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「庭でとれたイノシシを食いに来いや」

古い友人に誘われ仮病を使って奈良に。
そこから友人の村までタクシーを使う

「観光客のやるせんべいおますやろ、あれは鹿にとってなんの腹の足しにもなりませんねん」
残念そうな顔で運転手は教えてくれた。
村は雨で霧が山間までのびている

村の人達は気持ちよく僕を迎えてくれた
「東京は怖いでっしゃろ」
「私はシナシナのお鍋は食べないの」
「おかきのニーズは団欒です。」
「あれは実は大仏の鼻なんです」
「村おこしの、今種まいてます」
シシ肉は柔らかく脂身が多くて、美味かった

朝まで飲んで、騒いで、唄った。

昼近くに起きると
身体から懐かしい匂いがした

そうだ
ケモノの匂い
こんな匂いを纏っている頃があった

数年前
友人とは同じ舞台に立ち、ライトを浴び、その時はよくわかっていたのだが、今考えると何をやってたんだかわからないような事を客に見せていた。客も同じように苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた
あまり家には帰らず、たまに劇場の便所で体を洗う
古いコメディアンを肴に、安い酒で酔い、客のはけた地下の劇場を奇声をあげながら走り回り
ゲロを吐き
疲れて
舞台の下でゴソゴソと眠る
昼過ぎになって上から聞こえてくる
「品川心中」や「マクベス」
クイズ大会のジャンケンコーナー
に目を覚ます

どこにでも転がってるような挫折、未練、嫉妬があり
しばらく友人には会えなかった。
会いたくなかった。


帰りは友人の母が近くの駅まで送ってくれる
二日酔いにはこれがいいと、よくわからない粒々を飲めと言いながらササっと眉を引いている
窓からはしわくちゃの布団にめんどくさいほど日が射している。


それから


東京のいつもの駅のトイレで僕は吐いた。
あの時のように
涙がながれ喉が痛い

「やりたいことやろ」

もう一度吐いて
忘れちゃならない大切なもののように
それらは流さずにホームに出た。


見慣れたブルーの電車が向かってくる。