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8月末から英語の偏差値50を2ヶ月弱で64まで上げて慶應文学部に合格した話

前書き
 みなさんこんにちは。やまだ(Twitter@jukennayamada・@keibunb1)です。
今回は自分の受験について振り返ろうと思います。自分は文才がなく、話がよく脱線してしまうかもしれませんが、お付き合いいただけたら嬉しいです。(内容16000字くらいあります…)※マシュマロなどで催促くださった方々、遅くなって本当に申し訳ありません!!(2024年4月15日加筆)

 自分は2024年に慶應を乱れ打ち受験し、ギリギリ文学部に合格することができました。ギリギリ合格なので方法論や考え方は間違っているかもしれません(すごく重要)が、受験生誰かの役に立った!とのちに言っていただけたら嬉しい限りです…!!
 あと、スタディプラスで学校の授業外の勉強は全部記録してました。記録も用いながら話を進めてこうと思います!参考限りに、こんな受験生もいるんだなぁと読んでもらったら嬉しいです!!

4月 総勉強時間62時間
 新高校3年生となり、正式に受験生に。この頃の自分は漠然と慶應か早稲田、願わくば慶應の上位学部に行けたらな…と思っていました。とはいえ具体的な合格への道筋は見えておらず、世界史は学校の授業についていくだけ(それでも成績はそれなりに良かった)、英語は単語と文法を夏までに固めようという心持ちだけ。国語に至っては古典漢文に対する嫌悪感で現代文がちょっとできるくらいでした。自分の高校は修学旅行が4月にあったので、勉強よりも修学旅行、修学旅行が終わってから勉強を頑張ろう!くらいに思っていました。また、当時生徒会で会長をやっていたので、それもあってそれなりにはやることがあり、4月は受験勉強は二の次、頑張ろうという気持ちだけある感じでしたね…。あとTwitterを始めました。個人的にはこれが一番やって良かったと思っています。Twitterの受験垢はちゃんと使えれば情報収集にもなるしモチベーションにもなります。あまりやりすぎない程度にやれば受験勉強にはすごく有効だと思っている…。自分に関わってくれた人たちがいい人ばっかりだったっていうのもあると今では思います。
 そんなこんなの4月でしたが、月末には河合の共通テスト模試が!!特に対策をするでもなく(共テ形式の英語は高2共通模試でやった1回だけ)特攻でした。会場は河合塾立川校だった気がする。お昼にファミチキを食べた記憶も微かに残っている…
 そしてその結果は…!!(点数/偏差値です)

英語R 68 / 58.6
英語L 61 / 57.3
英語  129 / 58.5
国語  115 / 61.5
世界史 64 / 59.6
総合  308点(61.6%) / 文系偏差値59.9

 うーん…微妙!早慶志望の偏差値とはいえない…。もちろん慶應早稲田全部E判定。とはいえどうしたらいいのかもわからず、5月へ突入…

5月 総勉強時間103時間
 新学期にも慣れ、勉強習慣も少しずつついてきた記憶があります。この頃はようやく古典の勉強も始めて、古典単語(FOMULA600)を進めていました。
 英語に関しては、英単語だけ自分でやって、あとは学校の授業(受験英語を教えるクラスとネイティブの先生がやる2つの授業がある)についていくくらいでした。とはいえ、授業のレベルが受験レベルに対応しているかと言われればそんなことはなく、毎日英語の文章を読んだり英語で会話するくらいだったと思います。よく内職でプロスピをしていた。こんな感じの英語の勉強でも少しはやっていて良かったなと思うことがあったと思っています。それは英単語です。自分は高校受験の際に英検2級を取っていて、また学校のレベルがそれなりに高い意識でもいたので(偏差値的に)英単語はターゲット1900とパス単準1級[5訂版]を同時並行で進めていました。この同時並行のおかげで、夏頃に長文の勉強を始めても単語はほとんど困らなかった記憶があります(それでも時間はかかるわ量は多いわできついのであまりおすすめはできません)。
 世界史は、先述したように学校の授業についていくだけでした。世界史を教えてくれた先生がとても面白く(中東の某国で国境警備隊に捕まったり、ボストンの海に茶葉を投げて現地警察に捕まったことがあるなどバックパッカーをしていた時期があったらしい)、テスト勉強もそれなりにやっていた上、科目的にも好きだったのであまり世界史に対する問題意識は受験全体を通してもありませんでした。
 まだまだこの頃は、そんなに急いだ意識もなく、学校の後国立競技場にあるジムに行って運動したり、家にいる時間も自由に過ごしたりと受験生としてはあるまじき()生活だったと思います。ただ、通学時間は勉強すると決めて勉強していたり(通学が1時間半かかったため、勉強時間の確保ができるところだった)とそれなりの意識はあったと思います。朝の中央線は人は多かったり、たまに止まったりと大変でしたが、めげず勉強し続けてくれたのは過去の自分に感謝ですね。

