― 「ところかまわずナスかじり」第八十二話 ドイツの言い分 ―

ドイツ:「ワシもなぁ、もう若くはないんぢゃ。いつどうなるか知らん。ワシが死んだらどうするつもりぢゃ!」

チェコ:「うっせぇ、ジジイ!さっさと死ね!」

ドイツ:「ああ、ああ。そんなこと言っちゃいかんぞ、年寄りに向かって・・・。お前も昔はあんなに可愛かったがなぁ。ほら、冬にはほっぺたを真っ赤に・・・」

チェコ:「もう何千回も聞いてんだよ!いまさらオヤジ面すんじゃねぇ!」

ドイツ:「まったく、そんなこと言ってなぁ、死んだ母さんが聞いたら悲しむぞ。ほら、覚えとるかの、お前がまだ幼稚園のときぢゃったかのぉ『ウドンはソバ、ウドンはソバ』ってよく歌っとったのぉ・・・」

チェコ:「ママを殺したのはお前だろっ!いつも『仕事』『仕事』ってさ!結局、その『仕事』って、教科書にも載っちゃってんじゃんかっ!」

ドイツ:「ああ、それはヘットラーの勝手にやらかしたことでな、ワシは・・・」

チェコ:「お前の部下だったんじゃないのかよっ!部下の落ち度は上司の責任だろっ!なに逃げてんだよっ!」

ドイツ:「な、何を言うか!逃げてはおらん!決して逃げてはおらん!ただ、そのぅ、ちょっとびっくりしてもうてな・・・」

チェコ:「ほら!びっくりして逃げたんじゃねぇか!部下を置いて逃げたんだろっ!」

ドイツ:「いや、そんな大声ださなくてもよかろうが。お隣に聞こえるぢゃろ。」

チェコ:「聞こえてもいいだろうが!どうなんだよっ!逃げたんだろ?え!」

(ピンポーン)

イスラエル:「ドイツさぁ~ん!どうしましたぁ?大丈夫ですかぁ?」

(ガチャっ)

ドイツ:「ああ、大家さん!」

イスラエル:「ああ、こんにちは、ドイツさん。ちょっとお邪魔しますよ。いや、そのね、お隣のインドさんからちょっと、そのぉ、お話がありましてね。お二人のお声が、ね?」

ドイツ:「あああ、本当にすいませんです。息子と話をしていて、つい・・・。」

イスラエル:「おっ、チェコ君!珍しいな、部屋から出てきてるなんて!久しぶりだな。元気かい?」

チェコ:「・・・」

ドイツ:「こらっ、大家さんにちゃんと挨拶せんか!」

イスラエル:「まぁまぁ、ドイツさん。それよりも、チェコ君、まだ家からは一歩も出てないのかい?」

チェコ:「・・・」

ドイツ:「いやぁ、ほんとに情けないっ!こいつももう五十になるというのに、ほんっとに情けない!」

イスラエル:「いやぁ、いいんですよぉ、ドイツさん!『ひきこもり』に引け目なんて感じるのはもう古いですよ。『ひきこもり』は今や一大ブームですからねぇ。ドイツさん、『オヤキゾク』って言葉知ってますか?最近の流行りの言葉なんですけどね。」

ドイツ:「いやぁ~、最近はテレビもよう見ないですからねぇ。何ですか、その、オヤキ・・・って?」

チェコ:「・・・『寄生させるだけの資産を持った親を持った貴族達』」

イスラエル:「おっ!チェコ君、やっぱり君は知ってるんだねぇ!そうそう。いわゆる、昨今の特権階級と言われてましてね。一昔前とは違って、『ひきこもり』はある種、みんなのうらやむ職業ですよ。」

ドイツ:「し、職業?!ひきこもりがですか?」

イスラエル:「そうですよぉ。ほら、よくテレビとかでよくやってるでしょう?『将来消える職業、生まれる職業』ってね。ユーチューバーって仕事もちょっと前だったら考えられませんでしたししね。」

