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光秀は信長のパワハラに悩まされていた?日本史上最大のミステリー『本能寺の変』の真相とは

こんにちは!香港仕込みのほっこり系陰陽五行マスター・ゆみたんです。

今日のテーマは明智光秀!光秀は信長の度重なる酷い仕打ちに耐えかねて信長を討つことにしたのでしょうか?

諸説ありますが、その動機ははっきりせず、日本史上最大のミステリーとも言われています。

大河ドラマ『麒麟がくる』も無事再開され、光秀生誕地として盛り上がっている地元・可児から、今日はその謎に迫ってみたいと思います。

従来の定説は怨恨説

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先日、可児市の花フェスタ記念公園に期間限定で開催中の明智光秀博覧会に行ってきました!

そこで見た本能寺の変の動機を探る諸説がとっても興味深かったので、ご紹介しますね。

まずは怨恨説。小説やドラマなどで描かれる光秀は、この説に基づくものが多いですね。

・人質として出した母親が信長のせいで殺された
・武田攻めの後に信長から暴力を振るわれた
・斎藤利三を稲葉一鉄から引き抜いた際、信長から叱責された
・信長から徳川家康の饗応役に任じられながらも、羽柴秀吉の支援に行くよう命じられ、用意していた酒肴を安土城から琵琶湖へ投げ捨てられた
・馬盥で酒を飲むように信長に強要され、森蘭丸から鉄扇で打たれた

うーーん、これはひどい。

暴力や叱責だけならまだしも、母親まで犠牲になっていたとは!

現代なら間違いなくパワハラ上司。コンプライアンスどころの騒ぎではありません。

信長への積年の恨みから本能寺の変に至ったとする説です。確かに動機としては十分すぎるほどですが、なにぶん歴史は勝者が作るもの。

怨恨エピソードは後に創作されたものが多いそうで、光秀を逆賊であり『三日天下』の愚かな敗者として描くのに都合が良かったのかもしれません。

下剋上を狙う野望説

・『謀反』というよりも、『下剋上』という戦国時代には当たり前に行われていたこととしてとらえる
・光秀の評価を信長より低くみる怨恨説に対し、光秀の力量が天下を取るほど高かったと評価する
・数名の重臣にのみしか決意を伝えず、信長を討つための情報管理を徹底して実行に移したのは、単なる怨恨による行動ではないことを示すものとする

これぞ『光秀の野望』

天下統一を狙っていたのは信長だけじゃない。名だたる戦国武将の1人として、光秀も天下取りの野望を抱いていたとする説です。

高柳光寿の著書『明智光秀』や司馬遼太郎の小説『国盗り物語』で、この野望説が打ち出されています。

確かに、学問や文化に親しみ、軍事、政治、外交などすべて万能にこなす光秀が、個人的な恨みだけで主君を討つとは考えにくい。

光秀が主役の『麒麟がくる』では、怨恨説より野望説が採用されそうですね。

信長非道阻止説、黒幕説

それ以外にも、朝廷や公家との関わりが深かった光秀にはこれらの説もあります。

信長父子の数々の非道に義憤を感じての行動だとする信長非道阻止説。

朝廷や公家、足利義昭、寺社勢力など、信長の台頭を快く思っていなかった者の中に共謀者がいたとする黒幕説。

しかし現在は、朝廷と信長は敵対していなかったことが判明していて、否定的な見解が多いそうです。

黒幕説の中には秀吉が天下を取るために目論んだという説さえありますが、果たして真実やいかに?

『麒麟がくる』が出す結論は?

『麒麟がくる』というタイトルに込められているのは平和への想いです。

この世に平和が訪れた時に姿を現す霊獣・麒麟。

戦のない平和な世の中をもたらし、麒麟を連れて来ようとするのが光秀?

だとすると、麒麟説という新説ですね!

単に恨みを晴らすためではなく、自分が権力を握るために天下を取りにいくのでもなく、ただ平和な世を築くために信長を討つしかなかった

そんな展開になっていくのでしょうか?

前半生は謎に包まれているため、今までのところこれと言った働きのない光秀ですが、いよいよこれからどのように歴史の表舞台に躍り出ることになるのか?今後の放送が楽しみです!

いつの世も悩みの種は人間関係

それにしても、もし怨恨説の信長が上司だったら大変ですね!会社に行くのが嫌になるし、ウツになってしまうかも。

光秀もきっとかなりのストレスや精神的苦痛を受けていたことでしょう。

戦国の世にメンタルヘルスという概念はなかったし、カウンセラーもいなかったけど、光秀には誰か相談できる人がいたのかな?

もし私に相談してくれていたら、陰陽五行で信長の攻略法をどんな風に指南していただろう?

いやいや、諸学に通じ、三国志に登場する伝説の軍師・諸葛亮孔明に憧れていたという光秀のことです。

諸葛亮孔明と言えば!奇門遁甲という陰陽五行をベースにした術の使い手。もしかしたら光秀も陰陽五行を学んでいたのかも⁈

おおおおーーーーっ!!!

そういえば、光秀は生き延びて天海というお坊さんになったという説があります!

天海と言えば!陰陽五行の「四神相応」に従って江戸を幕府の本拠地に選び、陰陽五行で江戸の町づくりをした人!

これはもしかしたら、陰陽五行を学んだ光秀が、生き延びて天海僧正になったってこと?

すみません、妄想が止まらなくなってしまいました。

いや~、歴史っていいですね!ロマンがあって。もっと歴女になって、いろんな歴史上の人物を陰陽五行で考察したらおもしろそうです。

今日も最後まで読んでくださって、ありがとうございます!おもしろいと思ったら、気軽に『スキ』していただけると嬉しいです。

それでは、また次回お会いしましょう~♪

【おまけ】

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大河ドラマ館に行くと、プリクラみたいなマシンで一瞬で変身できちゃいます!

私は光秀なってみましたー!(ドヤ顔で失礼します。)

他にも、光秀のお母さんと、お駒ちゃんになれルンですよ。オススメです!


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