6月 総勉強時間128時間
 刻々と近づく夏。今振り返ると、4月から6月くらいまでは全く指針がない状態で勉強していたと思います。これは羅針盤も地図もなく航海へ出るようなものです…これにはインドを目指してアメリカへ辿り着いてしまったコロンブスもびっくり!!
 なので6月も変わらず、英語はほとんど英単語だけ、という状態でした。それでも、なんとなく受験で合格するなら長文をやらないといけない!という意識が芽生え始め、全レベル問題集英語長文の私大上位編(オレンジ色のものです、正確な名前は忘れました…)を購入して数題解いた記憶があります。それでも、英文解釈もせず思いつきで長文を始めるのは良くありません。解き方のルールを作っているわけでもなければ、復習の方法も定まってない。こんな状態では力がつくわけないですよね。というので、6月は特に英語力が伸びる事なく単語が詰め込まれていっただけだなあと思います。
 世界史は6月に共通テストの問題を少しずつ解き始めました。確か2,3回目で86/100点がでてかなり喜んだ記憶があります。ただ、今思うとこれは紛れもなくラッキーでした。この頃自分の通史の進み具合は1900年に入る前(ヴィルヘルム2世が即位したあたりとか、アフリカ分割のあたりかな)だったと思います。通史が終わった方ならわかると思うのですが、入試は近現代からの出題がとても多いです。なので通史はできる限り早く終わらせておくことをおすすめします(特に慶應経済・法学部志望者は出題近現代本当に多いので、寝転がりならがスタサプ見る、ムンディ先生の授業を見るでも早く終わらせておくに越したことはないです!!)。
 国語は古典漢文(漢文は早覚え速答法だけでした)を進めながら、現代文を結構やった記憶があります。使ったのはアクセス発展編(赤)と現代文開発講座でした(アクセス基本編は高2の頃に終わらせていました)。自分は高2の頃(高3は取ってない)に河合塾のハイレベル現代文という講座を取っていました。そこで週1で現代文の問題をじっくりとやっていたので、高2の2月の全統記述模試では現代文型の国語で偏差値65まで出ていました。ただ3月4月5月とコンスタントに現代文の問題を解いていなかったので定期テストで平均を大きく割るという始末…。それで現代文の参考書を色々調べてみたところ、「方法」とか「解き方」にフォーカスしているのが現代文開発講座だったので使用しました。アクセスは慶應生の方が小論文の要約対策のためにやったほうがいい!とおっしゃってたので使用しました。やった感じ、開発講座は割と良かったと思っています。何周もして現代文の解き方を武器にできたら強いと思う…。(国語に関しては受験で実際に使ってないのであくまでふーん程度にしてください!!国語に関しては早稲田の合格者や早大生に聞くのが一番いいと思います。)小論文対策のためとしてのアクセスは個人的にそこまでいらなかったかなと思っています。アクセスで出てくる文章よりも、実際の文章はすごく長いので(文学部・法学部など)過去問が一番いいんじゃないでしょうか…。
 あと6月に、1回だけ学校をサボって日吉のキャンパスに行ってみました。サボることを推奨するわけではないですが、それでも自分が行きたい大学・キャンパスに足を運んでみるというのはリフレッシュとしてもモチベーションアップとしてもすごくいいと思います。是非一度足を運んでみてはどうでしょうか?行った時の写真を下に添付しておきますね。

