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下書きに戻すということ


noteを書いたあと、投稿しなきゃよかったなー、と後悔することがある。

今でもときどき、以前書いたものをこっそり下書きに戻したり、公開したりしているのだ(きっとどなたも気づいていないだろうけれど)。

そういう記事を書くときは、決まって感情的になっていたり、気持ちの整理ができていなかったりする。それと、なんとなく寂しいとき、不安なときとか。たいてい、書きながら泣いている。


もともとサッカーの観戦記を書きたくてnoteを始めた。

けれど、書き始めたとたんにJリーグは中断してしまった。結局サッカーについて書いたのはたったのふたつだけ。それも、ひとつは2行ほどのつぶやきだ。

さて、何を書けばいいのだろう。分からなかった。

まわりを見わたすと、みなさん文章もうまくてすごいなぁと思う。正直なところ、気が引ける。

成功するための秘訣や、ていねいな暮らしの紹介。甘酸っぱい恋愛小説に、かわいいイラストや写真、うっとりするような言葉でちりばめられた詩。ポジティブな思考に引き付けられる。魅力的な作品がいたるところにあって、毎日、書店にいるようで目が回る。

わたしには何が書けるのか。

何かを創作したり、書くことでお金をいただこうなんて思ってもない。なにより、書くよりも読む方が好きなのだ。

書けることと言えば、日々のなかで感じたことや、思ったことくらい。夏休みの小学生の日記みたいで、恥ずかしい。

でも、へっぽこなりにnoteを毎日書いていると、どうしても自分と向き合うことが増える。それは、いつもいつも楽しいものばかりではないし、何かへの不満だったり、孤独感だったり、寂しい気持ちだったりする。他の人が聞いたら嫌悪するかもしれないことも考えていたりもする。

少しずつ、自分が感じ思ったことについて、なぜ?とその理由を考えるようになって、言葉にしてみたいとも思うようになった。楽しいことも、世の中のことも、本当は誰にも見せたくないことも。

あとになって、心の中だけにしておいた方がよかった、と後悔する。こんな記事を書いて、読んでくださっている方の気分を悪くさせたり、おりちゃって変なひと、と思われたかもしれないと、こわくなったりする。

でも、もう一方で、まわりの目なんて気にしなくていいじゃないか。とも思う。これもわたしなんだ。全ての人に受け入れてもらおうなんて思わなくていいと。誰かひとりにでも何かが伝わるだけで十分だと。そもそも、誰も気にしないだろうし、なんとも思ってないだろう。

わたしには何かを表現したり、作ったりするのは不向きだなぁとつくづく思う。でも、noteには自分の思いや考えたことを思うまま書いていたい。ぜんぶわたしなんだ。勇気を持って書き続けてみよう。下書きに戻すことなどしなくなるくらい。


わたしがnoteにいることは、家族も、友人も、誰も知らない。主人になんて見られたらまずい。読まれたくないものばかりで、わたしにとっては結構なリスク。でも、書いていたいのだ(危険ね)。

だからもし、突然わたしのアカウントが消えたときは、「あー。おりちゃ、だんなさんにばれたのかーい(´・Д・)」」とでも思ってください。

あれ、なんだかまとまりがなくなってしまったな。

ぐだぐだな文章で、申し訳ない。でも、これもわたしなんです。どうかおゆるしを。最後まで読んでくださったみなさま、本当にありがとうございます。

(この記事もそのうち下書きになっちゃうかも( ˘•ω•˘ )笑)


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