「お伺い」に気をつける、デザイナーのコミュニケーション
なかなか抜けない癖がある。
「これで良いでしょうか?」「どれが良いでしょうか?」と、デザイナーがお伺いの姿勢になってしまう。ついついそんな癖が出てしまう。
お伺いは「あれっ?」と不審を走らせ、周りに違和感を発することがある。お伺い自体が悪いわけではありませんが、お伺いが続いてしまうとデザイナーのプレゼンスが下がっていく。もったいないことです。
判断の丸投げはしない
たとえば、デザインアウトプットを提示するとき。依頼者側が意思決定するにしても、「これで良いでしょうか?」と全てを相手に委ねてはいけない。デザイナーは「どの部分の判断をお願いするか」を注意深く分けて話す必要があります。
コミュニケーションデザインの場合。あるアウトプットについて、「依頼者が求めるビジネス成果に叶っているか」という点で相手の判断を仰ぎつつも、別の観点、たとえばそれがブランド認知の一貫性を保っているか、感性的価値が十分であるかどうかは、デザイナー側の責任として自分で判断するケースがあります。
そんな場合では、以下のようなやり取りになります。
「このアウトプットはブランド認知の観点や、感性的価値においては問題ないと思っています。一方で、(依頼者が責任を持っている)ビジネス成果については、あなたの判断をいただきたいと思っています。」というのが、ふさわしいコミュニケーションとなります。判断ポイントを区分して話すのです。
さらに丁寧に進行するならば、こんなやり取りが続きます。
「達成すべきビジネス成果に対しては、こんな検討と対応をしました。対応の論点としてABCの3つが挙がりまして、こんな理由でAの対応をしました。それによりこんなデザインをしました。」判断する相手にとっても論点が明確で、考えやすく決めやすい形です。
成果に伴走するデザイナーの責任
デザイナーが不慣れな場合。「これで良いでしょうか?」と、完全なお伺いをしてしまう。判断する観点や判断材料を示さずに、まるっと意思決定を委ねてしまう。
これでは、本来自分で判断し責任を持つべきポイントも含めて、全部を丸投げしてしまうことになります。「あれ?デザイナーの責任って何だっけ?」「この人はデザインのプロフェッショナルじゃなかったっけ?」と周囲の脳内がざわついていきます。ピリっと空気が緊張します。
もしくは、デザイナーが色やカタチのみの専門家としてポジションをとり、「全体のトーンを明るくにぎやかにしました。どうでしょうか?」というような作業の説明に比重を置きすぎる場合。その場合は、ビジネス成果に伴走しない、意思決定から距離を取ったデザイナー像が強調されることになります。
プレゼンスの低下と、品質の低下
こうなるとデザイナーは、提言や責任の主体から降ろされ、周囲からは作業者としてのイメージがついてくる。追従の存在に見えてくる。その関係の変化はずるずると進行し、集団の中でデザインの価値が健全に機能しなくなっていきます。
また、デザインを知らない人に対して、丸腰でデザインの判断を委ねることは品質の危険も大きい。好みで決まる。勘で決まる。局所的な顧客体験によって判断が下る。個別最適が先行する。考えてみても恐ろしいことです。
そんな判断で採用したアウトプットが適切に機能するかは怪しいところですが、そのアウトプットをつくったのは紛れもなくそのデザイナー。周囲からはそのデザイナーの仕事であると印象づけられます。事実がどうであれ、「依頼者のセンスがない」と嘆いていてもナンセンス。自分の説明が悪いと振り返るのが建設的です。
制作とコンサルティングが入り交じる
こういった「お伺い」の現象は、一個人のスキルやスタンスを超えて、昔から続くデザイナーの習慣や文化の影響もあるのではないかと感じています。私は20年間デザインの分野で活動していますが、これはもはやデザイナーを縛り付ける職業的遺伝子なのではないかとも。
現在のデザイナーに対する期待値は、制作者としてのそれと、コンサルタントとしてのそれが渾然一体となっているように思います。だからこそ、ややこしく難しい。
しかし、デザイン業界の変遷から見ると、デザイナーにコンサル的な振る舞いが加わってきたのはここ15年ほど。それまでは制作者としての動きがほとんどでした。「つくる」に加えて、「助言する」「提案する」「知識を与える」「視点を提供する」。そんな姿勢が必要とされたのも最近のことです。
デザインコンサルティングの前提として、「何をつくるべきか」「どう進めるべきか」「どう判断すべきか」を考え、相手に提言するのはデザイナーの仕事です。最終的に相手が意思決定するにしても、そこへ参謀的に関わってくるのがデザインコンサルティングの務めです。
