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短編小説『おカネ餅』

「お年玉ってのはな、昔は『御歳魂』って言ったんだぞ」

 御歳魂ってのは、歳神にお供えする丸い鏡餅のことだ。ああ、元々は金(カネ)じゃなくて、餅だったんだ。
「だから俺は、お前らに現金の代わりに餅を配ろうと思う」
 まあまあ、そう文句を言うな。何? 餅なんかじゃあ、欲しいゲームソフトも買えないって?
「餅を使って遊べばいいじゃないか」
 食べ物で遊んじゃいけませんとか、急に殊勝なことを言うじゃないか。そのモラルを、もう少し他のことにもだな……まあいい。
「いいか。この餅はただの餅じゃない。神サマの魂がこもってるんだ」
 こらこら、胡散臭そうな顔をするんじゃない。本当だって。歳神の魂をもらうことで、一年を乗り切るエネルギーがもらえるって寸法だ。
「さあさあ、餅は山ほどあるぞ」
 正月だから大盤振る舞いだ。これだけあれば一年どころか一生分のエネルギーが溜められるぞ。……え? こんなもの買う金があったなら、それをそのままよこせって? そんなに現金がいいのか……。
「わかった、わかった」
 実は、ちゃんとお年玉も用意してあるんだ。ほら。……目の色が変わったな。
「ただし、もらえるのは一人だけだ」
 こらこら、仲良くしなさい。喧嘩する子にはあげないぞ。
「ひとつ、ゲームをしようじゃないか」
 ここにある餅を、いちばん「いいもの」に変えてきた子にお年玉をあげよう。ん? いいものって何かって? それはそれぞれが考えるんだ。審査員は俺だけどな。
「よし、ゲームスタートだ」
 日が暮れるまでには戻ってこいよ。

 ふむ、一人目は早かったな。
「まあまあ、そう落ち込むなって」
 たとえ50円でも、知らない人に話しかけて餅を売ってきただけでもえらいぞ。……ああ、ものすごく可哀想な目で見られたのか。まあ、いい経験になったじゃないか。

 二人目も、餅を売ってきたのか。
「ん? 500円?」
 ずいぶん高く売れたんだな。ああ、おみくじと一緒に売ったのか。なかなか頭がいいなぁ。
「神社の人がタダでおみくじをくれたのか」
 まあ、子供のお遊びに付き合ってくれたんだろうな。
「餅の中におみくじを入れようと思った?」
 ああ、フォーチュンクッキーってやつか。衛生的にちょっと心配だし、餅を焼いちまうとおみくじも焼けちまうからなぁ。
「思いとどまって正解だな」
 え? 神社の人に話したら、来年から『おみくじ餅』を試してみたいって? ……まあ、好きにしたらいいんじゃないか。

「……10,000円?」
 なんでそんな金になったんだ?
「ふむふむ」
 近くで人気アイドルのイベントがあったから、そこで限定配布されていた記念品だと言ってファンに売ったって? それっぽい袋まで用意して?
「今すぐ、返してきなさい」
 嘘はいかん。小さいうちからそんなやり方に味をしめたら、ろくな大人にならないぞ。
「は? 親のやってることを真似しただけだって?」
 ……ちょっと詳しい話を聞かせてもらおうじゃないか。

「一人は、必ずやると思った」
 わらしべ長者的なアレね。いかに交換品が価値あるもので自分がどれだけ必死なのかをアピールするのと、相手選びがポイントだよな。
「……で、なんでその手に餅を持ってるんだ?」
 いや、渡した餅と違うから、交換してきたものだってのはわかってるぞ。餅を餅と交換したのか?
「違うって?」
 途中までは順調だったのか。え? 親切なおばちゃんが3,000円分の図書カードと交換してくれたって? 親切な人もいたもんだなぁ。
「それが、どうしてこんなことになったんだ?」
 ああ、順調すぎたからもっといけると思って欲を掻いたのか。それであれよあれよと言う間にこうなった、と。
「あるあるだな」
 大人になってからハマるより、こんな早くに経験できてよかったじゃないか。

「ん? 君は何も持っていないけど、餅はどうしたんだ?」
 なるほど。お腹が空いていそうなお兄さんがいたから、タダであげてしまったと。ふむ、良いことをしたじゃないか。
「あれ?」
 ポケットに何か入っているぞ。メモ? いや、落書きか?
「……ご丁寧にサインまで入ってるな」
 ――優勝は、君だ。
 どうしてかって? 10年もすればわかるよ。君が大人になるまで、その落書きは大切にとっておくんだな。ああ、俺にはわかるんだ。
「ほら、賞品のお年玉だ」
 ……そうか。みんなで分けるのか。君、いいやつだな。結局、こういうやつがまわりまわって幸せになるのかもな。
「いや、もう幸せか」
 いいモン見させてもらったよ。ありがとな。ああ、そろそろお家に帰る時間だ。
「またな」
 これからの未来に、幸あらんことを。なんてな。

***

「――あら、おかえり」
 どうしたの? そんなに嬉しそうな顔して。昼間は、お年玉が少なかったからって、あんなに不貞腐れてたのに。
「どこに行ってきたの?」
 いつもの公園かしら。……神社に行ったの? それなら母さんたちも誘ってくれたらよかったのに。
「お友達も一緒だったのね」
 騒がしくして、神社の人に迷惑かけなかったかしら。
「親切なおじさんが一緒に遊んでくれた?」
 もう、知らない人に付いていっちゃだめって、いつも言ってるじゃないの。神社の中にいたから大丈夫? 今の世の中、そうとも限らないのよ。
「え? なんだか知っている人の気がしたって?」
 親戚のおじさんでもいたのかしら。ここ数年ご無沙汰してるけど、元気かしら。
「あら? その手に持ってるのは……お餅?」
 そのおじさんにもらったの? 個包装してあるから問題ないと思うけど、ちょっと心配ねぇ。
「……神紋が入ってるわね」
 神紋っていうのは、神社の家紋みたいなものよ。家紋? 要するにシンボルマークね。うちの家にもあるのよ。
「どうやら出どころが怪しいものじゃないようね」
 神社でお餅を配っていたみたい。お年玉が少ないってぼやいてたから、御歳魂がもらえたってところかしら。
「そのおじさんって、神社の関係者なのかも」
 あの神社は、宮司さんも禰宜さんもみんな女性だったはずだけれど。臨時のお手伝いさんかしら。
「せっかくだから、お雑煮でも作りましょうか」
 今年も一年、無事に過ごせますように。ってね。

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