― 第二十話 邂逅 ―

 その部屋は廊下よりも暗かった。
「おい、メクロ。お前、まだ童貞やろ?」
 アソウがいきなり言い放った。
「・・・」
「ほんま、暗いやっちゃ。だからお前は童貞なんや。男としての道程や・・・」
「・・・」
「関係ないやんっ!」
「・・・」

 アソウはメクロの部屋に居た。
 二人っきりだ。
 三十年ぶりの邂逅だったが、ちっとも嬉しくも懐かしくもない。
 なぜなら両手を縛られてるから。
 メクロはキモイから。
 (アソウ自身は自分がメクロに似ている、などとは夢にも思ってなかった)
 
 アソウがこの部屋に運ばれてから一時間近くが経っていた。その間、メクロは一言も口をきいていない。
 最初のうちこそアソウも必死で無口を貫いていたが、そのうち、喋りた病のアソウは沈黙に耐え切れず、皮膚に赤いブツブツができ、全身が痒くなってきた。
 限界だった。
 ほっとくと命にもかかわる。
 こうして、アソウの口を突いて出てきた言葉が『童貞』云々だった。
 さらに己ツッコミだ。
 寒さは肌身に染みるが、痒みはおさまった。

「明日・・・」
 アソウがハッとした。
 初めてメクロが口を開いた。
 三十年ぶりに聞くメクロの声だった。

「明日、ロロリコンを殺る。」
「はぁ?ロロリコンってなんや?・・・あっ!あー!もしかしてあの本部で超優等生やったあのロロリコンかぁっ!」
「わざとらしいヤツだ。そんなおかしな名前は一つしかないだろ。」
「劇場効果や。でも、なんでヤツを・・・。ん!もしかして首相って本当にヤツなんか?」
「そうだ。ヤツだ。」
「噂には聞いとったが、・・・。それにしてもなんで、あんなウンコ優等生が一国の首相になれるんやぁっ!」
「知らん。でも事実、ヤツは首相だ。まぁ、俺にとっては好都合だったがな。くぅっくっくっく」
「お前の笑い方、ホンマ、キモイでぇ。」
 アソウがしみじみと言った。

「うるさい!・・・いずれにせよ、明日以降、全てが変わる。最初は日本、そして徐々に世界が、だ。俺が全てを変えるのだ!」
「お前なぁ、今日びそんな寝言は悪の組織でも使わへんで・・・」
「フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ・・・・」
「笑いが長いわっ!」
「おい、アソウ。世界公務員本部にいるとき、俺もまたお前と同じように記憶媒体を開発しようとしていたのを覚えているか?」
「あぁ、覚えとる。」
「そう、俺はとうとう成し遂げたのだ。お前も知ってる通りな。」
「〝ギメガ〟やな。」
「そうだ。」
「・・・ちょっとカッコエエ名前やん。」

「・・・だろ?」

「で、それと世界征服と何の関係があんねん?」
「お前、今の世界を動かしているのが一体何なのか、知っているか?」
「情報やろ?」
「・・・当たり、だ。・・・当てんなよ。」
「『記憶装置』『記憶装置』って振ってきたんはお前の方やんか。」

「・・・まぁいい。で、俺が生み出したのは、ただの記憶保存装置ではない。ギメガは無限量の情報を保存することはもちろん、その情報を取り入れる手段も、二次元だけじゃなく、三次元体からも吸い取ることができるのだ!それが何を意味するかわかるかっ!アソウ!」
「人の記憶を盗ることができるようになったんやろ?」
「・・・当てんなよ。すなわちっ!」
「うっさいわ!」

「すなわち、ある人間からその人間の記憶を消去すること!そして別の記憶をその人間に埋め込むこと!ギメガを使うとそれが出来る!イコール、人間を支配できる、ということだ。そう、人の記憶など物にしか過ぎないのだよ、アソウ・レイ・・・」
「ワシ、ファミリーネームないねんけど・・・」
「すなわちっ!俺が、俺の記憶を持った人間をその国の政府中枢に送れば、いや、もっと手っ取り早く、その国のトップ自体の記憶を俺の物にしてしまえばその国は俺の物になる、というわけだ!のわぁっはっはっは!」

「へぇ~。・・・ん、ちょっと待て。そしたら四の五のいわんと、さっさと首相の記憶盗ったらええやん。」
「だからお前の脳は女の憧れって言われるんだ。」
「・・・・・・・シワ無しってことか。二秒、考えたやないかい!」

「首相の記憶を強引に奪ったとしても、人民はついていかんだろ?わかるか、ノータリン?」
「お前がゆうたことやなかいかい!!」
 メクロはもう、アソウの顔すら見ていなかった。虚空を見つめるその目には、何か強烈な炎が宿っている。
「そう、だからこそ首相の殺害・・・。人間は誰でも死にたくない。だから死の恐怖の前では何にもできないのだ。生き死ににかかわる恐怖こそが人民を統べる方法なんだよ!・・・アソウ・レイ。」
「だから、誰やねん、それは!・・・でも、ま、確かにそうゆうもんかも知れへんな。」
「まぁ、死に行くお前には関係のないことだがな。」
「えぇ~!ワシ殺されるん?」
 アソウが上目遣いにメクロを見上げた。
 ・・・この男、今、多分、媚を売っている。

「おい、・・・こっち見るな。」
 気持ち悪そうな顔でメクロが言った。
「まぁ、今頃、お前のつれて来た他の連中も捕まってる頃だろう。」
「なぁ、あいつら捕まえたら、ワシ、開放してくれへん?」
「駄目だ。」
「もぅっ!メクロ君のいけずぅ~!」
「・・・」

(第二十一話に続く)

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