発散したいのだ!〜最大の敵は自意識だ〜

どうしても身体を動かしたい時がある。

たぶん、ストレス的なものが溜まってる時だ。

昔なら、友達に電話して公園でサッカーしたり、高鬼したり、忍者ごっこしたり、ものすごく高いところから度胸試しにジャンプしたりして、そのようなものは発散できていた。いや、むしろ溜まることもないくらい、常に解放と放出だった。

でも、さすがに30代半ばになって、そんなことできない。大人が急に木に登ってジャンプしてたらたぶん一瞬で通報される。というよりは、単純に恥ずかしくてできない。

でも、周りの多くの大人みたいに、ジムやホットヨガに行くにはお金がかかる。お金はかけたくない。または、昔やっていたサッカーやフットサルは?一緒にやれる友達がいない。

じゃあ、ランニングは?お金もかからないし、一人でできる。

それは、なんか違う。

僕が思う発散ではない。気分転換にはなりそうだけど、僕が求めているのは発散なのだ。できれば汗をほとばしらせるような、発して散らすようなやつなのだ。

ということで、僕は踊ることにした。ダンスだ。音に身体を委ねて、流れるままに身体を動かす。これだと思った。

というのも、インスタグラムを見ていた時に、外国のおじさんが街なかで音楽に合わせて気持ちよく踊る姿を見て、あ!となった。

あ!踊ろう!と、思いついたときにはすでに心が踊ったのだ。

運良く、大学時代に少しダンスをかじった経験もあるし、十数年サッカーをやっていたので、身体を動かすことにはそれなりの自信がある。

頭の中でのシミュレーションでは、だいぶ発散できるイメージができた。

さ、いざ!

Tシャツにジャージのパンツ、頭にはヘアバンド。激しく踊ってもイヤホンが落ちないようにそのヘアバンドで耳を塞いだ。

夜9時。近くの公園に行き、ベンチにスマホスタンドを立てて、スマホをセット。YouTubeで良さげなダンスレッスン動画(よくわからないので結局かわいい女性がインストラクターのやつを選ぶ)の再生ボタンを押した。

しかし、音楽のリズムと共に、我が敵、自意識の波がやってきた。最大の敵は自意識なのだ。自分が好きなこと、やりたいことを追求しようとすればするほど、自意識という敵が僕に牙を向いてくる。

それでも発散したい。

欲求と自意識のぶつかり合いだ。

必死に自意識を消そうと、音量をMAXにする。

おぉ〜!テンションが上がる。頭に鳴り響くのは音楽だけになった。

しかしすぐに、

後ろに散歩するおばさんがいてこちらを見てるイメージ。

すごい大人がめちゃくちゃダンスの基礎、ボックスステップ踏んでるのださーというイメージボイス。

だから、ついつい、

少しでも上手く見せようと、ちょっとアレンジをいれつつのボックスステップを踏む僕。慣れてますよ〜、これはあくまでアップなのですよ〜と、手を抜いてる感を出す僕。

あかんあかん!負けるな!自意識に!

あらゆるイメージを振り払い、スマホ画面一点に全神経を集中させる(たぶん目がバキバキ。イッちゃってる)。身体の手の先から足の先まで、可動域目一杯に大きくド真剣に動かす、ことだけをただひたすらやる。

途中から、精神と時の部屋みたいな、無我の感じになったりする。

そう!これ!これが発散やで!僕、やったったで!自意識っちゅうやつ、めちゃくちゃ手強いけど、勝ったったで!

たった15分で汗だくになり、すごく気持ちよく、爽快だった。

でも、思うのは、たぶん、ダンスが良いというよりは、大事なのは自意識をはじけるかはじけないかということなのだと。

自意識がストレスを溜めさせるから、発散するには自意識をはじいたらいい。どっか行けって、ポイーっとできたらいい。

そういうことに気づいた。


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