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【映画】『PERFECT DAYS』こんなにもすばらしい映画の光と影


1.『PERFECT DAYS』の光


映画は映像と音楽とでできている。そのことをこんなにもハッキリと、こんなにもすばらしい体験を通じて教えてくれた。いろいろあった2023年。年末最後に鑑賞して本当に心が洗われたような気がした。

セリフがすくなく、単調とも思える出来事の繰り返しを描く映画だが、しだいにそれがリズムを生み、主人公・平山の生活の中に観客が溶け込んでいく。

毎朝平山が車内でかける音楽。気がつくと僕たちもその音楽を待っている。新しい一日がはじまり、下町のディスクジョッキーがかける今日一番の音楽を待ち望んでいる。一日いちにちをしっかり生きて、つぎの日を待ち焦がれる気持ちなんて、いつから忘れてしまったのだろう。

この映画がうまいところは、単調のような日々だけど、けっこういろんなことが起きていて、観客を飽きさせないところだ。たとえば平山は意外とアクティブに動いてる。銭湯、地下の飲み屋、コインランドリー、古本屋、美人のママがいるバー、カメラ屋(店主が翻訳家の柴田元幸さん!)……。映画を面白くするコツのひとつは場所の移動だ。作り手はそこをわかってる。

そして変化だ。いろんな変化がある。平山は朝起きて植物に水やりするけど、姪っ子が家出してきて寝ているために、こっそり静かに水やりする。出勤時に買う缶コーヒーも、姪っ子のために2つ買うことになるし、昼食も銭湯も写真の撮影も、単調だった日々は姪っ子がらみで豊かに変奏されていく。

姪っ子がらみじゃなくても、耳を触る少年のエピソードや、公園にいるホームレス、混んでいて違う席に座る地下の飲み屋、石川さゆりのバーも1回目と2回目では変化がある。

そう、この物語は絶え間なく変化する物事を描いているのだ。もちろん、この映画を最後まで(クレジット後まで)観た人にはわかると思う。「木漏れ日」の説明にあったように、風によって木々が揺れ、光りをあびた葉っぱの影がゆらめいてできる木漏れ日。単調のようにみえて世界は瞬間瞬間変わっていく。こうしてるいまも。『PERFECT DAYS』はそれを描いているのだ。

2.『PERFECT DAYS』の影


いっぽう、気になる点もいくつかある。僕はこの映画に本当に感激して、ちょっと言い過ぎだけど救われたような気すらした。しかし、だからといって100%賛美するわけでもない。

渋谷区のトイレを新しく快適にデザインし直す「THE TOKYO TOILET」というプロジェクトがもとでできた映画だが、ユニクロや日本財団という資本主義勝利者のもとでつくられた清貧の思想映画にはやはり違和感がある。

大資本が作る映画が貧しくても清く生きよ、みたいな物語では当然批判も生まれるだろうけど、まるでエクスキューズのように、平山はかつて恵まれた生活を送り、親は金持ちで、妹は運転手付きのレクサスに乗って家出した姪っ子を迎えに来る。

つまり平山は資本主義によって貧しくさせられたわけではなく、自ら進んでこの慎ましやかな毎日を選んだという作りになっている。(もちろん平山のバックグラウンドはヴィム・ヴェンダース発案で、彼がそこまで考えてるわけではないと思うが、結果としてそういう構図になっているということだ)

いい映画ではあるけど……と、こういうところに違和感を持つ人、あるいは拒否感を持つ人は少なくないだろう。

また、物語においては、平山の同僚であるタカシ(柄本時生)のあわただしく無軌道な若者感、妙におじさんになついてる姪っ子(中野有紗)、厭世的だけど平山に一目置く夜の商売をしてる女性(アオイヤマダ)など平面的な人物像と描写も気になった。ホームレスである田中泯が公園や道路で踊って主人公が好意的に見ているというのも、あまりにも芸がないというか、これはガッカリした。

ただ、終盤に出てくるナゾのモテ男・三浦友和は、平山と接したときに見せる戸惑い方、変な男気などが絶妙で、物語の中で確実に生きていた。たまに観る三浦友和ってめちゃくちゃいい印象があって『ALWAYS 三丁目の夕日』(監督:山崎貴/2005年)の医師役や古くは『M/OTHER』(監督:諏訪敦彦/1999年)なんかもすばらしかった。

3.光と影の木漏れ日


というわけで、ものすごく気になる影の部分を持ちながら、しかして光りの部分の心地よさに酔ってしまうという、巨匠・名匠・映画の魔術師ヴィム・ヴェンダースのすごさを思い知った映画だった。

この映画に出会えたことはうれしかったし、いまもまだ喜びがつづいていて、おそらく二度と消えないんじゃないかくらいに思っている。それくらいいい映画だったけど、しかし「木漏れ日」だ。光りと影、両方あって、100%いい、100%ダメではなく、どちらとも言えない両者のまたたき。僕はそのうつろいをたしかに見つめる。いまも、こうして。


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『PERFECT DAYS』(2023年/124分/日本、ドイツ)
監督:ヴィム・ヴェンダース
脚本:ヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬
出演:役所広司、柄本時生、中野有紗、田中泯、石川さゆり、三浦友和ほか

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