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じげん(3679):野村証券を割当先とする行使価額修正条項付新株予約権発行

本シリーズでは、上場企業によるエクイティ性資金の調達に関する適時開示を取り上げ、資金調達の背景や商品設計、発行体(企業)・引受先(企業やファンドなど)に対する経済性を理解し、ファイナンスの狙いを紐解く。特に、ファンドを引受先とするファイナンスにおける、ファンド目線でのリスク・リターン設計の狙いや投資戦略の解釈に比重を置く。

本シリーズの分析対象は、主に下記の商品区分・調達方式に該当するエクイティ・ファイナンスの適時開示のうち、実施の経緯や調達規模、商品設計の工夫や話題性など、何らかの観点で特徴的と思われる事例である。

  • 商品区分:普通株式、優先株式、転換社債、新株予約権、劣後債など

  • 調達方式:公募、第三者割当


会社概要・資金調達の背景

株式会社じげんは、ドリコムから2006年に分社化された同社のブログ/カテゴリ特化型検索サービス事業を手掛けるドリコムジェネレーティッドメディアを前身とする。同年、リクルート傘下の投資ファンド:リクルートインキュベーションパートナーズが運営するRIP1号R&D投資組合より、第1号案件として40%の出資を受け入れる。その後、2009年に現在の社名に商号変更。

当社は2013年に東証マザーズ市場に上場、その後2018年には東証一部に市場変更している。本エントリーにて取り上げるエクイティファイナンス事例は、当社が2016年~2018年にかけて実施した行使価額修正条項付新株予約権「『株価・トリプル25』達成条件型新株予約権」である。

当社は本資金調達に至る直近2年間で7件、累計約40億円のM&Aを実施しており、巧みなPMIもあり業容を大きく拡大。28/3期の売上高、営業利益は上場直後の26/3期からそれぞれ2.6倍、1.7倍に成長した。その後の更なるM&Aに係る資金需要を賄いつつ、のれん対純資産倍率1.0倍を維持するため、本スキームによる資金調達の実施に至った、としている。

公表済みのM&A

※上場来、20/3期までに公表された案件。括弧内は取得価額。太字の案件は、今回のファイナンスでの調達資金が充当されたもの

  • 2014/03:インターキャピタル証券 (0.58億円)

  • 2014/07:ブレイン・ラボ (11.7億円)

  • 2014/09:リジョブ (19.8億円)

  • 2015/02:エアロノーツ (2.6億円)

  • 2015/02:EST corporation (3.6億円)

  • 2016/04:エリアビジネスマーケティング (3億円)

  • 2017/01:三光アド (31億円)

  • 2018/01:アップルワールド・ホールディングス (14億円)

  • 2018/10:トレードカービュー (非開示)

  • 2018/12:マッチングッド (非開示)

  • 2019/02:BizMo (JV、非開示)

  • 2019/08:ビバビーダメディカルライフ (非開示)

  • 2020/01:アイアンドシー・クルーズ (非開示)

「トリプル25」

「トリプル25」とは本資金調達に先立つ2016年5月に開示された当社の中期経営計画「Protostar」にて公表された業績達成目標であり、中計期間中(17/3期~21/3期)における、営業利益率25%以上、営業利益年率成長率25%以上、ROE25%以上の3つの目標を指す。当社の過去の「トリプル25」達成状況は以下(※但し筆者の算出による参考値であり、当社の判定値と異なる可能性がある)。今回の新株予約権の行使可否の判定に「トリプル25」の達成状況が参照されている点が、今回のファイナンスの特徴的な設計の一つである。

投資商品の主要ターム

今回当社が発行した新株予約権の概要は以下の通り。なお、発行後にSO発行による行使価額の微調整、IFRSへの会計基準変更、株式分割などが生じているが、議論に大きく影響しない点については省略、また株式分割は比較可能な形で株価を補正して議論している箇所がある。

