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【初5000文字】ひとりだけど独りじゃない月見酒

今日も、やっと終わった!
涼しい部屋で、大きな布団の上に兄妹2人、折り重なるように丸くなって眠っている。かけ布団は全て蹴飛ばして、寄り添っているのだ。大きなハムスターみたいで、思わずクスッと笑ってしまった。少しだけ残っている家事はあるけど、2人が寝てくれたら、私の仕事は一区切りである。主人も帰宅し、やっと私だけの時間。やわらかな疲労感が背中に乗っているものの、今からの【ひとり時間】を考えたら、こんなもの、なんでもないと思える。

窓から見えるのは、大阪の真っ暗にならない空。そんな中でも、手すりの隙間から、明るく煌々と輝く満月。

いや、違う。私の視力が悪いから満月に見えるだけ。昨日ぼんやり見ていたSNS上に「満月だから、空のお財布を光にあてると運気が上がるよ」「感謝するといい」という投稿が、溢れかえっていた。願い事を書きましょう……だったかな?
満月にはパワーがあるらしい。むせかえるほどの情報量だったのに、もう忘れてしまった。思った以上に、私は気にしてなかったらしい。

今日は、十六夜の月。

ブルーグレーの世界に一筋の光。ベランダにちょっと出てみると、生ぬるい風に誘われる。
お月様が輝くのは、まっくらな夜のイメージが強い。しかし、大阪は暗くならないのだ。青をとことん暗くしても、決して黒にはなれない空。それでも、お月様はちゃんと輝く。街灯の灯りが、LED照明に変わって目に刺さるようになっても、強く優しく輝いている。

日本のいいところのひとつに、いろんなものに神様を見るという思想がある。
「大事にしたら、モノにも魂が宿るんだから」と、祖父に言われたことがある。そう育っていなくても「トイレの神様」という有名な楽曲なら、聞いたことがある人も多いかもしれない。レコード大賞を獲得してから、ドラマや絵本、小説にまで派生したそうだ。歌にもあるように、日本では、水や風、火など、自然のものだけではなく、トイレやキッチンなどの場所、道具にも神様はいらっしゃる。そう考えるのだ。そして、あんな細く小さな針にさえ、神様を見るのだ。

もちろん、お月様にも神様がいらっしゃる。月読命(ツクヨミノミコト)と呼ばれる神様である。でも、なぜか漫画やイラストでも、大概おとなしめなカッコいい人として描かれることが多い。【月読命、イラスト】と検索すると山のように出てくるものだから、人気の高さが伺える。
性別はいろいろ想像されているが、総じて月下美人のような雰囲気。もしかしたら、その花を見た人が、月読命を思い出し、名前をつけたのかもしれない。どっちが先かはわからないけど、そんな雰囲気で描かれるのだ。

やわらかい雰囲気で、スッとした目元のかっこいい神様である。

実際に会ったことがある人は生きていないはずなので、想像は自由だ。そうあってほしい、という私の煩悩の塊のイメージなので悪しからず。みなさんも好き勝手に想像してみてほしい。

そんな人と一緒に、仕事終わりに月見酒できたら、ちょっと幸せを感じてしまう。いや、だいぶ幸せかもしれない。よし、今日の【ひとり時間】は、お酒とおつまみで、お月様と一緒に語り合うことにしよう。

もうきれいに片付いたキッチンで、いそいそとおつまみを作ることにした。

昼間、畑のおばちゃんからもらったきゅうりがたくさんある。これは千切りにして、サラダかしら? そんなことを思いながら冷蔵庫を開けると、真っ赤な板が目に飛び込んできた。カニカマ……いいじゃない!
きゅうりとカニカマの和え物にしよう。
たんたんたんと、まな板と包丁が音を奏でる。寝静まった室内に、音が淡く流れ込む。どんどん楽しい気分になってくるから不思議だ。きゅうりを軽く塩で揉み、絞って、カニカマと和える。ポン酢でさっと味を整え完成。少しだけ漬けておくと味馴染みが良くなる。