6月の日吉キャンパス

7月 総勉強時間231時間
 自分の学校は、夏休みに入るのがすごく早く(実質的に)、ほぼ7月8月全部が休みでした。個人的にも、この夏休みでなんとかしないとまずいな、という気持ちでいました。そこでどうにかしようと書店に入るわけですが、ここで先月と同じような思考で長文をやらねば!と思い英語長文ポラリス2を購入しました。今思うとここが大きいターニングポイントだったと思います。そして、なんとなく自分の中で夏休みの目標として「長文をできる限り毎日解く」と「MARCH8割、早慶5割」が掲げられました。なんでこれになったのかはわからないですが、今思うとすごくいい決断・目標決定をしたなと思います。
 7月の英語は、英語長文ポラリス2に加えて駿台の竹岡先生のスプレマシーという長文問題集を使用しました。これも慶應生の方からおすすめされて使用しました。7月はこの2冊を重点的にやったわけですが、結果としていうと一番力が伸びたなと思っています。ポラリス2もスプレマシーもMARCH関関同立から出典されているものなのですが、レベル感の微妙な違いが自分にはすごくあってたと思います。説明するのがすごく難しいですが、自分は長文慣れとしてポラリス2を使ってざっくりこんな感じで解いてこんな感じで復習していけばいいのね、という感覚を身につけた上で、MARCH関関同立の割と難しい問題を収録したスプレマシーで更に読解力を身につけたと思っています。毎日長文を解き続けた(厳密には毎日ではないですが、便宜上…)ことで、7月でMARCH関関同立レベルの長文で7割は最低でも安定していた記憶があります(細かい記録は下のスプレッドシートを参照してください)。
 世界史は、できる限り早く通史を終わらせよう!という心意気で茂木誠の世界史Bが面白いほどわかる本というのを購入しました。あとはほとんど東進の一問一答と、かすかな問題集演習(関東難関私大世界史問題集・実力をつける世界史100題問など)でした。結論から言うと、自分に通史の本はあってなかったような気がします。茂木誠の世界史Bが面白いほどわかる本は世界史の通史本にしては薄く、簡潔にまとまってるなと自分は思ったのですが、他の世界史受験生にこれをいうとそんなことはないあれは駄作だと否定された時もあった…それでも通史を本で入れるという作業があまり自分に合ってなかったと思います。自分と似たような人はスタサプやムンディ先生の授業の導入を検討してはいかがでしょうか…。あと問題集もいらなかったなと思っています。特に現役生の方は学校部活があって、遊びたいし、勉強時間はできる限り短くしたいしという方が多いと思います。そういう方(私大文系志望に限る)は自分みたいに一問一答だけでもいいと思います。あと自分は世界史の通期の講座を取っていなかったので、割と知識量積むくらいしかできることがわからなかったというのもあります。逆に言えば予備校で歴史の講座を取ってる人はその先生の指導やプリントに基づいて勉強するのが一番いいと思います。そして世界史は7月中旬に初めて過去問(慶應文学部2021世界史)を解いたのですが、まさかの32点。とはいえ、なんとかなりそうだなという感覚がなぜかありました(本番は74点という中途半端な点数でしたが…)。
 国語は相変わらずあやふやな進み方でした。古文ポラリス1と現代文ポラリス2を追加しました。現代文は力がついてMARCHレベルは戦える感触が身についていましたが、それでも古文漢文は全く。古文ポラリス1の駒澤大学の問題でも半分すら取れない始末…。この頃から、少しずつ国語を使わずに受験するという方法を模索し始めます。
 7月は情報をいろんなところから手に入れて、自分でそれらを取捨選択して、実行して、振り返って、改善して、とすごく「考えた」勉強ができたと思っています。文章だけだとすごく勉強だけしていたように見えますが、実際はクラスの花火をする会に行ったり、野球観戦に行ったりと受験生らしからぬ行動が多かったです…。
 そして、7月末に行われた第2回全統共通模試!!これまでの力を発揮してやると臨んだ模試でしたが結果は…!!(点数/偏差値です)

英語R 70 / 60.1
英語L 67 / 56.2
英語  137 / 58.7
国語  123 / 55.0
世界史 74 / 63.3
総合  308点(66.8%) / 文系偏差値59.5

むむむ…確かに点数は上がって入るけど、それでも相対的に順位は下がっている…まだまだもちろん早慶E判定。自己採点をしていて気分が下がった記憶があります。今振り返るとこの時期でこれだけ取れてたらまだまだMARCHの共通利用が目指せたと思いますが、自分は損切りが本当に早い人間なので、自己採点をした時点でほぼ共通テストからは撤退する意思を固めます。そんな7月でした。