  • 新株予約権の総数:49,000個

    • 第4回:12,000個

    • 第5回:18,500個

    • 第6回:18,500個

  • 潜在株式数:4,900千株 (希薄化前9.5%/希薄化後8.7%)

    • 第4回:1,200千株 (2.3%/2.1%)

    • 第5回:1,850千株 (3.6%/3.3%)

    • 第6回:1,850千株 (3.6%/3.3%)

  • 行使価額:当初行使価額から、行使請求日の前日終値の90%に修正。但し修正後の価額が下限行使額を下回ることはない
    ※当初行使価額は以下の通り、発行決議日の終値:1,215円に対し、第4回:100%(下限は90%)、第5回:115%、第6回:281%に設定

    • 第4回:1,215円 (下限行使価額:1,093円)

    • 第5回:1,400円 (下限行使価額:1,400円)

    • 第6回:3,420円 (下限行使価額:3,420円)

  • 調達見込額:103.8億円(全て当初行使価額で行使された場合)

    • 第4回:14.6億円

    • 第5回:25.9億円

    • 第6回:63.3億円

  • オプション料:0.28億円(調達額の0.27%)

    • 第4回:13.8円/株 (同1.14%)

    • 第5回:4.95円/株 (同0.35%)

    • 第6回:1.33円/株 (同0.04%)

  • 行使可能期間:約3年5ヵ月 (2019/12/31まで)

    • 行使指定:株価が各回号の下限行使価額を110%以上上回っている場合、発行体が割当先に対し行使数を指定可能(流動性に鑑み上限あり)

    • 停止指定:発行体は、割当先が権利行使できない期間を指定可能

  • 取得条項(コールオプション):発行体の選択により、いつでも残存する新株予約権をオプション料と同額で買取可能

  • 取得請求権(プットオプション):5営業日連続して発行決議日終値の70%を下回った場合、発行体に対して取得請求可能

  • 「トリプル25」達成条件:16年5月に公表された第1次中計『Protostar』にて掲げられた「営業利益率、営業利益年率成長率、ROEの3指標のいずれも25%以上」という目標達成を行使の条件とする。具体的には、17/3期決算の公表後、前会計年度で「トリプル25」を達成した場合に当該会計年度中において新株予約権を行使可能(発行時点で16/3期は達成済み)

  • M&Aや資本業務提携への使途の制限:本調達において、M&Aや資本業務提携という使途へ資金が充当される仕組みを設計

    • 調達資金はりそな銀行の信託口座にて保管され、指定の方法でM&Aや資本業務提携に充当することを示さない限り、4年間の信託期間中に信託財産の払戻しが不可能

発行後の経過

発行後の行使などの状況を以下に時系列で整理する。結果として、第4回と第5回は全て行使、第6回は未行使のまま会社が権利を買戻し、となった。株価と行使状況の推移は以下の通り(※株価は株式分割影響を補正)。

①の▼が第4回行使開始、オレンジの期間に行使
②の▼が第5回行使開始、オレンジの期間に行使
③の▼が第6回の取得・消却
  • 2016/7/5:発行決議

  • 2016/7/22:割当日

  • 2016/7/27:第4回新株予約権の行使

    • 行使個数:11,000個 (残り12,000個→1,000個)

    • 行使価額:1,102円

    • 調達額:12.1億円

  • 2016/9/8:第4回新株予約権の行使完了

    • 行使個数:1,000個 (残り1,000個→0個)

    • 行使価額:1,093円

    • 調達額:1.1億円

  • 2017/5/12:17/3期決算発表、「トリプル25」達成

  • 2017/5/17:第5回新株予約権の行使

    • 行使個数:2,500個 (残り18,500個→16,000個)

    • 行使価額:1,398.5円

    • 調達額:3.5億円

  • 2017/5/24:第5回新株予約権の行使

    • 行使個数:9,500個 (残り16,000個→6,500個)

