見出し画像

第13話 悲しい雨

13. 過去形(3) 一般動詞の文

(6月10日 オルっぺ宅①)

市内中心部の繁華街に建ち並ぶ高層ビルの狭間に、ひっそりと身を潜めるようにして立っている小さな教会がある。
その三角屋根の下の小窓には、物思いに耽りながら寂しげに竪琴を弾く1人の少年の姿があった。
何を思って奏でているのか、その調べは悲痛に満ち、少年は窓の外の人々を目で追っては、深い溜め息をつくのだった。
まだ日暮れ前だったが、空には薄暗い雲が立ち込め、町全体が急ぎ足になっている。
夕暮れ時になると通りでは、足早に進む色とりどりの傘が1つ、また1つと、開いていった。
それでもなお、窓際の少年は休むことなく竪琴を弾き続ける。
梅雨入り前の優しい雨が、少年の奏でる竪琴の音色をより一層切ないものにしていた。
その調べは小さな窓を通り抜け、落ちてくる無数の白い線の間を縫うようにして進んでいき、道行く人々の胸を打ってはその鼓動にわずかの変化を与えた。
人々は一瞬、目の前をさっと何かが通ったかのような霊気に見舞われたが、次の瞬間には何事もなかったかのように、各々がせかせかと歩いていた。
が、気付けば彼らの心の中には、決して癒えることのない悲しみの雨が降っているのだった。
エウリュディケ。――
少年はその悲愴なシンフォニーの標題を胸に刻むと、込み上げてくる熱い涙を惜しみなく解き放った。
夜になり、窓の外はいよいよ本降りになってきた。

「ども! 家庭教師のタムラです」
――
「おや? こんばんはー!」
――
「留守か? にしてもひどい雨だな、こりゃ」
午後7時10分。
あと1分待っても出てこなければ帰ろう、と思っていたところに、ようやく扉が開いた。
(どちらさまですか)
暗い室内から出てきたのは、憂鬱そうな顔をしたオルっぺだった。
「おぉ、オルっぺ、……こんばんは」
(どうぞ)
「……」
――散々待たせた上に挨拶もなしか、……やるな、こいつ。
すると、
「あら、……久しぶりー! 元気ぃ?」
教会の隣のビルから出てきた1人の若いOLが、小さな子連れのこれまた若いお母さんに手を振っている。
「まぁ、京子!」と、子連れのお母さん。「仕事の帰り?」
「そう、今終わったところなの」
「そうなんだー、お疲れー」
どうやら2人は顔見知りらしい。
「ほら、ご挨拶は?」と、お母さんが黄色い雨ガッパに身を包んだ幼子にけしかける。
が、そんなことより幼子は、目の前の水溜りに落ちている名刺大の赤い紙切れの方が気になるようだ。
「……」
「もー、ちゃんと挨拶しなさい。いつも言ってるでしょー」
「……、こ、こんにちわぁ」
間髪入れずに「もう夜なんだから、『こんばんは』でしょ」と大きく鼻で息を吸い、我が子を睨むお母さん。「まったく、もー」
それでもなお、幼子は水溜りにプカプカと浮いている赤いチケットが気になる様子。
「友子もすっかりお母さんね」
「ホント、……子供ができると毎日大変よー」と、教育熱心なお母さんが作り笑いをして言う。「もー、そんなモノ拾わないの。ほら、ちゃんと挨拶しなさい!」
すると、黄色いペットは、飼い主の大きな鼻の穴を下から覗き込み、「こんばんわぁ」と呟いた。
「まぁ、小さいのにちゃんと挨拶ができるのねぇ。偉いわねぇ」と、愛想笑いのOLさんが言う。
それを聞いたドヤ顔の母親は満面に笑みを浮かべながら、
「よかったわね、こうちゃん。褒められたわよ」
と、お約束の決め台詞をご自慢の息子に吐くのだった。
――くだらない。子育てごっこも甚だしい。大体、幼い子供に早い時期から形だけの挨拶を教えて何になる。そんなものは、その必要性、重要性を本人が自覚してからでも決して遅くはないだろう。挨拶の発声練習をさせることで教育をした気にでもなっているのか、この母親は。それでは、単語の書き取り練習をすることで勉強をした気になっている受験生と同じではないか。その「ちゃんと挨拶しなさい」の背景には、ちゃんとした思いが込められているのか。単なる口癖になってはいないか。そんな形ばかりの教育をしているから、昨今のいじめも含めて陰湿な犯罪の種も絶えないのだ。さらには、子供のための教育が親の虚栄心を満たすためのものになってはいないか。一体、誰のための教育だ。良いではないか、挨拶ができなくても。良いではないか、それで親が恥をかいても。その子はまだ小さい子供、自分の愛する子供なのだから。その代わり、親が子供のために恥をかけばかくほど、子育て終了のあかつきには、きっとその何十倍、何百倍もの報酬が得られるはずだ。だが逆に、子育てで恥をかくことを恐れ、回避し、かくべき恥をかけなかった親が子育て終了時に受け取る報いは、ただただ絶望的な虚無感だけ。え? そんなことない? いやいやいやいや、お母さん。そうなんですよっ! やべっ。こんな調子では、読者が減る。