8月 総勉強時間218時間
 8月も、7月とは大きく変わることなく、ただ内容のレベルを上げた、という感じでした。ただ、河合塾の夏期講習を取ったのは良かったなと思うポイントです。早慶大世界史・慶大英語・慶應経済小論文の3つを取りました。
 英語は、夏期講習の慶大英語(池袋校などで教鞭を取られているC先生)と、長文演習として英語長文ポラリス3と英文読解の着眼点、それに加えてターゲット英熟語1000と英語頻出問題文法語法1000(スタプラ見返したら7月からやってましたが変更がとてもめんどくさいので便宜上8月ということにします)を追加しました。おそらく「慶應の長文」というものを初めて解いたのが慶大英語の1講の理工学部の問題でした。予習で解いた時は難しいけど、思ってよりいけるな、という感触でした。しかし、いざ授業を受けて採点するとまさかの3割。どうしよう、と思いましたが、あまり悩むことなく連日の授業を受けたのを覚えています。実際その後は5講の総合政策学部の問題で5割(17/30)が出るなど、力がついていることは実感できました。また、英語長文ポラリス3を解いていても、慶應経済の問題で6割(5/8)取れたり、早稲田政経の問題で8割(6/7)取れるなどこの時期はこのままやっていれば受かるな、という気持ちが維持できて、それがそのままモチベーションにつながっていたと思います。熟語帳の追加に関しては、解体英熟語と迷いましたが、進め方が慣れているターゲットを選びました。
 世界史は、N先生(横浜校などで教えられてるらしい、授業がすごく面白い、通期でこの先生の授業を受けたかったと思ってます)の早慶大世界史で自分の実力を図ることとなりました。そしてなんと、6-7割くらいが取れている!!(おそらくテキスト・内容自体が現役生のやっている範囲に限定されていたはず)とても成長を感じました。それでもやった内容は7月と変わりませんでした。このまま進めていけば、世界史は大丈夫だろうという気持ちでした。
 8月はギリギリまだ国語をやっていましたが、8月末の全統記述模試(後詳細書きます)が終わる頃には、もう国語はやらないで、小論文のみに絞ってやっていこうという気持ちに切り替わっていました。そして、夏期講習で初の慶應経済の小論を書いたのですが、初回の点数は41/70点!!本番これくらい取れたらいいな、と思っていただけにすごくびっくりしたのと、これならいけるな、という感覚がつかめました。(とはいえこの後小論の点数は大きく変動します)そして、返却は9月でしたが、8月全統記述模試。言い換えれば、夏の集大成です。その結果は!!(点数/偏差値です)

英語  80 / 50.5
国語  77 / 60.7
世界史 57 / 63.4
総合  214点(42.8%) / 文系偏差値58.2

ま、まずい…。一番大切な英語がこの夏終わりで50しかない…。結果を見た時はそれなりにショックを受けた記憶があります。とはいえ、この模試を受けた時、時計を忘れて、体調も悪くて、というので仕方がなかったな、と思う部分もありました。ここでしっかり気持ちを切り替えられたので良かったな、と思っています。この後の模試は、早慶レベル模試と第3回全統記述、そして代ゼミプレのみ…。大丈夫なのでしょうか…。

9月 総勉強時間140時間
 9月は、学校祭と人生初のインフルエンザにより、ほとんど勉強することができなかった、という月でした。自分の学校は9月に学校祭と体育祭がまとめて行われる、という形だったのと、体育祭の後の休みが河合塾の早慶レベル模試だったということで、なんとしても勉強量を確保しなければいけないな、と思っていました。あと、自分の学校は後夜祭などの音楽系のイベントを割とガチでやる感じだったのと(1000万円する機材を使ったりする)、自分がその運営のチームに入っていたこともあり、それなりに学校祭の準備が忙しく、学校帰りに自習室に行っても疲れて寝てしまう、ということが多くありました。そして、学校祭終わり。体調がおかしい…、学校ではインフルエンザが流行っていましたが、自分は今までかかったことがなかったのでそこまで気にしていませんでした。とはいえ、高2の時にコロナにかかった時よりもだるくて勉強どころじゃない…。というのでしっかりインフルエンザだという診断を受け、10日間くらい勉強がほぼ0になりました。そして早慶レベル模試も振替受験ができず…。受験生にとっては痛い9月となりました。
 英語は、この頃から英文読解の透視図という英文解釈の本を始めました。これを11月ごろまでに2周したのですが、これがすごく良かった。これまで漠然と理解していた長文が、もっとクリアに読めるようになったように思ってます。よく透視図は東大京大でもいらない、とか難しすぎる、なんてコメントをネットで見たりしますが、個人的には偏差値60くらいあって長文を読むのに苦戦している人がいればぜひおすすめしたいです。他にも、英文解釈をやっていれば自然と和訳の力がついてくるので、自分は11月の全統記述模試や、それこそ和訳や説明が多い慶應文学部の入試などで他の透視図をやってない受験生に比べて差がつけられたんじゃないかと思います。慶應文学部を受けられる方には、すごくおすすめの一冊です。そして、英単語帳でパス単1級とTOEFL上級2500を購入。どっちもやりたかったですが、結局パス単を出る度Bまでやって終わってしまいました…。単語を極めたい!という人は今流行りの出る順EXとか、究極の英単語(SVL)4などがおすすめです…!あと、9月ではポラリス3も終わり、ルールズ4の私大の問題のみを解き、少しずつ過去問、という感じになってきました。
 世界史は、変わらず学校の授業を真面目に受けながら一問一答をやり続けるということをやっていました。あとはちょくちょく過去問を解いたり…。この時点では文学部のものは半分以上取れても、法学部や経済学部のものはなかなか太刀打ちができない、といった状況でした。
 小論文は、夏期講習で取った先生の講座を通期でとり、それだけやっていました。この先生が配るプリントの数がとても多く、それに目を通すので小論文は手いっぱいでした。とはいえ人に小論文を見てもらって採点してもらう、ということができるようになったので、小論文をどう書いていけばいいかというポイントがすごくクリアになった気がします。
 そんなこんなで9月もあっという間に過ぎて、10月、秋がやってくるのです…。