ドイツ:「い、いや、しかしね、大家さん。『仕事はひきこもりです』っていうのはちょっとねぇ・・・」

イスラエル:「はっはっは!ドイツさん、古い、古い!ユーチューバーだって最初は信じられなかったんですから!時代は変わってますよ。はっはっは」

チェコ:「・・・フフッ」

ドイツ:「くぅっ!」

イスラエル:「ああ、それはそうとドイツさん。ちょっと、お願いごとがございましてね。」

ドイツ:「どうしました、改まって。大家さんにはいつもお世話になっておりますでな。なんなりとおっしゃってください。」

イスラエル:「それが、また、娘のことなんですけどね。」

ドイツ:「パレスちゃん、どうかしましたか?」

イスラエル:「そうなんですよ。またちょっと喧嘩しちゃいましてね。家を出るって言い出しちゃいましてね・・・。」

ドイツ:「そうですかぁ。それは心配ですねぇ。パレスちゃん、高校生でしたっけ?年頃の娘さんは難しいでしょうねぇ。」

イスラエル:「そうなんですよ。せめて女房が生きてましたらねぇ・・・」

ドイツ:「いや、大家さん、分かりました。ワシで良ければ喜んでまいりましょう!」

イスラエル:「ああ、ドイツさん、本当にありがとうございます!またこの前のように、ね?」

ドイツ:「そうですなぁ。この前はパレスちゃんもまだ小学生でしたからねぇ。レベル2で十分でしたけど、高校生ってなると・・・」

イスラエル:「それじゃあ、今回はとりあえずレベル5ってことでいかがでしょうかねぇ?」

ドイツ:「うーん、5・・・。ちょっとハードになりますけどもよろしいでしょうかのぉ?」

イスラエル:「いやもう、ちょっとハードなくらいがアイツにはちょうどいいんですよ。」

ドイツ:「うん、そうですねぇ。大家さんがそう言うならレベル5、でゆきましょうか。」

イスラエル:「ああ、助かります!何卒、よろしくお願いいたします!」

ドイツ:「いや、いや、大家さん。頭を上げてくだされ!はっはっは」

 
― イスラエル宅 ―

イスラエル:「おいっ、パレス!ちょっとこっちに来なさい!」

パレス:「・・・」

イスラエル:「パレスっ!」

パレス:「もうっ、うるさいわねぇ!私、もう出ていくんだから!」

イスラエル:「お、お前はまだそんなこと言ってるのかっ!」

ドイツ:「まあ、まあ、お二人とも。パレスちゃん、こんにちは。」

パレス:「ひっ!・・・パ、パパ!ドイツさんは関係ないじゃない!」

イスラエル:「関係ないことがあるか!ドイツさんもお前のことを心配してくれてだなぁ・・・」

ドイツ:「まあ、まあ、大家さん。ここはひとつ、パレスちゃんと二人にしてもらえませんか?」

パレス:「い、いやぁ~っ!」

イスラエル:「ふふふ。ドイツさん、何卒よろしくお願いします!では、私、ちょっと買い物に行ってきますので。」

パレス:「パ、パパぁ!」

ドイツ:「ふぅっ。・・・・・・大家さん、行ってしまわれましたなぁ。」

パレス:「・・・・。も、もう私は高校生ですからね!この前のようにはいきません。私はこの家から出てってサウジ君と一緒に暮らすの!」

ドイツ:「そうでございますか、そうでございますか。結構ですなぁ。若いお二人がうらやましい。」

パレス:「・・・」

ドイツ:「あ、ところでですな。このお宅からパレスちゃんが出るときにはワシからのプレゼントがいくつかございましてな。」

パレス:「プ、プレゼント?」

ドイツ:「そう。プレゼント。そうですなぁ。とりあえず、パレスちゃんの靴の中にシュークリームの中身だけ詰めますかな。」

パレス:「きゃああああ!いやぁああああ!」

ドイツ:「そうしてですな、パレスちゃんのスマホの画面にナメクジを数匹這わしますなぁ・・・」

パレス:「やめてぇえええ!」

ドイツ:「で、そこに塩をたっぷりかけます。そうするとどうなるか知ってますか?」

パレス:「いやぁぁああ!・・・ど、どうなるの?」

ドイツ:「・・・溶けて、・・・どろどろになりますなぁ!」

パレス:「ひぃいいいい!!!」

ドイツ:「それだけじゃありませんぞっ!パレスちゃんが学校に持っていくお弁当!この中にワシが素手で握ったオニギリを入れますなぁ。」

パレス:「あぁっ!そ、それだけはやめてぇっ!!」

ドイツ:「もぉっとありますぞぉ!パレスちゃんのいつも使っているリップ、ありますな?」

パレス:「ああああ!まさかっ!」

ドイツ:「そうっ!そのリップに唐辛子をほんの少し混ぜますな。そうすると、リップを塗った時、ちょっとヒリヒリしますぞぉっ!」

パレス:「ひやぁああああ!やめてぇえええ!」

ドイツ:「また、こんなこともしますな。パレスちゃんのお気に入りの靴下はなんですかな?」

パレス:「ピ、ピ、ピンクの花柄の、だけど・・・」

ドイツ:「その靴下の小指のところを切り取りますな。そうすると・・・」

パレス:「そ、そうすると・・・」

ドイツ:「彼氏がそれを見るとっ・・・」

パレス:「ああっ!」

ドイツ:「ちょっとがっかりしますなぁ!」

パレス:「ああああっ!も、もうやめてぇ!わ、私、家を出ませんからぁ!」

ドイツ:「いやいや、出てもいいんですぞ。ただしっ!・・・ワシがパレスちゃんの三十センチあとを、ぴったり憑いていきますがのぉ。どこまでも、どこまでも、どこまでもぉ・・・」

パレス:「ひいいいいっっ!!(ガクッ)」

イスラエル:「ただいまぁ。ん?おお、パレスっ、だ、大丈夫か?」

ドイツ:「ああ、大家さん、お帰りなさい。ちょっとパレスちゃんにはレベル5は強すぎたかも知れませんのぉ。ふふっ。が、しかし、もうお家を出ていくことはやめにしたようでございます。」

イスラエル:「ほ、本当ですかっ!本当かっ、パレス!」

パレス:「・・・い、家を出ていくことは、や、やめます。」

イスラエル:「ああっ、ドイツさん!ありがとうございます!」

ドイツ:「いやいや、いんですよ、大家さん。それにしても、年頃の娘さんを持つと大変だぁ。ほうっほっほっほ。」

イスラエル:「いや、本当にそうですよ!ドイツさんとこがうらやましい!」

ドイツ:「ほうっほっほっほぉ!」

イスラエル:「はっはっはっは!」

ドイツ:「ほうっほっほっほ!」

イスラエル:「はっはっはっは!」


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