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魔法少女の系譜、その145~『チャームペア』のマスコットたち~


 前回までで、セイカのぬりえシリーズ『チャームペア』の話は、終わりにするつもりでした。
 ところが、大事なことを、二つほど、書き忘れていたことに気づきました。このため、今回も、『チャームペア』を取り上げます。

 書き忘れていたこととは、
1.「服を着た動物」というマスコットについて
2.『キャシー&ナンシー』のキャシーが、「自分の好み」だけで、男装を貫いていることについて

の二つです。

 まず、1.「服を着た動物」というマスコットについて、書きましょう。

 『チャームペア』の『リリー&マリー』には、パウロという、服を着た犬が登場しますね。服だけではなく、帽子もかぶって、パイプまでくわえています。「探偵きどりの犬」という設定です。
 『キャシー&ナンシー』の後半には、服を着たウサギのラビタンと、服を着たヒツジのチャップが登場します。
 パウロも、ラビタンも、チャップも、普通に人間の言葉を話して、ヒロインたちと会話しています。ヒロインたちは、それについて、大して不思議だと思っていない様子です。

 『リリー&マリー』でも、『キャシー&ナンシー』でも、服を着ていなくて、人間の言葉をしゃべらない、普通の動物が登場します。
 つまり、『チャームペア』の作品世界では、すべての動物が人間と同じようにしゃべったり、服を着ていたりするのではなく、普通の動物と、人間めいた幻想動物(?)とが、混在しています。パウロやラビタンやチャップは、普通の動物とは違う、特別な動物なんですね。

 これらの「特別な動物」が、のちに発達して、「この世に実在しない、謎生物の魔法少女のマスコット」として定着したのではないかと、私は睨んでいます。

 『チャームペア』以前の魔法少女作品には、まだ、マスコットが定着していませんでした。
 最初期の魔法少女ものである、九重佑三子版の『コメットさん』には、ベータンというマスコットが登場します。けれども、ベータンのような存在は、その後の魔法少女ものには、登場するほうが、少ない状態でした。
 『チャームペア』と同時期の魔法少女もの『魔女っ子チックル』にも、大場久美子版の『コメットさん』にも、マスコットは登場しませんよね。

 最近の日本のアニメではあまり見ませんが、一時期、「服を着て、言葉をしゃべる動物」が、日本の絵本やアニメなどに、よく登場したことがありました。
 その嚆矢は、『ピーターラビット』でしょう。外国から入ってきた絵本のシリーズですね。このシリーズでは、服を着て、人間のように暮らす動物たちが主役です。『ピーターラビット』の世界は、動物たちが、みなそのようにして暮らしている、一種の幻想世界です。

 『ピーターラビット』が、英国で誕生したのは、一八九三年(十九世紀!)です。日本に入ってきたのは、二十世紀の初めとされますが、一般に広く知られるようになったのは、昭和四十六年(一九七一年)に、福音館書店の翻訳版が出されてからです。
 二〇二〇年現在では、この福音館書店版が、『ピーターラビット』の正典扱いされています。

 『ピーターラビット』のおかげで、日本の創作者たちの間に、「服を着て、人間のようにしゃべり、行動する動物って、ありなんだ」という概念が広がったと想像できます。
 その証拠に、昭和四十八年(一九七三年)に、「服を着て、人間のようにしゃべり、行動する動物」を主人公にしたテレビアニメが、日本で放映されます。『山ねずみロッキーチャック』です。

 『山ねずみロッキーチャック』は、『カルピスまんが劇場』の一作品として、放映されました。『カルピスまんが劇場』は、世界の児童文学の名作をアニメにしたシリーズです。『フランダースの犬』や、『アルプスの少女ハイジ』のアニメが放映された枠といえば、おわかりになるでしょう。
 『山ねずみロッキーチャック』は、米国の作家ソーントン・バージェスの『バージェス・アニマル・ブックス』をアニメ化したものです。だいぶ脚色されていますが。

