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人的資本経営を考える~人的資本経営ウォッシュとやらされ人的資本経営~

2020年9月に経済産業省が「人材版伊藤レポート」を公表し、それを皮切りに人的資本情報開示の重要性が日本国内でも広まりました。人材への投資が欧米に比べて格段に低く、それが競争力の減退につながっていることに端を発しています。経営戦略と人材戦略の連動がうまく合致しておらず、経営効率を重視する過程で人材を管理としての対象としてしか見てこなかったこれまでの経営のあり方、結果として社員一人一人の個性や自律性がそがれてしまったこと、これらが変化にうまく適応できない企業が増えていき、結果として国際競争力が低下につながってしまった。こうしたことが背景にあるようです。政府は2023年から人的資本経営に関する情報開示が上場企業に義務化される方針を固めています。あるインターネット調査によると、現在対象となる4000社近くの企業がその情報の収集と開示の方法を模索しているとのことでした。例え義務化という流れであったとしても、多くの企業が社員に対して投資をしようという意思をもって、企業戦略と人材戦略とのつながりを強く意識し、多様な人材が活かされる環境と適切な人材育成が行われ、働く環境の改善が進むことについては賛成です。しかし、この流れにおいて大きな落とし穴もあり得ることを留意しておかなくてはならないと考えています。それは開示すべき項目に合わせて施策を検討するようになることで、人材戦略が再び形骸化してしまうといった負のスパイラルが生まれてしまうことです。

この負のスパイラルには2つの種類が考えられます。1つは、ESG投資のためのSDGsウォッシュのように、これまでと何も変わらずただ既存の施策を項目に当て込むだけで何も変化が生まれないという「人的資本経営ウォッシュ」。2つ目は項目でもとめられることとその水準を達成するための施策だけが五月雨式に実施され現場では何の関連性も見えなくなるという「やらされ人的資本経営」。前者の場合は、その場しのぎ的な対処となるため現場には大きな支障はないかもしれません。後者の場合、「やらされ仕事がまた一つ増えた」という無理やりの残業削減に代表される働き方改革の失敗パターンとして現場に負荷をかける可能性が考えられます。さて、この2種類の負のパターンに陥らないためにどうする必要があるのでしょうか。

人材の投資が欧米に劣ると言われても、これまで多くの企業では人事部が中心となり、懸命に人材育成体系を整え、様々な研修などを取り入れ、採用も考慮し、社内の制度も整えてきたことと思います。しかしその結果として、投資は不十分で、競争力が欠如していると指摘され、今回の人材版伊藤レポートが経済産業省から公表されたわけです。

そう考えると、

・そもそも何のための人的資本経営なのか
・これまでの人材への投資と何が異なるのか
・これまでどのような投資が有効で何が意味をなさなかったのか
・自社にとって本当の意味で「人材に投資する」とはどういうことか
・開示すべき情報は自社の戦略とどのような関係を持つのだろうか
・本当に投資対効果が見いだせるのか


与えられた義務とはいえ、拙速に社内の情報を集め対策を講じる前に一旦このように原点に立ち戻る問い直しを行い、人事部を交えて経営層で合意形成するための対話を行うことも忘れてはならないと思います。そして、同時に人を投資対象として見据えるならば、

「結果として働く人たちは今より幸せになるのだろうか」

この問いに向き合うことは欠かせないと思います。そのうえで自社にとって固有の文脈をつくり、現場と対話しながら「その会社らしい人的資本経営のカタチ」をつくりあげていくのが本質的な人的資本経営の姿なのではないかと思うのです。

間違っても、在りし日の成果至上主義時代の逆戻りのような形で現場に寄り添うことなく経営戦略に基づく能力向上だけを目的とした施策ばかりが増えてしまうことによって、社内のつながりが崩壊し、多くの人々がサバイバーとして孤立していくような社会にはならないことを願いたいものです。

情報開示すべく重要項目に「社内のエンゲージメントの向上」があります。エンゲージメントとは人と仕事と組織のつながりの強度を示す言葉です。私は大手企業を中心にオンラインによるパートナーシップ契約で伴走型組織開発支援という長期型の支援を行っており、エンゲージメントを向上するための土台を整える仕事を行っていますが、改めてこうした支援がこれからの人的資本経営において極めて重要な役割を担うものと認識しています。

個人の能力の向上だけが優先され、組織と人が分断されていくのではなく、人や関係性に働きかけることによって働く人同士、働く人と会社とのつながりがこれまでになくよい発展を遂げ、互いの能力を高めあい、これまでの枠を超え新たな社会価値を生み出しながら、組織のパフォーマンスの向上させ、結果として働く人々の幸せが実現する姿を目指していく。

気付いたら開示すべき情報はすべて良好なものになっていた。

このような姿にこだわって各企業の支援に臨みたいものです。

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