10月 総勉強時間222時間
 10月は、9月できなかった分を取り戻そうという気持ちと、全統記述、11月初週にある代ゼミプレに向けて頑張らねば、という気持ちで勉強していました。どの科目も過去問を本格的にやり始め(週2-3セットとか)、分析して、知識を詰め込んで、ということの繰り返しでした。そして迎えた15日。第3回全統記述模試です。前回の雪辱を果たすことはできるのか…!?その結果は…!!(点数/偏差値です)

英語  123 / 64.4
国語  73 / 54.1
世界史 56 / 61.0
総合  252点(50.4%) / 文系偏差値59.8

英語が偏差値14も上がりました。透視図による和訳の成長と、文法、長文の訓練による成果が出たな、という感じだったように思います。そして全統記述を受けて思った感覚として、ざっくりMARCHレベルの長文が出てくるように思いました。あくまで目安として、こんくらいなのか、と思っていただければ嬉しいです。国語はもうやってなかったからしょうがないとして、世界史に関しては、この回が最終回だったということもあり、世界史の範囲が全範囲でした。しかし、自分は学校の授業についていっていたのでまだ通史が全然終わっていない状態。シンプルに見たことがない用語や説明も多かったので、実力値としては偏差値65ぐらいあったんじゃないかなぁと思っています(もちろんただのポジショントークにはなりますが)。というので、河合塾最後の模試は第一志望の慶應経済はE判定、慶應文はD判定、という形で終わりました。
 この頃は、英語は過去問+単語or熟語+英語頻出問題文法語法1000or透視図、というサイクルで勉強していました。過去問を解いてて、半分を超える回数も多くなってきて、過去問を解いているのが一種の精神安定剤みたいになってるところもあったと思います。
 世界史は、10月から一問一答を東進のものから学研のものに切り替えました。理由は学研のものはアプリがあったのと、内容が東進の一問一答に比べて難しかったからです。10月から別の参考書に乗り換えるのは危険なんじゃないだろうか…と思う方もいるかもしれませんが、個人的にはやっておきたい参考書があればたとえ年が明けた後でもやっちゃえばいいと思います(自分も1月にシステム英熟語をぶっ込んでいます)。過去問では、時々7割に乗ったり、ようやく完成が見えてきた、といった具合です。しかし、経済学部に関しては年号だったり記述だったりとまだまだ対策すべきポイントが多くあってなかなか高い点が取れそうにない、といった感じでした。
 小論文は、変わらず予備校の授業だけでした。学校の授業でもありましたが、より細かな対策という面では予備校の方だったかなと思っています。学校の授業では、対策というよりもいろんな問題について触れる、知る、という面が多かったと思っています。
 といった具合で、9月にうまくいかなかった部分を挽回して、少しずつゴールが見え始めてくる、といった10月でした。

11月 総勉強時間144時間
 11月は、最後の模試である代ゼミプレからのスタートでした。ここまで第一志望である慶應経済は全てE判定。ここでE以外を取らないとまずい!という気持ちでいっぱいの状態で臨みました。代ゼミプレは、少し特殊な模試で、志望学部学科が一つしか出せません。そして、それぞれの学部の問題(英語は共通問題+学部別問題)を解いて、判定が出る、といったような感じです。模試の日は、乗る電車を間違えてギリギリに着いて、すぐ受けて、といった具合でしたが、なんとも、思ったよりも解ける!帰りの電車で自己採点をして、これなら慶應経済受かるかもしれない!と思った瞬間でした。そして、返却は12月でしたがその結果は!!(点数(配点)/偏差値です)

英語  122(200) / 52.8
小論文 61(100) / 58.9
世界史 54(100) / 56.7
総合  237点(59.3%) / 偏差値55.3

