魔法少女の系譜、その138~『魔女っ子チックル』~


 今回は、前回までとは、違う作品を取り上げます。久々に、実写のテレビドラマではなく、テレビアニメです。
 その作品は、『魔女っ子チックル』です。昭和五十三年(一九七八年)から、昭和五十四年(一九七九年)にかけて、放映されました。

 昭和五十年代前半(一九七〇年代後半)は、「魔法少女もの(魔女っ子もの)」不毛の時代だと言われることがあります。それは、当時の感覚では、そうでした。
 とはいえ、ここまで『魔法少女の系譜』シリーズを読んで下さっている方々ならば、「その認識は、間違いだ」とわかって下さるでしょう(^^)
 昭和五十年代前半(一九七〇年代後半)の感覚で、「魔女っ子もの」と言える作品は、確かに、少なかったです。けれども、二〇二〇年現在の感覚で見れば、「魔女っ子もの」というラベルが付いていないだけで、内実は「魔女っ子もの(魔法少女もの)」である作品が、たくさんありました。

 そのような中にあって、『魔女っ子チックル』は、放映当時の感覚でも、紛れもない「魔女っ子ものアニメ」でした。そもそも、題名に、「魔女っ子」と付いていますものね。
 『魔女っ子チックル』は、おおむね、一九七〇年代の「魔女っ子もの」の在り方を踏襲しています。ところが、細かく見ると、斬新な仕掛けが、各所にあります。

 『魔女っ子チックル』は、ダブル主人公の作品です。魔法の国から来た魔女っ子のチックルと、人間界の普通の少女、小森チーコとが、ダブルヒロインです。
 まず、このダブルヒロイン制が、新しいですね。チックルは魔女っ子なのに、チーコのほうは普通の人間、という組み合わせも、斬新です。二〇二〇年現在でも、こういう組み合わせの女子二人が登場する作品は、皆無とは言わないまでも、極めて少ないですね。約四十年前の作品にもかかわらず、この部分は、先進的です。

 一九七〇年代の少年少女向け娯楽作品には、「女子二人のバディもの」も、まだ、少なかったです。これまで、『魔法少女の系譜』シリーズで取り上げた作品中にも、ありませんでしたよね? 『魔女っ子チックル』は、魔法少女ものに限らず、日本のアニメ史上、最初期の「女子二人バディもの」です。

 小森チーコの「チーコ」は、あだ名ではなく、本名です。一九七〇年代には、奇抜な名前だと思います。当時は、まだ、キラキラネームという言葉は存在しませんでした。そう呼ばれるに値する名前が、ほぼ、存在しなかったからです。
 チックルのほうは、魔法の国の人間ですから、人間界の常識は、通用しなくて当然ですね。

 チックルは、魔法の国でのいたずらが過ぎて、「人間界の本の中に封じ込められる」という罰を受けていました。その本が、めぐりめぐって、どういうわけか、チーコの手に入りました。
 チックルは、本の中からチーコに呼びかけて、「自分を解放する呪文」を唱えてもらいます。それにより、チックルは解放されて、チーコと同じ年頃の女の子として、チーコの前に現われます。
 小森チーコは、小学五年生です。チックルも、実際の年齢はわかりませんが、人間界で言えば、チーコと同じくらいの年齢のようです。

 チーコは、最初は、「魔法の国の住人」の存在に驚き、「そんなこと本当なの?」と疑います。当然の反応ですね。しかし、チックルの魔法を見て、信じるようになります。
 二人は意気投合し、二人合わせて「ラッキーペア」と名乗ることにします。チックルが、チーコの家族に魔法をかけて、チーコとチックルとが双子の姉妹だと信じさせます。チックルは、「小森チックル」として、チーコと同じ小学校に通うようになります。
 「チックル」なんて、一九七〇年代どころか、二〇二〇年現在でも、「キラキラネーム」ですが、作品中では、そこに突っ込みが入ることは、ありません。

 チックルは、気が強くて、明朗快活な性格です。人間界のスポーツも得意で、男の子顔負けの活躍を見せます。人間界の常識を知らないことと、いたずら好きで反抗的なところがあるため、たびたび、トラブルを起こします。
 チーコは、チックルとは反対に、常識的で、慎重なタイプです。クッキーを焼いたりして、「女子力」―一九七〇年代には、この言葉は、まだありません―が高いです。チックルが非常識なことをしたり、魔法を悪用したりすると、たしなめるのは、いつもチーコです。
 二人の性格を表わすように、チックルは、いつもショートパンツ姿です。チーコは、いつもスカートです。

 チックルが魔女っ子であることを知るのは、人間界では、チーコだけです。チックルが魔女っ子であることは、チーコの両親や妹にさえ、秘密にされています。魔法の国には、「人間に、魔法の国や魔法のことを知らせてはいけない」という規則があるからです。
 「では、なぜ、チーコだけが許されているのか?」という疑問が、当然、起こりますね。これは、最終回への伏線となります。

 小森家は、チーコとチックル、お父さんとお母さん、チーコの妹のヒナで、五人家族です。
 妹のヒナちゃんは、まだ小学校に上がる前の年齢です。勘が鋭くて、チックルが実の姉であることを、たびたび、疑います。そのたびに、チーコがはらはらします、
 でも、よく自分の相手をしてくれるチックルに、ヒナも懐いてゆきます。