 『山ねずみロッキーチャック』の主人公は、ロッキーチャックという名の「山ねずみ」です。二〇二〇年現在では、ウッドチャックと呼ばれる動物です。
 話の舞台は、北米の森です。ここには、山ねずみ以外にも、キツネ、カワウソ、ビーバー、アライグマ、アオカケスなど、たくさんの動物たちが棲みます。これらの動物は、みな、服を着ていたり、帽子をかぶっていたりして、「少しだけ人間的」に表現されています。動物たちの台詞は、もちろん、普通の日本語です(でないと、視聴者にわかりませんからね)。

 『山ねずみロッキーチャック』で、このような表現が採用されたのは、『ピーターラビット』があったからだと思います。
 同じ「児童文学の名作」をアニメ化するにあたって、すでに日本でヒットしていた―当時は、アニメ化はされておらず、絵本だけですが―『ピーターラビット』の方法を採用したのではないでしょうか。
 原作の『バージェス・アニマル・ブックス』では、動物たちは、服など着ておらず、普通の動物として表現されています。

 さらに、二年後の昭和五十年(一九七五年)には、日本で、テレビアニメ『ガンバの冒険』が放映されます。二〇二〇年現在でも、傑作として名が残るアニメですね。
 『ガンバの冒険』も、児童文学が原作です。『冒険者たち ガンバと15ひきの仲間』が、アニメ化されました。こちらも、アニメ化に当たって、大幅に脚色されています。ガンバという名のドブネズミが主人公なのは、同じです。

 原作小説では、ドブネズミたちは、服など着ておらず、普通のネズミとして描かれています。
 アニメでは、主役のガンバをはじめ、ドブネズミたちは、服を着て、人間に近く表現されています。これは、やはり、『ピーターラビット』、『山ねずみロッキーチャック』という(児童文学の)先行例があったために、こうなったのでしょう。
 前述のとおり、『ガンバの冒険』は、放映から四十年以上経った現在にも、名を残すヒット作となりました。

 『ガンバの冒険』が放映されたのと同じ昭和五十年(一九七五年)には、もう一つ、「服を着た動物」が主役のアニメ映画が、日本で公開されています。ディズニーのアニメ映画『ロビン・フッド』です。
 題名のとおり、この映画は、イギリスのロビン・フッド伝説を題材にしています。ただし、登場人物が、みな動物にされています。ロビン・フッドとマリアン姫はキツネ、ロビン・フッドの相棒のリトル・ジョンはクマ、神父のタックはアライグマ、リチャード獅子心王とジョン王はライオン、宰相のヒスはヘビという具合です。これらの登場人物ならぬ登場動物たちは、みな服を着て、人間のように暮らしています。

 『チャームペア』の『リリー&マリー』が誕生したのは、昭和五十一年(一九七六年)か、昭和五十二年(一九七七年)です。『ピーターラビット』、『山ねずみロッキーチャック』、『ガンバの冒険』、『ロビン・フッド』で、「服を着て、人間のように行動する動物」が、よくある表象だった時代です。
 こうして並べてみると、『リリー&マリー』のパウロや、『キャシー&ナンシー』のラビタンとチャップとが、突然、出てきたのではないことが、わかりますね。この時代には、子供向け作品に「よくあるキャラクター」だったわけです。

 『チャームペア』のパウロ、ラビタン、チャップは、漫画やアニメというより、そこに流れる児童文学の文脈から出てきたと言えます。

 興味深いのは、『ピーターラビット』と『ロビン・フッド』では、「動物たちが、みな人間のように暮らしている幻想世界」が舞台なのに対して、『山ねずみロッキーチャック』と『ガンバの冒険』では、「服を着て、人間のように暮らす動物」と、「普通の動物らしい動物」とが混在する、現実世界と地続きの世界であることです。
 『山ねずみロッキーチャック』と『ガンバの冒険』の世界が、『チャームペア』の世界と似ていることに気づきますね。この表現は、日本で独自に生まれたものかも知れません。

 長くなってしまったので、今回は、ここまでとします。
 次回も、『チャームペア』を取り上げます。



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