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歴史映画『もうひとりのシェイクスピア』(2011 英/独) ~緻密に編まれた「嘘」が物語を甘美に彩る

シェイクスピア別人説」を扱った映画。「シェイクスピア別人説」とは、

彼自身による自筆の原稿は存在しない
公式の文書には6つの違った署名が存在する
遺言書では本や戯曲のことに一切触れていない

※ いずれも公式サイト(現在は閉鎖)より転載、公式パンフレットとも共通。

等の事実をもとに、「ウィリアム・シェイクスピア」という人物は居なかった、あるいは、単数または複数の人間のペンネームである、などとする説のことです。ここでは、主人公の第十七代オックスフォード伯エドワード・ド・ヴィアーが「本物の」シェイクスピア作品の作者として描かれています。

管理人は映画を3回観に行ったうえにDVDも予約購入しました。それくらい気に入った映画です。DVDにはメイキング映像が3本(インタビューメインなので正直あまり面白くない)、英語版の予告編動画が1本の計4本のおまけがついています。DVDは吹替えは無し、日本語字幕のみ。字幕の訳文は映画版と同じです。

エドワード・ド・ヴィアーのほか、のちに英国の桂冠詩人となるベンジャミン・ジョンソンの2人を軸に話が進んでいくことになります。そもそも、初めにエドワードから自分の名前でエドワードの書いた戯曲を上演するように命じられたのはベンジャミンです。が、ベンジャミンが自分の名で上演することをためらい「匿名」(anonymous)の作品として上演した作品を、勝手に自分の作品だということにしてしまったのが「字も書けない」役者のウィリアム・シェイクスピアです。

"Anonymous"は、この映画の原題です。

リファレンス

出演: リス・アイファンズ、ヴァネッサ・レッドグレーヴ、ジョエリー・リチャードソン、デヴィッド・シューリス、ゼイヴィア・サミュエル、セバスチャン・アルメストロ、レイフ・スポール、エドワード・ホッグ、ジェイミー・キャンベル・バウアー、デレク・ジャコビ ほか
監督: ローランド・エメリッヒ
言語: 英語
字幕: 日本語
製作国: イギリス/ドイツ
製作年: 2011年 / 日本公開: 2012年12月22日 / 日本語DVD発売2013年6月4日
時間: 129 分
配給: ファントム・フィルム
販売元: Happinet

鑑賞メモ

ネタバレに触れずにレビューするのが非常に難しい映画です(過去存在していた公式サイトのあらすじはかなり深いところまで書いてありましたが)。ただ、「シェイクスピアとは誰か」という根幹を成す謎の他にも、この時代に存在する歴史上の数々の謎にもそれぞれこの作品なりの回答が与えてあります。たとえば、

  • クリストファー・マーロウ(同時代の劇作家仲間)の変死の原因

  • なぜエセックス伯の蜂起にロンドン市民が賛同しなかったか

  • なぜシェイクスピア劇の献辞がサウサンプトン伯に捧げられているか

  • なぜエセックス伯は斬首でサウサンプトン伯は助命されているか

…などなど。かなり微細に時代考証を重ね、説(史実からすると「嘘」といってもいいかも)の上にこれらの謎と史実を違和感なく組み上げていて、構想や脚本に多大な時間をかけたことが窺えます。細かいと言えば、マーロウが同性愛者であることを匂わす表現が複数個所あったり、エドワードはフランチェスコというイタリア人侍従を雇っていることでもイタリアかぶれなことがわかります。エドワードはフランス語を話し、プラトンをギリシア語で吟じ、フランチェスコとはイタリア語でも喋ります。自室の中には怪しげな実験道具(?)なども揃えています。単なるインテリを越えたマニアックさを感じさせます。

ところでエセックス伯ロバート・デヴァルーとサウサンプトン伯ヘンリー・リズリーは、エリザベス女王に謀反を企み失敗するという史実から、他の映画作品では頭の軽そうな小悪党に描かれがちです。が、この映画では主人公サイドなので、非常に好意的な描写となっています。エドワードも含め、これでもかってほどイケメンを揃えてますしね。もっとも、個人的には青年時代のエドワードはあんなにキラキラでなくても良かった気はしますが。

回想シーンが多用されているので、エリザベス朝の通史にある程度通じていないと、ついていくのが難しい映画かもしれません。逆にシェイクスピアの戯曲は知らなくても大丈夫ですが、こちらも知っているとより楽しめると思います。とくに、この作品で最初に出てくる『ヘンリー五世』は、冒頭の語りと「聖クリスピン祭日の演説」をけっこうきっちりと映します。これはローレンス・オリヴィエの映画を観てたのでちょっとわかった気になって嬉しい。

史実と明らかに意図を持って異なって書かれているのは、エドワードの妻アン・セシル。実は1588年という早い時期に亡くなっています。が、政敵ウィリアム・セシルロバート・セシル親子との兼ね合いから存命ということになっており、エドワードの子供も娘しかいないことになっています。そのため、エドワードが再婚したことも、再婚相手のエリザベスが後継ぎのヘンリー(後の第十八代オックスフォード伯)を産んだことも完全にスルーされています。今作では、エドワードに正嫡の男子がいると不都合な理由がほかにもあるのですが…。

なお、エドワードがネーデルランド行きをエリザベスに直訴し断られるシーンがあるように、エドワードには軍事経験がありません。しかしそれはヴィアー家としては稀なことで、従弟のフランシス・ヴィアーとホレス・ヴィアー兄弟を筆頭に、後には長男のヘンリーも含むヴィアー家の多くの男子がオランダで軍人稼業に就くことになります。ちなみに、ウィリアム・セシルの孫(ロバート・セシルの甥)のエドワード・セシルも、駐オランダ英軍の中ではフランシス・ヴィアーの副官を経て司令官格にまでなる人物です。

作中でエドワードが述べているように、エドワードの時点で第十七代のオックスフォード伯はかなり古い家柄です。そしてこれもエドワードが言っていますが、エドワードの代で随分と財産を使い果たしてしまったようです。そしてこれは数十年後の話ですが、オックスフォード伯は第十八代・第十九代が相次いでオランダで戦死し、最終的に第二十代で断絶してしまいます。


Moviebook

著者: Roland Emmerich (著)
出版社: Newmarket Press (Newmarket Pictorial Movie Book)
ページ数: 168p
発行年月: 2011/9/13

Moviebookも出版されています。英語ですが、グラビアが多いので写真だけほしい場合でも大丈夫。思ったより巨大(A4より大きい)でハードカバーの頑強なつくり。メイキング、「シェイクスピア別人説」に関するエッセイ、登場人物紹介のほか、いくつかの山場の場面の台本も写真つきで載っています。劇中のシェイクスピア劇の解説もあり。静止画でじっくり見れるので、オックスフォード伯の着ているシャツの刺繍まではっきりわかります。単純にファンブックとしてもおすすめ。

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