 チックルは、初期にはちょっと問題児でしたが、明るく活発な性格が好かれて、小学校で人気者になります。チーコに教えられているうちに、人間界の常識を身に着け、本来持っていた思いやりも表われるようになって、終盤には、良い子になります。
 それまでの魔女っ子もの(魔法少女もの)アニメでは、ヒロインの魔女っ子は、「最初から良い子」がお約束でした。『魔法使いサリー』でも、『ひみつのアッコちゃん』でも、『魔法のマコちゃん』でも、『ふしぎなメルモ』でも、『ミラクル少女リミットちゃん』でも、そうでしたね。

 例外は、初代の、九重佑三子さんの『コメットさん』でしょうか。九重版コメットさんは、いたずらが過ぎて、故郷の星から、地球へ追いやられた点が、チックルと似ています。
 九重版コメットさんは、地球人と触れ合ううちに、あまりにも周囲の人々を振り回すいたずらはしなくなり、少し「良い子」になります。チックルも、これと似て、終盤には、快活さはそのままに、「良い子」になります。

 チックルの成長ぶりのすごさは、最終回に表われます。
 異世界から来た異類のお約束として、チックルは、魔法の国に帰らなければならなくなります。魔法の国から使者が来て、チックルが人間界で自由にしているのを見過ごせなくなったと告げられます。チーコだけが秘密を知る状態を黙認してきましたが、もはや黙認できなくなったわけです。
 そこで、チックルは、「魔法の国へ帰らない」ことを選択します。それは、魔法を捨てて、人間界で、普通の人間として生きることを意味します。真相を知ったチーコのお父さんやお母さん、ヒナも、「チックルに家族として残って欲しい」と懇願します。
 使者は諦めて、魔法の国へ一人で帰ります。チックルは、本当に「小森チックル」となり、普通の小学生として生きることになります。

 伝統的な口承文芸のお約束、「異類は、最後には、異世界へ帰る」を、思いきり、破っていますね。異類が、自ら異類であることを止めて、普通の人間になることを選択します。「生まれつき型」の魔法少女としては、画期的な最終回でした。

 チックルの髪型についても、書いておきましょう。
 チックルの髪型は、二〇二〇年現在で言う「ツインテール」です。日本のアニメ史上、最初期のツインテールヒロインの一人です。
 ただし、一九七〇年代には、まだ、髪型を指す「ツインテール」という言葉は、存在しません。一九七〇年代に「ツインテール」と言えば、ウルトラ怪獣の一種を指す言葉でした。髪型のツインテールを指す言葉は、まだ、ありませんでした。

 チックルより前に、日本のアニメに登場したツインテールヒロインと言えば、『キャンディ・キャンディ』の主人公、キャンディス・ホワイトがいますね。通称、キャンディです。
 キャンディも、チックルと同じように、おとなしいタイプではありません。賑やかで、いたずら好きで、運動神経も良く、「女ターザン」というあだ名が付けられたほどです。
 日本の漫画やアニメの中で、ツインテールのヒロインと言えば、「気が強くて、活発」なイメージがありますね。このイメージの源泉は、キャンディではないかと思います。チックルは、キャンディのイメージをもう少し掘り下げて、魔女っ子にした感じです。

 『キャンディ・キャンディ』は、日本の漫画史上に残る大ヒット作品です。少女漫画雑誌の『なかよし』で、昭和五十年(一九七五年)から、昭和五十四年(一九七九年)まで連載されました。アニメ化もされて、昭和五十一年(一九七六年)から、昭和五十四年(一九七九年)まで、放映されました。全百十五話です(!)
 二〇二〇年現在では、考えられないほど長大なテレビアニメですね。一九七〇年代でも、破格の長さでした。最近のアニメによくあるように、「原作漫画の最初のほうだけアニメ化」ではなく、きっちりと最後までアニメ化しました。
 長大な原作を、最後までやり切ったところに、いかに、当時人気があったかが、うかがえますね。

 のちに、『なかよし』連載の漫画だった『美少女戦士セーラームーン』が大ヒットした時、「『なかよし』から、『キャンディ・キャンディ』以来のヒット作が出た」と言われました。『キャンディ・キャンディ』を直接知らない方でも、『セーラームーン』と同じくらいのヒット作だと言えば、わかっていただけるでしょう。

 『魔女っ子チックル』のアニメが放映されている最中にも、『キャンディ・キャンディ』のアニメが放映中でした。当時、魔女っ子ものであろうとなかろうと、「少女向け」の娯楽作品を作ろうとしたなら、『キャンディ・キャンディ』の影響は、決して無視できませんでした。
 チックルの髪が、「金髪ツインテール」なのは、キャンディからの影響かも知れません。キャンディは、くるくるウェーブのかかった金髪ですが、チックルは、直毛です。
 『キャンディ・キャンディ』自体は、魔女っ子ものではありません。二十世紀初めの英国と米国とを舞台に、一人の少女の成長を描く、波乱万丈のビルドゥングス・ロマンです。

 チックルの髪が金髪なのは、魔法の国の人としての表現かも知れません。日本人としては、不自然な髪の色―一九七〇年代には―だからです。『魔女っ子メグちゃん』で、ノンの髪の色が「青」だったのと、同じではないでしょうか。
 ノンの髪の色が、『魔女っ子メグちゃん』の作品中で突っ込まれなかったように、チックルの髪の色も、『魔女っ子チックル』の作品中で、突っ込まれません。作品中の人物には、彼女たちの髪の色は、「普通」に見えているのでしょう。視聴者にだけわかる、魔女っ子のしるしです。

 今回は、ここまでとします。
 次回も、『魔女っ子チックル』を取り上げます。



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