    • 行使価額:1,398.5円

    • 調達額:13.3億円

  • 2017/5/29:第5回新株予約権の行使

    • 行使個数:2,000個 (残り6,500個→4,500個)

    • 行使価額:1,407円

    • 調達額:2.8億円

  • 2017/5/31:第5回新株予約権の行使完了

    • 行使個数:4,500個 (残り4,500個→0個)

    • 行使価額:1,409円

    • 調達額:6.3億円

  • 2018/3/22:第6回新株予約権の取得・消却

資金使途

  • 第4回:全額を三光アドの株式取得資金へ充当

  • 第5回:APWHDとトレードカービューの株式取得資金へ充当

商品設計に関する考察

投資家から見た本エクイティファイナンス

本ファイナンスにおける投資家である野村證券の投資からのリターンは、オプション料2,818万円の払込に対し、第4回と第5回の行使に伴う資金調達額:39.1億円の10%となる3.91億円+第6回の払戻額246万円=3.93億円となる。投資倍率は14.0倍、投資期間を2016年7月22日から2018年3月22日と考えるとIRRは387%。MSワラントでありアップサイドは限定的とはいえ、本件では短期間での株価上昇による早期行使もあり、投資家目線のリターンプロファイルとしては悪くない。

MSワラントは設計によっては再生系案件に対する迅速な資本増強手段として用いられることも多く、そのような投資では行使の度に株価が下落し、リターンの絶対額が減少するケースがある。今回は第5回、第6回で下限行使価額を高めに設定したこともあり、行使不能のリスクを許容する代わりに行使時のリターンを確保することが可能となった(第6回は行使不能ではあった)。

既存投資家に対する希薄化率は第4回と第5回の行使で5.4%となったが、当社がグロース株であり、所期のM&A戦略の着実な実行により希薄化影響を補って余りあるリターンの実現が可能と見れば買いと言えるし、後述の通り株主資本コストが非常に低水準であった点も、既存株主目線で本エクイティファイナンスに、一定の妥当性を与えたものと推察できる。

発行体から見た本エクイティファイナンス

今回の資金調達は、商品設計やその後の時系列推移を整理するだけでもその意図は明確に伝わり、かつ所期のベースシナリオは実現されたように映る。上述の通りMSワラントは設計次第では再生系の案件において資本増強の救済色が強い調達にも用いられ、そのように株式市場から見なされるリスクも一般論としては存在する。そこで、今回のような成長系の案件においてこのようなMSワラントによるファイナンスを活用するためのポイントに関する私見を、下記4点についてまとめた。

本質的に、MSワラントを活用した成長資金調達を考える上で最大のネックは「資金調達の蓋然性をいかに高めるか」という一点に尽きよう。

  1. 非常に低位な株主資本コスト

  2. 「目標株価」としての行使価額

  3. 事業戦略との整合性

  4. 調達不能リスクに備えるプランB

①非常に低位な株主資本コスト
一点目に、当時の当社株に付与されていたバリュエーションの観点から株主資本コストが低位であり、エクイティファイナンスの妥当性が高まっていた点が挙げられる。2016年の当社株のPERは当期会社計画ベースで50xの水準であり、参考指標としての株主資本コスト(≒1/PER)は約2%である。当社の当時の成長性に鑑みれば、ハードルレートとしてこの数字は十分達成可能と見られていた可能性が高く、市場を通じたエクイティファイナンスという選択肢が一定妥当視されていた可能性がある。

エクイティファイナンスは希薄化を伴うため既存投資家に敬遠されることも多いが、逆に低位の株主資本コストを活用すれば成長期待を醸成する効果が期待できる可能性もある。例えば2021年頃の米テスラ(TSLA)株にも非常に高位のバリュエーションが付与されていたが、この時期のエクイティファイナンスが「低資本コストを次の成長投資の機会に活かしている」と見なされ株価が上昇、さらに株主資本コストが低下しエクイティファイナンスのハードルが下がるという好循環が起きていた、等の事例が想起されよう。

