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大谷レキオ
2022年10月21日 22:28
「私が見ていたのは夢だったのか?」 私の質問に、毛玉はため息まじりに答える。「いや、夢を見ていたのは娘の方だ」 ーー娘の夢? 私は、いまいち現実味のない現状に困惑し、毛玉と景色とを見比べるしかなかった。「娘が望んだ夢を、お前と俺が見た。娘は、哀れな琵琶師を救いたかった」「娘が私を?」「そうだ。娘は、見目は娘だが、お前の母だった」 ーー私の母……。「職を、食事を施されただろう」
2022年9月21日 12:56
娘の琵琶が、夜風に鳴く。 私の琵琶は、鳴いた夜風を踊らせる。 ススキが、リンドウが、夜空の星明かりを写しとり、発光する。毛玉が、獣が、跳ね回る。 産山に生まれた命が、踊る、踊る、踊る。 私は琵琶を弾き、語る。思い出したこと、産まれ落ちた時のこと。夜風がやみ、ぬくい朝陽が額を撫でるその時まで。続
2022年9月19日 10:26
三月ごとに方位を変える神様がいた。この神様の方向へ進むと祟られる。荒ぶる神様。金神様と呼ばれていた。 私の父がまだ幼かったころの話しである。あるとき、金神様が父たちの村の方へ向かっているとの噂がたった。三月ごとの方位は決まっており、父が暮らす村とは方向が違っていたが、何故だかそんな話が広まっていった。最初は魚売りの行商からだったと思う。 ーあんたら金神様の怒りに触れたらしかな。 ーそぎゃ
2022年1月7日 09:13
手話などと気のきいたものの生まれる前、私の生まれた田舎じゃ楽器で意思の疎通をはかっていた。 革のたるんだ太鼓、穴の割れた笛、弦のゆるんだ琵琶。どれもこれもぼろぼろの、どこから手に入れてきたか分からないような古楽器たち。私はあの日、琵琶を選んだ。 何故、琵琶だったのか。思えばあのとき私の脳裏に浮かんだのは、琵琶を抱えた美しい天女様だった。 盲目の私が何故。 産まれて初めて認識した女性が、天