「どぉれ、やっぞぉ。今日のテーマは『過去形(3) 一般動詞の文』ね。と、そ・の・ま・え・に。まずは復習。はい、『私はテニスをします』を英語で言ったら?」
(I play tennis.)と、小声で答えるオルっぺ。
「そのとーし! 『だれが/なにを/どうする』の文、つまり一般動詞の文は、英語では『だれが/どうする/なにを』の語順だった。じゃあ、『彼はテニスをします』だったら?」
(He play tennis(×))
「まてまてまてまて、何か忘れないか?」
(あ、He plays tennis.)
「そのとーし! ところで、なんで play に s をつけたの?」
(主語が he だから)
「そのとーし! 英語では主語が I, you 以外で1人/1つの場合、つまり3人称単数主語の場合、(一般)動詞の現在形は動詞の原形に s をつけた形になるんだった。大事なルールだからね、忘れずに」
(……、はい)
――お、珍しく返事をしたな。
「では、本題。『彼はテニスをしました』って過去のことを言うときにはどうするか」
(He was play(×))
「まてまてまてまて、気持ちはわかるがそれはダメ。『彼はテニスをしました』っていう文は一般動詞の文なんだから、be動詞の過去形は使えないよ。じゃあ、どうするかっちゅーと、はい、<アテナの黙示録13>を見てみましょ。

<アテナの黙示録13> 過去形(3) 一般動詞の文
【1】過去形
|★「~した」「~でした」のように過去の事実を述べるときは、動詞の過去形を使う。
|★動詞の過去形には、規則動詞の過去形と不規則動詞の過去形がある。
【2】規則動詞の過去形
|★規則動詞の過去形は、動詞の原形に ed をつけた形になる。
||例)現在形:I play tennis.(私はテニスをします)
||||過去形:I played tennis.(私はテニスをしました)

いがぁ。まずは【1】から。一般動詞の文を過去の文にするときは、be動詞の文のときみたいに、動詞を過去形にすればいい。で、実は動詞の過去形には2種類ありまして、1つは、動詞の原形に ed をつけてつくるもの、……これを規則動詞、って言うよ。で、もう1つは全く別の単語になるもの、……これを不規則動詞、って言うよ。be動詞もこの不規則動詞の仲間ね。is/am の過去形は was だし、are の過去形は were みたいに、全く別の単語になったでしょ。で、さっきの play は規則動詞の仲間ね。そうすっと、『彼はテニスをしました』を英語にしたらどうなるんだい? 【2】を見ながらでいいよ」
(He played tennis.)
「そのとーし! play の過去形を使えばいいってことね。で、この規則動詞の過去形なんだけど、いくつかつくり方って言うか、ed のつけ方がありまして、……はい、【3】」
虚ろな瞳がテキストを追う。

