完璧な愛なんて、ない
久しぶりにスナックseikoの記事を書こうかと、思って筆を取った時に(今ならスマホを取ったときに)
完璧な愛なんてない。
って、
ふっと思いついた。
それについて書きたいなぁと思ったの。
とはいえ、
年始から、多くの人が災害で亡くなった。
災害レベルの事故などでも亡くなってるし、
悲惨な事件も多い。
でも、亡くなった人がいるということは、
被災地や事故の現場にいて生き残った人もいるということで。
生き残った人にありがとう、と言いたい。
「申し訳ない」と思うかもしれない。
「自分なんかが…生き残って…」と思うかもしれない。
それでもなお、生かされた現実があって、そんな奇跡をすぐに受け止めるのは難しいと思う。
とはいえ、落ち着いたらでいいので、
その命を、なにかに役立ててほしいなぁと思う。なぜ生き残ったのかは、神様にしかわからないけど……何か役目があるかも、と思えたら、少しだけ勇気になる。
愛でうまくいかないときって、
「わたしにとって」完璧な愛を求めてるんだよね。
子どもへの愛。親の愛。
友達への愛。仲間への愛。
パートナーへの愛。推しへの愛。
ペットへの愛。物への愛。
いろんな愛の形がある。
人と人の間にある「愛」なのに、
人と人はなかなか伝わりにくい。
だってさ、愛の形は人それぞれだ。
放任主義の愛もある。
ぺったりな愛もある。
批判的な愛もある。
大好きだから指摘しちゃう!という愛もあるし、
気になってるからこそ連絡できない…という愛もある。
愛してるから別れる愛もあれば、
愛しすぎてヤンデレ化する愛もある。
あなたはどの愛が好き?
そして、どの愛なら受け取りやすい?
愛を論理的に語るなんてナンセンスだって知ってるんだけどさ。
大好きな人に、大好きと言える幸せがある。
という言葉が、
苦手なわたしなの。
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