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歴史映画『アラトリステ』(2006 スペイン) ~斜陽の三十年戦争期スペインにおける一古参兵の生き様

スペイン人が作成したスペイン人のための映画です。この時代のスペイン史を知っていなければ、また、スペインでベストセラーであるこの原作のあらすじを知らなければ、長い映画(けど、5冊分を1本の映画にまとめているので展開が早い)なので、マニアックではない日本人にはつらいかも。『忠臣蔵』の3時間ドラマスペシャルを外国人に見せたら、似たような感想を持つんじゃないかなあ、というとわかりやすいと思います。

鑑賞メモ(映画)

ジャンル : ドラマ
製作年 : 2006年
製作国 : スペイン
配給 : アートポート
監督 : アグスティン・ディアス・ヤネス
原作 : アルトゥーロ・ペレス=レベルテ
出演 : ヴィゴ・モーテンセン 、 エドゥアルド・ノリエガ 、 ウナクス・ウガルデ 、 ハビエル・カマラ
2008年12月13日日本公開

主人公のアラトリステが老けないのでそれほど気になりませんが、作中ではいちおう21年の時間が流れます。三十年戦争期間中、フルーリュスの戦い(1622年)からロクロワの野戦(1643年)までです。いずれにしてもこの間、スペイン王国はほぼ一貫してフェリペ四世オリバーレス公伯爵の時代です。

原作の3巻『ブレダの太陽』の内容については、映画ではあまり時間を割かれませんでしたが、攻囲戦争のセットが観れただけで管理人はけっこう満足です。おそらく近隣から奪ってきたであろうタマゴに、雨の中固いパンを浸して食べていたりとか、塹壕内で地雷を仕掛けその後充満した硫黄から逃げたりとか、いい感じに汚くて良い場面が続きます。

ベラスケスの絵画 『ブレダの開城』が、映画内のワンシーンとして再現されているのも見どころです。スピノラとユスティヌスが動きます! トップの動画ではちょうど40-41秒のあたりです(ほんの一瞬ですが)。

とはいえ、オランダ側からすれば屈辱の絵画ですから、気持ち的に微妙といえば微妙です。このシーンに限らず、「絵画的な」場面が多いとの評価が高いです。家の中のシーンの光の描き方なども、確かにフェルメールを彷彿とさせます。

そして管理人が何より大興奮したのは、最後の「ロクロワの野戦」の場面です。

  • スペイン軍 …テルシオ。カメラで上から映すとあまり人数いないように見えますが、500名近く居るでしょうか。

  • フランス軍 …砲兵・騎兵・歩兵をミックスした、理想的なコンバインド・アーミー(三兵戦術)。

一般的にも、「ロクロワの戦いがスペイン野戦軍の最後」と言われていますが、上記のとおり、最大の頃のテルシオ(3000名くらい)に比べるとかなり小型です。また、アラトリステたちマスケット銃兵が、突撃する騎兵に対してカウンター・マーチするシーンもあり、オランダやスウェーデンの軍制改革を取り入れているのがわかります。それでも、銃架(銃身を支える杖)を使っているところを見ると、1643年時点ではやや時代遅れで、機動性はあまり良くないはずです。

フランス側は、最初に砲撃を仕掛けてテルシオの人数を削り、続いて騎兵の突撃、最後に歩兵大隊の投入と、セオリーどおりの美しい戦法。騎兵は、フランスお家芸のサーベルチャージもありましたが、銃を持っているピストル騎兵のほうが多かった印象です。歩兵はシンプルに長槍のみ。激突してからは剣やナイフでの白兵戦です。

『ブレダの開城』でも触れましたが、自軍の判別カラーとして、スペイン人が何かしら赤い色を用いている(アラトリステも左胸に小さな赤いリボンをつけてます)のに対して、相手側は青の肩帯が目立ちます。騎兵中心で装備が整っているので、余計に青が目立つ印象なのかもしれません。

ほかには軍旗の映し方が好きでした。百合紋旗や十字旗は戦場で絵になりますね。梅毒治療院のシーンで、青と白の市松模様のスピノラ軍旗を縫っている(ように見えました)女性たちも居ました。こういった細かい部分を観に行くにはとても面白い映画です。

細かいついでに。スペイン語の映画なので、字幕はスペイン語から訳されていますが、日本で使われている通称と若干異なるものがあったためメモしておきます。

  • 「トゥーリン」 =イタリアの地名。「トリノ」のこと。

  • 「ノートリンゲン」 =ドイツの地名。「ネルトリンゲン Nördlingen」のこと。1634年のネルトリンゲンの戦いにアラトリステも従軍していた、ということが劇中で語られているシーンです。

  • 「エンギエン侯」 =フランスの人名。「アンギャン公 Duc d’Enghien」。後のコンデ公ルイ二世 Prince de Condé(大コンデ)のこと。当時若干22歳の、ロクロワでの連合軍の総司令官。ずっと後にはウィレム三世と戦うことにもなります。

鑑賞メモ(DVD)

出演: ヴィゴ・モーテンセン, エドゥアルド・ノリエガ, ウナクス・ウガルデ, ハビエル・カマラ, エレナ・アナヤ
監督: アグスティン・ディアス・ヤネス
形式: Color, Dolby, Dubbed, Subtitled, Widescreen
リージョンコード: リージョン2
画面サイズ: 1.78:1
ディスク枚数: 1
販売元: Happinet(SB)(D)
DVD発売日: 2009/07/17
時間: 139 分

映画では字幕だけだったのですが、DVDには日本語吹替バージョンもあったので、比較して観てみました。まずは、字幕・吹替版とも、上記の3つの地名・人名は日本で使われている通称に訂正されていました。あとはとくに異端審問官! よくぞ似たような声の声優を連れてきた、という感じで笑えました。全体的にわかりやすく日本語が入れられていたと思います。気になったのは、「そうしゅけい(漕手刑=ガレー船の漕ぎ手になる刑)」と音声できいてわかるかな?というところと、伯爵夫人の敬称を「殿下」としていたところくらいです。

DVDのおまけとして格納されていたのは削除された場面。ほとんどが前半のシーンで、削ったシーンか、2パターン用意していて採用されなかったほうのシーンかです。アンヘリカが国際情勢について語る場面などは、本編にも入れておいたほうがわかりやすかったかなという気もします。アラトリステが瀕死のオランダ兵に「殺してくれ」と頼まれて介錯するシーンもあり、彼がオランダ語も解していたことがうかがえます。

DVDの良いところはチャプター分けしてあるところで、とりあえずロクロワの部分だけ本当に何度も観てます(笑)。百聞は一見にしかずで、17世紀の野戦の方法は、ここの部分と『神聖ローマ、運命の日 オスマン帝国の進撃』の「カーレンベルクの戦い」を観ておけば大体理解できます。

どこの誰と戦っているかわかりやすくするためか、吹替版のほうが「フランス万歳!」の文言をはっきりと入れていた印象です。このロクロワの戦いの場面は各所で評価が高く、博物館で参考映像として流されていたり、動画サイトでも近世戦闘のお手本のような位置づけで紹介されていたりします。

ほかにも、夜襲あり決闘あり攻城戦あり海戦あり…個人的には本当に楽しめた映画です。

ブレダ博物館の展示室でも、最後のロクロワのシーンを繰り返し流していました。手持ちの日本語版DVDよりも長い気がしたので、後から西語版(日本語・英語版より全体で8分くらい長い)・英語版の2つを買って観てみましたが、いずれも特に変わりませんでした…。単なる管理人の勘違いだったのか、別の版にロングバージョンが存在しているのか、未だ確認できていません。

以下は原作小説の記事。

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