【3】ed のつけ方
|★ ed のつけ方は、動詞の語尾によって決まる。
||① -e で終わる動詞 → d だけつける。
|||例)use(使う)→ used, like(好む)→ liked
||②<子音字+ y>で終わる動詞 → y を i に代えて ed をつける。
|||例)study(勉強する)→ studied, try(努力する)→ tried
||③ stop(止める)→ stopped にする(= p を重ねて ed をつける)
||④①~③以外 → そのまま ed をつける。
|||例)play(<スポーツなどを>する)→ played, look(見る)→ looked, visit(訪問する)→ visited

しばらくして、
(先生)
「ん?」
(②の「子音字」って、……)
「『子音字』っていうのは、a/i/u/e/o(=母音字)以外の文字のこと、……b とか、c とか、d とか、f とか、……ね」
(そうですか)
――目は死んでいるが、ちゃんとやっているようだ。
「ed のつけ方、……大丈夫?」
(……)無言で頷くオルっぺだった。
「んで、次。【4】の不規則動詞の過去形については、もう1個1個覚えるしかないんで、2つ目の★の『主な不規則動詞の原形(現在形)と過去形』くらいは、暗記しておくれ。ま、今すぐこの場でとは言わないけど、単語の書き取り練習をするなら、これを優先的にね。

【4】不規則動詞の過去形
|★ ed をつけずに独自の過去形を持つ動詞を不規則動詞(be動詞を含む)という。
||例)現在形:He goes to school.(彼は学校に行きます)
||||過去形:He went to school.(彼は学校に行きました)
|★主な不規則動詞の原形(現在形)/過去形
||be(is/am)(です)/was, be(are)(です)/were, begin(始める)/began, break(壊す)/broke, bring(持ってくる)/brought, build(建てる)/built, buy(買う)/bought, catch(捕まえる)/caught, come(来る)/came, cut(切る)/cut, do(does)(する)/did, find(見つける)/found, get(得る)/got, give(与える)/gave, go(行く)/went, have(has)(持っている)/had, hear(聞く)/heard, know(知っている)/knew, make(作る)/made, read(読む)/read, say(言う)/said, see(見る)/saw, sell(売る)/sold, speak(話す)/spoke, take(取る)/took, teach(教える)/taught, tell(言う)/told, write(書く)/wrote, …

あと、【5】の過去を表す語句については、すでに暗記していることだろう、と、お・も・い・ま・す・が」
(……)

【5】過去を表す語句
|★次の語句は普通、動詞の過去形とともに使われる。
||例)yesterday(昨日), last ~(この前の~に/先~/昨~), ~ ago(~前に), at that time(その時/当時), when +過去の文~(~した時に), this morning(今朝), one day(ある日)

「どぉれ、過去を表す語句、7個、言ってみぃ」
(yesterday, last ~, ~ ago, at that time, when +過去の文~, this morning, one day )
「おしっ、素晴らしい!」
――ちゃんと復習もしているようだ。にしても、……おーい、生きてるかー!?
「んで、チョイと練習問題。『私は昨日京都を訪れました』を英語にしたら?」
(I visited Kyoto yesterday.)
「そのとーし! 日本語から判断して過去の文だからね、visit を過去形にすればいい。visit は規則動詞なんで、ed をつけるだけだ。んで、『彼は学校に行きました』だったら?」
(go って規則動詞ですか)
「いや、go(行く)は不規則動詞。過去形は【4】の2つ目の★の『主な不規則動詞の原形(現在形)と過去形』を調べて」
(He went to school.)
「そのとーし! よく理解してるよん。んで、じゃんじゃん行こう。はい、<スピンクスの謎13>

<スピンクスの謎13> 過去形(3) 一般動詞の文
次の英文の(  )内から適語を選びなさい。
(1) She (use, uses, used) this computer last night.
(2) I (write, writes, wrote) a letter yesterday.
次の英文を(  )内の指示に従って書き換えなさい。
(3) My father goes to the park every morning.(every morning を this morning に代えて)
(4) I study English every day.(every day を yesterday に代えて)
(5) Nancy gets up early on Sundays.(on Sundays を three days ago に代えて)

はい、(1)から、答え入れて読みぃ」

次の英文の(  )内から適語を選びなさい。
(1) She (use, uses, used) this computer last night.

