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◆掌編小説.≪罪人≫

 テーバイの人でローマ軍の軍事執政官だったザファルがエジプト遠征に従軍したときの話である。


◆ ◆ ◆


 紅海沿岸に面した町に駐留していた折、ザファルがマウレタニア人の捕虜から聞いた話によると、南の砂漠の果てに全ての罪を免罪して死後の倖せを約束すると言われる黄金の寺院があるとのことである。
 町に古くからいる住人に確かめてみたところによると、過去、その黄金の寺院に巡礼の旅に出かけた罪人がたびたび見られたという。

 ローマで不貞を犯した妻を切り殺してしまった過去を持つザファルはその話に興味を持ち、将軍に寺院の調査を申し出た。

 将軍はなにより黄金に興味を持ったので、すぐザファルのために五十人の傭兵を貸し与えてくれた。

 ザファルは寺院の話に詳しい現地人を十人雇い、苛烈な陽光で熱く焼けた砂漠の旅に踏み出した。
 だが、暑さに負けていち早く逃げ出してしまったのはその現地人たちだった。

 ザファルは隊を引き連れて不安を覚えながらも先へ進んだ。

 太陽からの光は容赦なく砂漠を焦がす。

 ザファルらの隊は、日中は耐え難い暑さになるので、日が出ているうちにテントを張り、夜になってから移動することにした。

 行けども行けども砂漠である。

 あまりに遠い旅路なので何度も黄金製の寺院の存在を疑いかけたが、今更逃げ戻ったところで笑いものにされるばかりである。

 すでに食料は乏しく、熱病に倒れる者が増え始め、すでに運んできた水筒の水は空になりかけていた。
 
 とうとうある兵士がのどの渇きに耐えかねて、他人の水筒の水を飲んでしまった。
 これは隊の中でも大問題になり、厳罰に処すべきだという意見となった。

 見せしめとして水を盗まれた兵士が、盗んだ兵士を切り殺して処した。

 すると、死罪というのはあまりに行き過ぎだ、と激昂した兵士が、その兵士を切り殺してしまった。

 死刑を執行した兵士を殺してしまうなどとは不届きだ、と激昂したひとりの兵士が、その兵士を切り殺した。

 死刑を執行した兵士を殺した兵士を殺すなどとは何という野蛮な行為だ、と激昂した兵士が表れ、その兵士を切り殺した。

 死刑を執行した兵士を殺した兵士を殺した兵士を殺してしまうなどという不法を許しては隊の規律が乱れてしまうだろう、と激昂した兵士がその兵士を切り殺した。

 死刑を執行した兵士を殺した兵士を殺した兵士を殺した兵士を殺すなどという不届き者は厳罰に処すべきだ、と激昂した兵士がその兵士を切り殺した。

 死刑を執行した兵士を殺した兵士を殺した兵士を殺した兵士を殺した兵士を殺すなどと勝手な行動を起こす者は切って捨てるべきだ、と激昂した兵士がその兵士を切り殺した。

 死刑を執行した兵士を殺した兵士を殺した兵士を殺した兵士を殺した兵士を殺した兵士を殺すなどという許しがたい犯罪を犯した者は、やはり死罪が相応しい、と激昂した兵士がその兵士を切り殺した。

 死刑を執行した兵士を殺した兵士を殺した兵士を殺した兵士を殺した兵士を殺した兵士を殺した兵士を殺すなどとは何とも恐ろしい事、やはりこの者は切り殺すべきだ、と激昂した兵士がその兵士を切り殺した。

◆ ◆ ◆

 ザファルがおのれの副官を切り殺したころ、五十余名からなる隊が全滅していることに、彼は初めて気付き愕然としたと伝えられている。


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