結果としては、D判定でした!とはいえ自分としては世界史が終わってなかったりする中でもこれだけ取れたのは大健闘、E判定じゃなくてD判定で良かったとすごくホッとしたのを覚えています(実際この模試はA判定取れる人が10人いないので、判定に関してはすごくシビアです)。入試本番の形式に換算しても、246/420。形式が多少異なるとはいえ、本番でこれだけ取れていたら例年通りなら合格できます。最後の最後に、希望が見えた瞬間でした。11月、12月、1月、最後の追い上げを頑張ろうと思えた感じでした。
 英語は、10月とは特に変わらず、文法や単語をインプットしては、過去問を解いて分析したり、どこで落としたのかを確認したり。たまに英文解釈をしたりとあまり変わらない感じです。ただやっぱり過去問を解く量はすごく増えてきました。
 世界史は、慶應経済に対してより本格的に対策するために記述の練習(ほとんど過去問ですが)と元祖年代暗記法という本で年号を詰めまくりました。あとは学校に合わせて一問一答で知識を抑える、補強していく、といった具合でした。世界史はもうこの時点で足を引っ張ることはなさそうだな、という手応えでした。あとは学校の授業について行って通史を終わらせて、過去問で対策を練って本番に臨むだけ、というしっかり形になってきたのがこの頃だったと思います。
 小論文も相変わらず、予備校の授業についていく、という感じでした。すごく簡潔にまとめられちゃっていますが、予備校の小論文の講座を取るのは本当におすすめです、取れる余裕のあるひとは絶対にとったほうがいいと思ってます。
 といった具合の、もうこの頃になってくると知識の確認とか、過去問を解いてざっくり点数を見極めて対策を考えていく、というサイクルで固定になってきました(これは12月も1月も変わらないのでこれ以降各科目について書けることがほとんどありません…)。さて、最後まで戦い抜けるのでしょうか…!?

12月 総勉強時間189時間
 12月。学校のテストが中旬に終わると、もうあとは自分でやるのみです。起きて、過去問を解いて、採点して、分析して、参考書で知識を補強して、の繰り返し。文字として書き上げると簡単そうに見えますが、それぞれ弱点は違うので個々の思考や分析が一番要になってくるところだと思います。たまにひどい点を取ったりすると気分がすごく落ち込んだり、先行きが見えなくなる感覚に襲われたり、といったことも少なくありません。学校もなくなってくると、本当に一人になっちゃうので共に支え合えるような人がいれば頑張り続けられるのではないでしょうか…!!自分は同じ一般受験だった友達とよく電話して、今日あれが良かった、これがダメだった、明日は何する、今日はこれを終わらせてから寝る、受験終わったらあれがしたい、などたくさん電話で喋りました。これがすごく気持ちの安定に繋がってた気がします。もちろんTwitterの受験仲間も含めて、です。あと、自分はクリスマスイブに男友達と二人で勉強する、というのをやりました。そして夜ご飯としてKFCで買ったチキンと、ファミマで買ったコーラとケーキを飲んで食べて、食べながらも将来のこととか色々語り合って、みたいな。受験期でも師匠にならない程度に息抜きがあれば、勉強する時にちゃんと集中できると思います。仲間を作っておくのは、本当に大切です。
 この頃の英語は、前述の通り特に使う教材も変わらず、過去問を解いて、分析して、単語帳文法など復習して、というサイクルをずっと繰り返していました。
 世界史は、学校が結局1945年の終戦くらいまでしかいかなかったので、河合塾の冬季講習の講座で「戦後世界史」という講座を取りました。5日間で戦後史をまるっと一周するというものですが、個人的にはこの授業がすごく楽しくて、戦後史が終わらせたのが遅かったのにも関わらず、最終的には得意分野になっていた理由かなと思います(あとこの講座のテキストが本当に良かったです!!世界史の教材でトップレベルでおすすめできる教材です!!)。あとは慶應経済対策に過去問を何周もしたり、年号を過去問で出てきてわからなかったものを全部覚えようとしたり、といった具合でした。
 小論文も特に変わらず、冬季講習で慶應経済対策の講座をとって、夏期講習と通期の講座と同じ先生に教えていただきました。冬季講習の最後に、その先生から「いつも前の方でちゃんと聞いてくれてすごく嬉しい」とお声がけをいただいたのがすごく励みになりました。H先生、本当にありがとうございました。
 といった具合で、内容としては11月とほとんど変わらず、休みに突入して、より追い込みになっていく、という感じの寒い12月でした。もちろん大晦日は幼馴染とたこ焼きを作って食べて紅白で乃木坂を見て、勉強をする余裕なんてありませんでした。

