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透明な病と生きる 自律神経失調症 第3章 ”ゆらめく影は、甦る悪夢” 後編

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透明な病と生きる 自律神経失調症 第3章 ”ゆらめく影は、甦る悪夢” 前編|月 (note.com)

第3章 ゆらめく影は、甦る悪夢 後編

本章後編では、前編で記述した7つの身体的症状に続いて、第8の症状として心理的症状について記していきます。心身両方の症状が出揃いステータス異常はもはや数え役満。そこでどうなったか、そしてそこから脱する決意をするに至った経緯を書きます。

【閲覧上の注意】 
途中、ショッキングな出来事についての記載がありますが、できるだけ情景をぼかすために、敢えて無駄に格好つけた表現にしております。実写での想像はせずに、マンガのそういうシーンくらいの想像で済ませていただけるとよいかと思います。
脳内で二次元へ変換する準備ができた方は、どうぞ読み進めてください。

8)抑うつ症状

この症状も必ずしも自律神経の問題とは言い切れないと思いますが、原因となるストレス自体の影響や、先述した不眠などの症状と重なりながら抑うつ傾向を呈するのではと思います。
真面目な人ほど、何が悪かったのか、もっと頑張らないといけないのではないか、なぜ自分がこんな目に合わなければならないのか、など様々な考えが巡ってどんどん気持ちが内向きになってしまうことがあるのではないでしょうか。私もそうであったと思います。
しかし、そもそも自分にかかるストレスに対処できない状況がバックグラウンドにあるので、考えても考えても出口が見つからない。どうにかしたいけど、どうにもできない。例えるならば真っ暗闇にひとり閉じ込められているような感覚になりました。
自身の境遇をどのような感覚と捉えるかは千差万別だと思いますが、そういう状態になると楽しいはずのことが楽しめなかったり、やる気が起こらなかったり、何がということもなく悲しくなったり、どんどん精神的につらくなっていきます。それが積もり積もると、こんな思いをしながら生きていても仕方ない、消えてなくなりたいと思うようになるのです。

常闇の果てに

追い詰められて行き着くところまで行くと衝動的な行動に出る方もおられるわけですが、私はそんなことはできなかったので、生きている意味がない、消えたい、消えたいと思いながら日々を過ごしていました。今思えばここまでに書いた症状が重なってピークだったとき、全てが重い鋼鉄の鎖のように絡みついて、深い深い闇のどん底に辿り着いたのだと思います。もう這い上がれない、重力に押しつぶされて消え去る以外に解放される方法はないのだと。

ところが、そう強く思うほどに、不思議なことが起こるのです。
読んで嫌な気持ちになる方もおられるとは思いますが、ありのままに書きます。
(ここから二次元の頭にしてくださいね)

私が消えること=死ぬことを考えるたびに、目の前に本物の「死」が現れるのです。死んだ虫が落ちている、とかそういう頻度が高いありふれたものではない。何が起こったかは目にしていませんが、スズメやカラスが今まさに命を終えようとしている状態でそこにいる。それも1回や2回ではありません。
これは何か意味があるのか。いや只の偶然に違いない。
そうやって自分とは無関係だということにして、彼らの隣を通り過ぎた足はどん底の方へ向かっていきます。

自分の中で、おそらく死にたい気持ちが最大であった或る日の朝。
国道沿いを通り仕事へ向かう足は重く、死んだような眼をして歩く。
某国のミサイルが落ちてきたり通り魔に襲われたり暴走車が突っ込んできたり、何かそういう「理不尽な死」が自分に与えられないだろうか。そんなことを考えながら、不本意な前進を続けていたまさにその時。
ばんっ。と鈍い音がすぐ近くから耳に飛び込みます。
飛び込んできたのは音だけではありませんでした。
眼前に散る暗い赤色。まだ体温を感じる、いくつかの薄紅色が転がる。

片側3車線の国道を走る大型トラックに猫がはねられたのです。
幅のある国道ですから、法定上の制限速度は時速60キロメートル。小さな目標の素早い動きにはブレーキなど間に合うはずがなく、巨大な鉄塊の質量がそのままの速度でぶつかる。おそらく人間でもほぼ助からないでしょう。
それはまさに「死」のその瞬間。理不尽がもたらす凄絶なる散華。
人生で初めての光景に、受けた衝撃と恐怖もかなりのものでした。
しかし同時に、私は思いました。随分自分勝手な、都合のよい解釈かもしれませんが、
自分が死を望むたびに、その強さに応じた「死」が起こっている。
それはまるで、「死ぬってこういうことだよ」と教えられるように。

もしこの世に神か天使か、我々を観ている高位の存在がいるとしたら、それが私に「お前もこうなりたいのか?なりたくないだろう?」と問いかけているような感覚。

私は死んではいけないのか?

生き続けてまだ何か為すべきことがあるのか?

きっとその方向へ目を向けさせるためのメッセージだったのかもしれない。不思議とそう思えてならず、そこから私は、まずは自分で自分を救う、その意思を固めたのでした。
あの日あの時、理不尽にも犠牲になった生命たち。あなたたちに私は生かされているのかもしれません。そんなことを言える立場ではないかもしれませんが、どうか、どうかその魂が安らかでありますように。

そして私は決めたのです。
今の状況を作り人生を歪めた根源であるストレスを断つ。
自分を縛りつける鎖を切って、自分の力で鳥籠の外へ出る。

鳥籠の出入り口は開いているのに出られない。いや、出口を見ても出ることを考えない頭にさせるのがブラック企業とそれに毒されるということ。

目の前がクリアになってきた私は、ボロボロのまま飛び立つ準備を進めるのでした。

次章以降は、どのようにして病と向き合い抑え込んでいったか、そして現在に至るまでを書いていきます。

第4章につづく

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