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しんどい時に読みたい一冊¦ありのままの自分を受け入れてくれる、漢方の世界

なんとなく、周りに「置いて行かれているな」と感じることはありませんか。
周りの友人がどんどん結婚したり、同期が次々と出世したり……。なにも成せないまま、年だけが確実に重なっていく焦りは苦しいものです。

今回は、そんなしんどい時に読みたい本をご紹介します。

その名も、中島たい子著『漢方小説』(集英社文庫 2008年)。私たちと同じように、「置いてけぼり感」に苦しむ女性が主人公です。彼女が漢方と出会い、少しずつ自分を受け入れていく過程はきっとあなたを勇気づけるでしょう。

一緒に、ありのままを受け入れてくれる漢方の世界をのぞいてみませんか。

1. 主人公に共感しながら、じっくりと漢方の世界に触れていく

『漢方小説』は、主人公が救急車で運ばれるところから始まります。主人公は31歳で独身の女性。彼女は、元カレが結婚したと聞いてから体調を崩してしまうのです。

彼女は元カレと復縁したいと思っていたわけではありません。ただ、かつて「結婚したい」と言ってくれた男性が他の女性と結婚してしまっただけ。それだけのはずなのに、心は確実にショックを受けていて、まともにご飯を食べられなくなるほどでした。

自分の周囲から独身男性が減ってしまった焦りは、31歳の彼女にとってすさまじいものだったのです。

その焦りの心情描写がていねいで、主人公に共感してしまいます。たとえば、元カレの結婚を聞いた帰り道、主人公が「この電車に乗っている人はみんな結婚しているのでは」という恐怖にとらわれてしまう描写があります。

自分ひとりだけができそこないのような、孤独と焦りがひしひしと胸にせまってくる感覚。きっと誰もが一度は経験したことがあるでしょう。

悩める彼女が、漢方と出会って少しずつ自分を取り戻していく。これが本書のテーマです。
彼女は体調を崩してからいくつか病院に行くのですが、どこへ行っても「特に異常はない」と言われてしまいます。唯一彼女の異常を見つけてくれたのが漢方医だったのです。

西洋医学で見つけられなかった異常が、なぜ東洋医学で見つけられたのでしょう。
西洋医学は「目盛り」で診るのに対し、東洋医学はシーソーのようにバランスで診ます。彼女の不調は、数値としては出ませんでした。けれど全身のバランスが崩れていて、不調を引き起こしていたのです。

西洋医学は病気と対立し、病原を集中攻撃するようなスタイルです。しかし東洋医学は、不調も自分の一部分として向き合います。最高の「パーソナライズ薬」である漢方が、個としての彼女を尊重してくれるのです。

そんな漢方のお話を、本書では詳しくしてくれます。本書の最後に、6冊も漢方の参考文献があがっているところからも分かるでしょう。とはいえ、主人公と一緒にゆっくりと世界に入っていけるので、詳しくない方でも心配はありません。

むしろ、漢方に詳しくないという方にこそ読んでほしい一冊です。今まで知りえなかった漢方の奥深い世界。本書の主人公のように、あなたも自分と向き合うきっかけになるかもしれません。

しんどい時にこそ、素朴でやわらかな漢方の世界をのぞいてみてください。

2.弱点と向き合う強さをくれる、漢方の考え方

あなたには人生のテーマはありますか。
本書の主人公は当初「病気を治したい」というテーマを持っていました。しかし漢方に触れる中で、「変化を恐れない自分になりたい」という一歩踏み込んだテーマを見つけます。

先述したように、東洋医学は西洋医学と違って「目盛り」がありません。いろいろな要素を相対的に見て、シーソーのようにバランスで考えます。そのシーソーは動き続け、上がるところまで上がれば下がっていくし、下がるところまで下がれば下がっていくのです。

自然と同じように、人の体も絶えず変化し続けます。「どんな深さも、変化も、恐れず受けとめられる自分になれたらと思う」。その彼女の覚悟は、漢方の考え方を知り自分と向き合ったからこそ生まれたものなのでしょう。

西洋医学の医者に「特に異常はない」と言われてしまった主人公は、漢方医に「私の病名はなんですか」と聞きます。それに対する漢方医の答えは「ない」でした。

東洋医学では病名ではなく、かわりに「証」という概念があります。私はその考え方がすごく好きですし、あなたも気に入ると思います。

西洋医学では「この病気には、この薬」という考え方をしますが、東洋医学では「病気にかかっているあなたはこういう人だから、この薬」という治療をします。「証」とは患者さんの基礎体力や体質などの、個人個人の総合的な情報です。

つまりしいて言うなら、主人公の病気は「いろいろな所が弱い」という主人公だけの病気なのです。

「私だけの病気」という不思議な響きをかみしめる主人公に、私も救われたような気持になりました。個人個人に寄り添う、漢方薬。病気と対立するのではなく、病気を受け入れる姿勢。これは、病気以外にも言えるのかもしれません。

自分の弱いところを受け入れて向き合っていく。その強さを、主人公は漢方から受け取ったのです。

3.この本が、私たちにとっての漢方薬

主人公は漢方のおかげで自分と向き合えたわけですが、最初から漢方に熱中していたわけではありません。

「なんだかうさんくさい」「こじつけ」と、猜疑心が湧いてくることもありました。でも、不調の原因を見つけてくれたのは漢方医だけです。とにかくいったん信じてみよう、という気持ちから始まった主人公の漢方生活。奥深い世界を知るごとに、じわじわと漢方の魅力に気付くのです。

主人公が何も知らないところからのスタートなので、読んでいる側もじわじわと漢方の世界に足を踏み入れることになります。実際、私もこの本を読んで漢方のことをもっと勉強したいという気持ちになりました。

漢方に詳しくない方でも、なんとなく漢方に素朴で優しいイメージを持っているかと思います。この本は、まさにそんな素朴で優しい一冊です。

主人公が漢方の香りに言及した一文が私はすごく好きです。「香辛料ほど強くなく、茶葉よりも主張していない、冬枯れの林を踏みしめた時のようなやわらかで素朴な香り」

素朴で、やさしくて、なんだか落ち着く。そんな漢方の世界を、主人公と一緒に覗いてみませんか。

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