その間に、もう1品。
大きめのトマトと四角いチーズを見つけた。これもおつまみになりそうな組み合わせ。真っ赤に熟れたトマトは、柔らかすぎて、今にもつぶしてしまいそうなほど。早く食べてあげなくちゃ。包丁の角を使って、さくっと食べやすく切らせてもらおう。蓋付き容器に入れたら、チーズは手でちぎる! そこにオリーブオイルと粗挽きブラックペッパー。そして、本当に少しだけの塩。タッパーの蓋をして、全力で3回振る!!
トマトは、潰れてしまった方がおいしいのだ。トマトの味が、全体まとめ上げてくれるから。

もう1品ほしいところ?
もうこれぐらいにしようか?
でも、もっと食べたくなる気がする。
お酒が進んだら、やっぱりアテがほしい。

しかし、こんなときに限って、冷蔵庫の中には思ったものがない。ピンとこない。

いっそのこと、振り切ってポテトチップスなどのスナック菓子にしちゃう?
そんな日もあるけど、今日はしっくりこないのだ。せっかくここまで準備したのに、もったいない気がしてしまう。

お酢と醤油のさっぱり味に、オリーブオイルの洋風。あとは辛いものがほしい!

そうと決まれば、家の中を宝探しである。しんとした薄暗い室内で、物音を立てないよう静かに食材を探す。さながら不審者である。金目のものではなく、ピンとくるものを探しているので、頼れるものは直感のみ!
もしかしたら、金目の物を探すほうが簡単かもしれない。

音を殺しながら動いていると、部屋から出てきた夫にギョッとされた。が、そんなことは気にしない。今からのお楽しみ時間は、ベランダでデートの気分なのだ。現実に引き戻さないでいただきたい。

ビーフンに春雨、海苔、缶詰、ふりかけ……どれも違う。奥からパスタを見つけた。おっ、なんかいいじゃない? やっとしっくりきたので、これでもう1品といこう。

お湯が沸く間に、マヨネーズと柚子胡椒を和えていく。割合はいつも適当だが、大体4対1。マヨネーズ多めで、いい辛さになる。そのうち鍋の中で会話が始まる。普段は、子どもたちにかき消される音量。泡の音が「もういいよ」と言っている気がしてくる。その合図と同時にパスタを半分に折って投入!
この料理をしている時間が、私の至福の時間である。

おいしいお酒とおつまみ。

これだけでも幸せになれるが、少しだけ器もこだわりたい。せっかくの月見酒である。
いつもなら「そんなところにこだわらんと、早く食べようや」
という夫の声が聞こえてきそう。普段は「わかったぁ」と、不本意が見え隠れする生返事をするが、今日は、ひとり時間。やるならとことん、雰囲気までこだわりたい。いつもがんばると疲れちゃうけど、こんな日くらい料理だけでも着飾りたい。

薄暗い照明の中、秘蔵のぐい呑みを並べる。透明なガラスに、色ガラス。津軽びいどろも並んでいる。もちろん、無骨な陶器もある。夫と一緒に住むときも、結婚のときも、引越しのときも「そんなに要るん?」と何度も聞かれたけど、絶対に手放さなかったコレクションたちである。これをゆっくり眺めて悩む。
 

知ってた?
 

この行為そのものが贅沢なのだ。
朝、目が覚めて、特急列車さながら時間が過ぎ、気づくと夜という日もよくある。仕事に、家のことに、家族のこと。すべてをやることリストにしたら、すごい長さになるだろう。だからと言って、夫も子どもたちも嫌いじゃないし、むしろ好き。だが、目が回るような忙しさなのも事実なのだ。「ゆっくり悩む」というのが贅沢なことなんて、学生時代は考えもしなかった。