1月 総勉強時間229時間
 もう終わりは目の前に見えています。1月。自分は共通テストを出願していなかったので、共テの日もSFCの過去問を解いて、ひたすら過去問を解くという月でした。あんまり特に何かがあったかと言われると何もなく、といった具合で話せることも特にありません…。とはいえ、これはあくまで他の慶應に受かった人と喋ってて共通した部分として感じたことですが、直前期、マジで勉強できなくなります。勉強しなきゃという気持ちには追われますが、もうできる限りはやってきただろ、という気持ちだったり、今から完璧にしようとすると今からじゃ間に合わないくらいの量をやらなきゃいけなくなる、という気持ちに苛まれます。なので、この時期、多少勉強できなくても焦らずに、リラックスして、目の前のやるべきことに集中しましょう。
 各科目、内容は12月と同じです!英語に最後の最後としてシステム英熟語を追加したぐらいかな。

2月 総勉強時間90時間
 やってきました。2月。もう逃げることも隠れることもできません。本番までの2週間弱はあまり書くことがないので、前日から受験終了、結果発表、くらいを書こうかな、と思います。
 前日、この日は本番通りに起きて、荷物を持って下見をすると決めていました。なので時間通りに電車に乗って、東急東横線のホームから地上に出ると、あれ、受験生でいっぱい!?そうです、この日は慶應理工の受験日でした。なので明日、こんな感じになるんだなというイメージが出来上がった上で試験に臨ことができました。あとはこの日、Twitterで応援メッセージをくださった方々には感謝しかありません、心から励まされました、本当に感謝しかありません。
 そして2/13。慶應経済の受験日です。昨日の時間通りに、起きて、準備して、電車に乗って、日吉まで。日吉キャンパスに来たことがある方ならわかると思うのですが、実は駅から坂道を2、3分歩かなくてはいけないのです。その数分の道のりは心臓バックバクで、かな〜り緊張していたのを覚えています。そして、今は水曜日の文学の授業で毎週行っている独立館という建物の地下の教室が試験会場でした。1時間目、英語。経済学部独特の長文の足切りさえ超えれば合格できる、という感覚が自分の中でありました。長文はできた。Ⅳの日本語読解は微妙、Ⅴの英作文はすごくできた、といった手応えでした。そしてここでお昼休憩。Twitterの友達と一緒にご飯を食べて、すごくリラックスできました。そして世界史、小論文。世界史はアルゼンチンのパンパの目的を問う何のためにやっているのかわからない頭のおかしい難しい問題がありましたが、それ以外は大体行けたかな、という手応え。小論は2023年のような特殊なものではなく例年通りの要約と意見論述。本当に英語長文の足切りさえ超えれば受かってる、試験が終わってそう確信しました。そして、試験後は別のTwitterの友達2人とたい焼きを食べながらひようら(日吉の商店街)を散歩。いいリフレッシュになりました。しかし帰宅後、ここで事件が!!名前はあげません、某塾が英語の回答速報なんてものを公開してしまったのです。そして気がおかしくなったか、自分はそれで自己採点を始めてしまいました。あれ?これだと落ちてね?おかしいぞ…。某塾の回答速報は雑すぎるとして評判も悪く、ただただ受験生を困らせるためにやっているただの妨害行為、あまりアテにならないことを後で知ったのですが、それでも第一志望に落ちたというのはそれなりにショックでした(とはいえここで仲のいい浪人生の友達がわざわざ音声でメッセージを送ってくれました、救われました、本当にありがとう)。しかし翌日、また翌日と試験は続きます。とはいえ経済学部の翌日の商学部はほとんど対策ができておらず、受かる見込みはほとんどありませんでした。というので、商学部の受験日は内容も全く頭に入ってこず、浪人したらどうしよう、とかどうなるんだろう、みたいなことで試験中も頭がいっぱいでした。もちろん受かっているという手応えは全くなく、から元気で親に「ただいま」といったのを覚えています。経済学部、商学部、どっちも落ちてるだろうなという気持ちで翌日の文学部の入試を受けなければいけなかったのはそれなりにハードでした。とはいえ気持ちを切り替えないと、というのでこの日は早く寝ました。
 3日目、慶應文学部。本キャンに行くならこの日がラストチャンスです。過去問を解いてても、受かる手応えはあまりありませんでしたが、それでも一縷の望みにかけて、最初の英語の試験問題の冊子を日吉の独特のチャイムがなるのと同時に開きます。うん?おかしい。文学部の問題は問題→文章という構成になっていて、まずは問題文が読めるところから始まるのですが、長年英借文と呼ばれてきた独特な英作文が、ない。代わりに自由英作文が問題として置かれていました。多くの受験生なら、ここでピンチだと思うかもしれません。しかし、自分は慶應経済の対策で自由英作文の対策はしてきたつもりでした。なので、これはチャンスだと思って、文法ミスがないように丁寧に自由英作文を最初に終わらせました。そして、長文自体も内容が難しいものではあったものの、ざっくり自分の中で思っていたこんな感じのことが言いたいんでしょ?というのが文章の筋にピッタリあてはまり、和訳、説明、4択問題全てそれなりにはできた、という手応えでした。英語が終わった時点で、これ世界史で70-80点取れば、受かるんじゃないか?という気持ちが湧いてきました。とはいえ昼休みはご飯と散歩でほとんど終わり、苦手な中国文化史をチラッと復習するのみになりましたが…。配られる世界史の問題冊子、本当にここで決まる、と思いました。試験が始まると、思ったよりも簡単。どこかの学部で出そうだなと予想して対策していたロシア系の問題も出てきて、苦手な中国文化史からの出題はゼロ。そもそも文化史自体もほとんどありませんでした。問題用紙に回答をメモして、試験終了。手応え的には、かなりあり。そして行き着く間もなく小論文です。文学部の小論文は3日前に1回しか見ていませんでした。それも問題文をぱらっと読んで赤本の模範回答を読み流して終わり、というもの。そんな状態で受けた小論文でしたが、なんと、慶應経済で対策していた内容がそのまま書けそうな内容でした。テーマが「競争」についての文章だったのですが、経済学部用の対策としてやっていた「コモンズの悲劇」というものを意見論述のテーマとして用いました。要約も経済学部よりは難しかったですが、それなりにできて、大体試験5分前くらいに終わりました。終わった後、一緒に受けた(今も慶應文学部の同じ学生です)高校の友達と今日の試験について話し合って、これまた別の塾の信頼できる回答速報を見て、自己採点をしました(それなりに自信があったので自己採点をしても大丈夫だろうと判断しました)。それが74/100。まあ、微妙!デクラークとネルソンマンデラを間違えてるし、普通にやれば80点取れただろ、という内容でしたがとりあえずは自分にお疲れ様、ということで文学部の翌日、1日休憩を挟みます。
 そして2/17、2/18、2/19。SFC2連チャンと抑えの青学経済です。とはいえ、連続の入試でもう疲れ切っていて、SFCの英語は2時間集中が続かずにしっかり解ききれなかったのを覚えています。それでも18日の環境情報の後に油そばを食べにいけたのはすごく幸せでした。
 青学経済は、電車の運休・遅延で試験が1時間繰り上げになる始末。英語は手応えがありましたが、世界史が鬼のように難しくてまあまあ、といった感じでした。それでも試験が終わるとようやく受験から解放された!という気持ちで嬉しさと開放感と、とりあえずホッとしたような気持ちに包まれました。

