことはない。

そういう話じゃないんだあのマイクは。

しかもその後のミキサーとかエフェクターとかの音を通って、これまた出音の個性がいろいろとあるモニタースピーカーを通して実際に聴くのだ。
それによってもマイクの音質は変わる。

自慢じゃないが私の耳は音響的には凡人レベルだ。
本当に自慢にならない。
自分じゃ、「耳が腐っとんじゃ(千鳥の大悟さんぽく発音してね)」と思ってる。

いい音楽かどうかを嗅ぎ分ける耳はある。
自分がいいと思うだけの話だけどね。

まあ言っちゃうよ。一流の音響エンジニア以外の人が言っているマイクの音質の話は、オ・カ・ル・ト。

あー言っちゃった。

そんな違いが判る人は日本にだってそうそういない。
本当に業界のトップのほうにいる人だけだと思うよ。

私がこんな愚痴を書いたのは、君に気楽になってほしいからだ。

機材のスペックに悩むより、マイクの使い方を練習したり工夫して、自分の歌や演奏に磨きをかけたほうが、確実に音はよくなる。ほんとはね。

マイクは本当に音の入り口でしかない。
最終的な出音を自分の耳で聴いて、良いかどうかだ。


あらためて「ゴッパーで十分」

今回は、歌手やシンガーソングライターを目指す君に伝える話の番外編として、マイクをテーマにしてみた。

でもでも、高いマイクってやっぱりかっこいいよね。

私自身、ゴッパーで十分と散々書きながら、別のかっこいいマイクに対する憧れも常にある。
油断するとそんなに使いもしないのに買いそうになる。

でも同時に、「ゴッパーで十分」という戒めというか気概も、私の中で消えない。

ビリー・アイリッシュがSoundcloudからブレイクした時、使っていたマイクはAudio-TequnicaのAT2020だったと雑誌か何かのインタビューで読んだ覚えがある。
2万円しないんじゃなかったっけ?

でもそれが、何百万というリスナーを楽しませ、何十億も稼ぐようなブレイクを実現している。

ブレイク前とはいえ、あのビリー・アイリッシュの悩ましいくらい艶のある、ささやくような繊細な歌が、オーテクの2万円前後のコンデンサーマイクで作れるのだ。

くれぐれもいっておくが、安物マイクっていう意味じゃ全然ないぞ。

マイク開発者の皆様の信じられないほどの努力の賜物で、君も私も数万円で十分な性能の機材が手に入れられるという、とんでもない幸運な状況にいるということなのだ。

ちなみにAudio-Tequnica(オーテク)は日本のメーカーだ。私も大好きな音響メーカーの一つだ。

うん。これこそ「有難い」話なのだ。

オーテクにしろSHUREにしろ、音響メーカーはいい機材を世に出してくれている。

君も私もあとはいい音を作ることに集中して、とことん楽しんだらいい。


あ、追伸。

SHUREのSM58(ゴッパー)とか、SM57、BETA58、BETA57は、中古で買うのはやめておいたほうがいい。

もう10年以上前から、彼の国からのニセモノが大量に日本に入ってきている。

よほど慣れていないと見分けられない。

私もゴッパーは今も2~3本持っているが、そんな私でも中古で使用感のある状態の、ゴッパーの本物と偽物を完璧に見分ける自信はない。

ただまあ、ゴッパーみたいに耐久性最強のマイクというほうがかなり珍しく、マイクは本来繊細な機材でちゃんとメンテナンスしていないと経年劣化も激しい機材なのだ。

だから、マイクは新品を買ったほうがいい。

だから欲しいマイクがあったら、本当に欲しかったら、新品を買っちゃえ。

ゴッパーで十分、だけどね。

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