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どうにかするのは いつだって 自分だ。


そう、感覚の肯定につながった大好きな友人カップルに電話でちょっと助けを求めようと

(今の自分の行動を怒ってほしい、なんならアドバイスも欲しい、そしてなんなら共感も少し欲しい)

金曜夜ライン送ってみると、

夫婦揃ってコロナ感染してしまいダウンだから後日でお願いしたい、とのこと。


絶対に味方になってくれる存在でも、状況がそれを遮ることってあるなって悟る。

そして、

「自分で、なんとかするしかないんだな」

て思いました。

それでね。

「自分1人で生きる」

ってことを考えたときに

どうするか、

どうしていくべきか、

どうしていきたいのか、

どうしていく必要があるのか。

って、思いました。

自分を守るためにも、変な関わりをもたない。

感覚を純粋に信じる。

つまり、

「自分1人でこの世界を生きる」

が中心、自身の価値観の中心にあったとき

どんな選択を取るか?


そういうことだゾ?

まじ、そうでしかない。

そう思うと、

学ぶべきは
2021年12月以降の自身、
特に、3〜4月中旬の自身かな。

ミニマムをこころがけて、
自分1人でも快適ゾーンにいた自身が、
比較的、一人でこの世界を生きていくためには、
在るべき姿なんじゃないかな?


必要最低限、とか

関わりを減らす、とか

自分の価値観に沿った選択をする、とか。

て、思いました。

つまり、経験と自身の感覚を大切にしたもの、、、。


でも、そしたら、どうかな。

飽きたり、しないかな。

そこなんよなあ、そこがまだ未達、、、未知、、、。

でも、よくも悪くも、

いつ「終わる」「終えなくてはいけないか」わからん。

から

着々と、淡々と、やるべきことを、やる。

生き急ぐ必要はないけど、

やるべきこと(やりたいこと)に手をつけ続ける必要はあるよね?

誰かと関わる、ではなく、

「1人で生きていける」

その練習をしていかなくてはいけないです。

なにをもって自分は、1人でも強く生きていけるのか。

自分を本当の意味で守り続けられるか。

自分の人生を歩めるか。

です。


振り返ると、

きっと、自分の人生を歩んできたと思うの。

自分の心の内の想いに沿った選択をとってきた。

ただ、周囲ありきの、自分だった。


もっと、ちゃんと、

自分で自分を支えるってことを、

強く、意識した方が、いい。

どうにかするのは いつだって 自分だ。


自分の最高のパートナーであり、よき理解者であり、共感者であり、応援者は

いつだって自分自身なんだから。


だから、自分自身に対して、「本気」でありたい。

全ての終わりは、全てのはじまり。

であれば、全部終わらせに行こうかと、思う。

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