どうしよう。
どれを選んでも最高の夜になりそう。そんな予感がする。

生ぬるい風が妙に心地よく感じる今夜は、冷酒が1番。日本酒は、冷たくも温かくも楽しめる。お酒が苦手な人もいるが、私は日本酒派。毎月神棚にもお供えするし、手土産にも持参する。冬場は熱燗でいただくが、この時期は、キンキンに冷やしておくのも、乙なものである。お酒の瓶自体を冷やしながら、月見酒にする? 氷を入れたピッチャーを用意するのは、さすがに面倒だ。もう今日はこのままベランダに持っていこう。

よし、スタートが見えてきた。

「また、なんかしてるのか……」
という夫のつぶやきは、素知らぬ顔でかわした。声をかけたら最後、参加してくるだろう。そういう人である。彼は、本を読んでいるはずなのに、なぜか視線がうるさい。そんなにチラチラ見なくていいのに。
いつもなら混ぜてあげるけど、今日は見なかったことにしよう。申し訳ないけど、そんな気分じゃないのだ。

完成しているおつまみを、ひとつずつ丁寧にお気に入りの器に入れていく。
きゅうりの緑に映えるのは、津軽びいどろ。繊細なトマトの赤に映えるのは、無骨な手作りの一点もの。私1人で飲むんだったら、もういいかな、と思うんだけど。
私の気分は、お月様との飲み会である。【わたし独り】じゃないのだ。
大きなお盆に乗せていく。わざわざ箸置きまで出してみた。「子どもたちが落としたら、割れるもんなぁ」と思っている自分に、苦笑いがこぼれた。もう寝てしまったのに、忘れることなどできないのだ。

役者が出揃ったところで、ちょうどパスタが茹でおわった。邪道だが、しっかり氷水でしめる。こうすると、やさしい固さの麺になるのだ。その優しさの中に、ピリッと光るゆずこしょう。材料3つだけという、代物なのに、料理上手に感じてもらえること間違いなしである。

さて、いよいよ呑み屋「十六夜の月」開店間近である。

キッチンに残したお鍋は……聞くだけ野暮。見なかったことにしておこう。ウキウキしながらベランダに出る。

さっきよりも少しだけ冷えた空気。待ってましたとばかりに、雲から顔をのぞかせたお月様。そして、ご馳走と私。昼間に火照った体が、この優しい風に包まれて少しずつ落ち着いていく。エアコンの風や扇風機の風もいいけれど、この肌にまとわりつくような、少しだけあたたかい風が、案外気に入っているのだ。

目線より、少し高いところにお月様が浮かぶ。

「今宵は一緒にいかがかしら?」
なんて、ご令嬢モードでふざけて誘ってみたくなる。もしかしたら、お月様だって一杯飲みたい気分かもしれない。だって、昨日は満月パワーを世界中のみんなに届けたのだから。
「いやぁ、お月様はさすがの人気ですね。昨日は、いろんなところで満月祭りでしたわ」
なんて言いながら、十六夜の月と乾杯する。口の中に、この冷たさがきもちよくて、一気に飲みたいところをぐっと我慢する。

上品にいきましょうよ。
夜はまだまだ長いんですから。

お月様は、やわらかい光で、私の味方をしてくれる。風も、雨も、雲も、今日だけは私の味方らしい。お月様が隠れないようにしてくれる。この贅沢すぎるおもてなしに、酔いが回れば、涙がこぼれるかもしれない。
ガラスのぐい呑みが照らされて、キラキラした影を落としている。十六夜の月は、何かを言うわけじゃない。とても静かな夜。

実は、満員御礼の呑み屋「十六夜の月」である。

気づかなかっただけで、たくさんの音に満ちた夜だったのだ。蛙の声も聞こえる。虫の声が聞こえる。虫も、何種類もの声がアンサンブルを奏でてる。そして風が吹くたびに、カサカサと草木の話し声。遠くで聞こえる車のエンジン音。夜に音が満ちている。

今日も1日おつかれさまでした。
今日も1日ありがとうございました。
改めまして、もう一度、乾杯しましょうか。
夜はまだまだ、これからでございます。
 

呑み屋「十六夜の月」は開店したばかりである。

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