たとえば、デザインプロセスを提案する場合。「このプロセスで良いでしょうか?」と言っては違和感の炸裂。デザインの知識がない相手にデザインプロセスの良し悪しを判断してもらうのは間違っています。「このプロセスなら成果が叶いますが、進行上、懸念を感じる点はありますか?」「このプロセスが妥当だと思うが、この部分のタスクについては議論したいです」という感覚が、デザインコンサルティングのコミュニケーションです。
かつてのエージェンシーの余韻
加えて、デザインの内製化が進んだのもここ15年。多くの事業会社にデザイナーがいる光景は最近のこと。それまでは製造業・メディア事業などがデザイナーを抱える以外は、エージェンシーとしてのデザイナー像が大勢を占めていたように思います(そのエージェンシーも今とは異なり制作が価値提供の中心でした)。
制作的かつエージェンシー的なもの。そのポジションでは、デザイナーは造形についての説明が求められますが、ビジネス成果への接続はプロデューサーなどの別の職種が行うか、クライアントがよしなに判断することが一般的でした。デザイナーは 事業成果への意思決定に思いをはせる機会も少なかった。
クライアントはお客様です。デザインアウトプットの提示は顧客対応となります。ある意味、自分のプレゼンスを下げて対応する場面も出てきます。デザインに検証軸がない場面でも、クライアントサービスとしてアウトプットを複数つくり、「選んでいただく」手続きも必要になってきます。言葉を尽くして妥当性を示すよりも、「多くつくって見てもらう」ことに職業的美点があったことも事実です。「どれが良いでしょうか?」は自然の風景でした。
また、依頼者側もデザインリテラシーを備えていることも多かったものです。PR広報、広告担当、編集者など熟練の猛者は、デザインをよく知っていた。デザイナーは判断ポイントを分解することなく、「これでどうでしょう?」というお伺いで話が通じてしまった。今よりも圧倒的に同質性が高い判断空間の中で、デザイナーの言語野は育っていかなかった。
発展途上のコミュニケーション
若いデザイナーは、そんな昔の話は興味ないと思うでしょう。
ただ、今の中堅シニア層の多くが通ってきた道ですから、今の現場でも、ついつい「これで良いでしょうか?」というお伺いの癖が出てしまうこともあります。先輩の仕事を見るなかで、それを一つの行動の典型として、過度なお伺いを若手が伝承してしまうこともありえます。
デザイナーがビジネス成果を咀嚼し分解し、デザインの要件に変換してアウトプットする。それを持って、「お伺い」ではなく、提言したり、意思決定のサポートに動いたりする。ビジネス成果に伴走し判断を支えたりする。
これは今の中堅・シニアの若手時代にはなかった習慣です。業界全体で発展途上のものと思います。私も、意識して、注意深く進行して、始めて成立するコミュニケーションです。
「お伺い」をする前に
「お伺い」を口にする前に。その言葉が出かかって声帯が音を発する前に。ぐっとこらえる。「これは誰が判断すべきものなのか」を頭の中でより分ける。
判断を求めるということは、相手に決定責任を委ねるということです。その際にデザイナーである自分の責任は何であるかを自分に反響させる。自分がすべき判断も相手に渡してしまわないかと反芻する。
判断の対象となるものは、どんな判断軸に分解できるか。成果への実効性、ユーザーへの影響、実装に向けた障害など、状況によって無数に存在しますが、意思決定に向けた重要な軸を粗くとも数個は想像してみる。
そのうち、相手に判断を委ねるべき判断軸はどこか。自分が責任をもって発言すべき判断軸はどこかを、ざっくりと区分する。
相手に判断をお願いする部分について、その検討を助けるような情報や観点を補足する。相手にとって必要な情報はなにか、不足しそうな観点はないかを相手視点で考える。
これが基本的な作法ですが、ここに「こうすべきだ」というデザイナーの主張や提言も加える。主張から対話が生まれ検討の精度が上がることはもちろん、相手の考えとのギャップを知り、デザイナー自身の学びを深めていくにも重要なアクションになります。
判断を求めるのか、意見を求めるのか
最後に、そもそも「判断を求める」のか、「意見を求める」のかを間違えてもいけません。判断を求めるのは相手にオーナーシップを渡す行為、意見を求めるのはこちらにオーナーシップを保持する行為です。
「これで良いでしょうか?」は相手にオーナーシップを渡しますが、「この方向がふさわしいか意見が欲しい」であれば、デザイナーにオーナーシップがある状態。ここを間違えるケースはあまりないかと思いますが、言い方次第で、デザイナーの主体性はもろくも崩れ去ってしまうもの。念のために補足します。
※今回は「お伺い」行動をベースに、デザイナーのコミュニケーションの注意点について紹介しました。以下の記事では、デザインアウトプットを説明する際の効果的な段取りについて解説しています。
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