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【小説】肥後の琵琶師とうさぎ5

 手話などと気のきいたものの生まれる前、私の生まれた田舎じゃ楽器で意思の疎通をはかっていた。
 革のたるんだ太鼓、穴の割れた笛、弦のゆるんだ琵琶。どれもこれもぼろぼろの、どこから手に入れてきたか分からないような古楽器たち。私はあの日、琵琶を選んだ。
 何故、琵琶だったのか。思えばあのとき私の脳裏に浮かんだのは、琵琶を抱えた美しい天女様だった。
 盲目の私が何故。
 産まれて初めて認識した女性が、天女様だったような気がする。母か……。いや、母ではない。あれは、あれは……。

 母につれられてきた娘が挨拶した。私もいたって常識的な挨拶をした。
 不器用なはずの娘は、琵琶の覚えだけはよかった。私の教えなどいらないじゃないかと思ったほどだった。
 琵琶は弦楽器の中じゃあ、なかなか難しい方だが。なんとも複雑な気分だ。教える側としては楽だが。

 娘の琵琶の音が、響く。
 娘の声が、弾む、伸びる、踊る。
 
 娘の母は手を叩いて喜びの声をあげていた。しかし私は、娘が悲しんでいるように聞こえ、娘の演奏に素直に喜べなかった。
 

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