②「目標株価」としての行使価額
二点目に、「目標株価」としての行使価額の設定である。第4回では時価水準に行使価額をセットし調達の蓋然性を高めつつ、第5回、第6回では高めの行使価額を設定している。高めの行使価額には2種類のアナウンスメント効果があると見ており、一つには会社側からの株価目線を提示する意味、加えて調達額が変動するMSワラントにおいて一定の調達額を確保し、行使の際には確実に成長投資に足る額を調達可能となる点をアピールする効果である。

本件では発行決議時に年間20億円の投資が発生する可能性に言及されており、発行から約半年後には三光アド(31億円)のM&Aに至っている。ディールプロセスが明確ではないため推測に過ぎないが、入札/相対いずれの場合でもDDやその後の交渉プロセスに数ヵ月要する可能性に鑑みれば、発行の段階で既にその後のM&A実行に対するvisibilityが一定高まっていた可能性があり、第4回と第5回の調達額が約40億円とされた点と整合的である。

一方、アナウンスメント効果には諸刃の剣的な側面も見られる。結果的に株価は第6回行使価額の3,420円には到達しなかったが、2018年3月に第6回分の買戻し、さらに同日当社代表取締役持分の売出も併せて公表され、翌日以降株価が大きく下落している。当社側が第6回行使の蓋然性をどこまで想定していたかは定かでないが、上記アクションがある意味「旗を降ろす」というメッセージに繋がってしまった可能性は否定できない。高すぎる行使価額は調達の蓋然性を低下させ、シグナリング的にもリスクを孕むと言える。

③事業戦略との整合性
三点目に、事業戦略との整合性が挙げられる。当社の当時の成長ストーリーはシンプルに「積極的なM&A/資本業務提携による成長加速」とされており、今回の資金使途もそれに限定されている。テクニカルではあるが以前言及した「フリーキャッシュフロー仮説」のように、大きな正のNPVを生む投資に絞って活用する点にコミットすることで、実際上の使途の制約が問題にならなければ、その性質自体をアナウンスメント効果に役立てる点で効果的なアクションと言えそうだ。

また、当社の成長戦略が、いわゆる基礎研究のR&D投資のように業績発現に時間を要するものではなく、メディアという顧客基盤を有し、当社のケイパビリティ的にもPMIの知見を豊富に持つ領域であったため、M&Aが比較的短期のうちに業績に寄与する点も、今回のような資金調達に有利に働いた可能性がある。3年5ヵ月という有期限での行使期間に鑑みれば、基礎研究や重厚長大産業の場合、投資回収に時間を要し、それまで株価が上がらず行使の蓋然性が低下した結果、そもそも投資が見送りとなる「悪循環リスク」には留意が必要である。そのような場合は、転換社債型新株予約権付社債(CB)を活用し、発行時から資金を確保する手立ても一案であろう。

④調達未済リスクに備えるプランB
最後に、MSワラントは性質上どこまで行っても資金調達の蓋然性に係るリスクを伴うため、当然のことではあるが万が一MSワラントによる調達が上手くいかなかった場合でも成長資金を確保する手立てを用意しておく必要がある。当社の16/3期末時点での現預金は約40億円と、MSワラントが機能しなかった場合に成長投資が遅滞するリスクがある水準と言えそうだ。

結果的には三光アド買収時に25億円を借入れ、第4回での調達額と併せて投資資金を賄っている。今回の調達に対するプランBがどこまで用意されていたかは定かでないものの、上記のリスクや結果的に本調達自体が約1年半で決着したことに鑑みても、他の調達手段も並行して検討されていた可能性が高い。

***

以上、じげんによる非常にユニークなエクイティファイナンスの事例について取り上げた。当社のエクイティストーリーや事業の性質とマッチした調達と言えるが、その分調達難度の高い設計となっているため、上記視座を自社に照らした時のあるべき設計を慎重に見極める必要があろう。

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