(She used this computer last night.)
「そ。どして過去形にしたの?」
(last があるから)
「そのとーし! その理由が大事よん。はい、過去を表す語句、7個」
(yesterday, last ~, ~ ago, at that time, when +過去の文~, this morning, one day)
「そだ。それらがあれば過去形を使う、ってことね。ちなみに英文の意味は?」
(彼女は昨夜このコンピューターを使いました)
「おしっ。はい、次、(2)、答え入れて読みぃ」

次の英文の(  )内から適語を選びなさい。
(2) I (write, writes, wrote) a letter yesterday.

(I wrote a letter yesterday.)
「そ。どして過去形にしたの?」
(yesterday があるから)
「そのとーし! wrote は write(書く)の過去形ね、……不規則動詞だよ。ちなみに英文の意味は?」
「私は昨日手紙を書きました」
――だんだん自信がついてきたな。でもまだ顔は上がらないか。「おしっ。はい、次、(3)、書き換えた英文読みぃ」

次の英文の下線部を(  )内の語句に代えて書き換えなさい。
(3) My father goes to the park every morning.(every morning を this morning に代えて)

「My father went to the park this morning.」
「そのとーし! this morning は過去を表す語句だからね、goes(原形は go)を過去形の went に代えればいい。はい、ちなみに意味は?」
「私の父は今朝公園に行きました」
――そう、その調子、その調子。「おしっ。はい、次、(4)、書き換えた英文読みぃ」

次の英文の下線部を(  )内の語句に代えて書き換えなさい。
(4) I study English every day.(every day を yesterday に代えて)

「I studied English yesterday.」
「そのとーし! yesterday は過去を表す語句だからね、study を過去形の studied に代えればいい。studied(原形は study)は y を i に代えて ed ね。スペル注意だよ。はい、ちなみに意味は?」
「私は昨日英語を勉強しました」
「おしっ。はい、ラスト、(5)、書き換えた英文読みぃ」

次の英文の下線部を(  )内の語句に代えて書き換えなさい。
(5) Nancy gets up early on Sundays.(on Sundays を three days ago に代えて)

「Nancy got up early three days ago.」
「そのとーし! three days ago は過去の証拠になる、よって gets を過去形の got に代えればいい。get(この場合は get up で『起きる』の意)は不規則動詞の仲間だ。はい、ちなみに意味は?」
「ナンシーは3日前に早く起きました」
「おしっ。いでしょ。はい、通してどっか質問ある?」
「……、あのう」
始終俯きっぱなしの寡黙な少年が口を開いた。
「ん?」
「ちょっと迷ったんですけど、『彼は学校に行きました』って言うときに『He wents to school(×)』ってならないんですか」
「うん。主語が he で3人称単数だから、動詞に s をつけるんじゃないか? ってことだよね」
「はい」と、俯きながら言うオルっぺ。
「結論から言うと、つけない。なんでかっちゅーと、s をつけるのは現在形のときだけだから。OK?」
「お、おーけー」
「あとは?」
「ありません」
「おしっ。んで、本日終了。おつかれさ~ん」

外に出ると、相変わらず雨が降っていた。
夜空を見上げると、脳裏にオルっぺの痛ましい姿がよみがえる。
――オルっぺ、何がそんなに悲しい。お前を苦しませているものは一体何なんだ。何とかしてあげたい気持ちは山ほどあるが、考えても今のところどうしようもない。それに、おそらく並々ならぬ事情だろうに、他人が余計な首を突っ込んだところで逆効果になる場合もある。ここは一歩引いて、せめてお前が悪い方向に進まぬよう見守ることにしよう。でもな、オルっぺ、……相談があれば、いつでもいいぞ。それを受け入れる準備はいつでもできているからな。さて、生協にでも寄って帰るか。確か、50円引きのチケットがあったはず。えーと、赤いの、赤いの、……ない! どこかに落としたか?

<オイディプスの答え13> 過去形(3) 一般動詞の文
(1) used
(2) wrote
(3) My father went to the park this morning.
(4) He studied English yesterday.
(5) Nancy got up early three days ago.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?