 19日の後、24日から結果発表だったので、それまでは友達と遊びに行ったり、浪人した場合にどこを志望してその予備校に入るか本気で調べて年間のスケジュールを作ったり、出かけたり、不安が心の片隅にありながらも、解放された気分で毎日を過ごしていました。

 そして、23日夜。翌日10時の発表に向けて、起きたらすぐ見られるように徹夜してから寝ようとしました。結局6時くらいに寝たのですが、どうもこういう時に体はいうことを聞いてくれません。9:40くらいに目が覚めて、すごく長い20分を過ごしました。そしてちょうど10時。Safariの再読み込みマークを押して再ロードし、合否確認のボタンが出てきました。まずは商学部、不合格。まあ、分かってはいました。そんなのよりも、この一番本キャンに行ける可能性がある、いや、これしか残っていない最後の希望である文学部。おそるおそるボタンを押すと、そこには桜のイラストの上に赤い文字で「合格」と表示されていました。この時の嬉しさは忘れるとこができません。入学者手続きを進め、親にお金を振り込んでもらい、第二外国語を選択して、と複雑で面倒な作業をやりながらも、ようやく大学生になれるんだという気持ちで胸が躍りました。残念なことに慶應の他の学部は落ちてしまいましたが、それでも1個受かったので、勝ちは勝ち、ということで…。

その後2月、3月、卒業ライブに卒業式に卒業旅行に入学準備に。いろいろなことに忙殺されていてこのnoteを書くのが遅くなったわけですが、今では慶應に入学できて本当に良かったなと思っています。と、16000字を超えたあたりで、そろそろ一区切りとさせてもらいます。ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!!!

最後に
 いかがだったでしょうか?まず、ここまで読んでくださったことに感謝しかありません。そして、これからの受験生活、勉強をやめたくなる時も辛い時もたくさんあると思います。それでも、その先できっと「合格」があなたを待っています。目標に向かって頑張ってください!!「應」援しています!!

以下、質問や感想など待ってます。
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