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【創作童話】紫の瞳を持つ宇宙ねこのはなし

紫色の瞳をもつ猫は、失せもの探しが得意でした。
宇宙のあちこちを流れ流れて、さまざまな人々の大切なものを占う猫の神秘的な瞳は、たちどころに、失せものを探し出します。
猫の占いは、タロットよりももっと古くから脈々と継がれてきた、古い形のはいを使うしかし、大変に技術を要する類のものでした。

 いつしか、その腕前が遠く銀河を超えた果の空まで広まることとなり、
猫は敬意をこめて、流浪民の透紫眼ロマニーのアメジストと呼ばれるようになりました。
そう呼ばれると猫は自分にはそんな大層な、あざ名は必要ない。ただの占い師、もしくは骨牌カルタ使いと呼んでくれ。
と、決まって客に言うのでした。


 ある日、客として小さな猫がやってきました。
小さな猫は、驚くほど自分に似通っていました。毛皮の銀灰色ぎんかいしょくも、濃い葡萄色のヒゲもまったく同じ色でした。唯一の違いは、
年の端に似合わぬ淋しい澄んだ空色の瞳でした。

 小さな猫は、その淋しい瞳でまっすぐに猫を見つめ、あなたは失せもの探しが得意だと聞き及んだが、本当かと問いました。
「今まで占ったものはすべて見つけた。」
揺り篭の中で眠る、生まれたての赤子も起こさぬほど凪いだ声で猫は答えました。
今までに見つけてきたものは、星の数ほどありました。良いものも、悪いものも、望むと望まざるにかかわらず猫の瞳は透かしてしまうのです。

 小さな猫は、意を決したようで。こくり、と一つのどを鳴らすと、
「どうか、僕の淋しい心の還る場所を見つけて欲しいのです」
と、小さな声でいいました。
猫は、びっくりしてしまいました。今まで探してきたものは、
全て形があるものだったからです。
思わず、骨牌かるたる手が止まってしまいました。
形のないもの、しかも在る場所ではなく、還る場所を探して欲しいなどという依頼は、初めてだったからです。

 猫はしばらく考えてから、占いの起点として名前を教えて欲しいと頼みました。
いつもはたちどころに見える失せものも、形がなくては見つけるのが難しくなるからです。すると、小さな猫は大変困った顔をしました。
「僕には、名前がないのです」
すぐに解けてなくなる、雪の欠片のように小さく儚い答えでした。
「おまえには、あざ名はないのか?」
と、機転を利かせて小さな猫の答えを待ちました。
けれど、返ってきたのは、今にも零れ落ちそうな悲しい瞳だけだったのでした。

 猫はいよいよ、困ったな。と、顔には微塵も浮かばせることなく、手元の牌を繰りながら内心頭を抱えました。
今まで、骨牌かるた使いをしてきたなかでも、間違いなく一番難しい依頼です。形のないものを探すことはできない。と、この小さな猫の頼みを断ることもできます。

 ですが、こんな淋しそうな瞳をした小さな猫に、何の助言も与えず放り出すのは、大変に心が痛みます。それで、ずいぶんと不確かだけれども、この小さな猫の助けになるように、しるべとなる言葉を手繰り寄せてやろうと、決心しました。

 一つ息を吸い、ヒゲがピーンと真上を向くとたちまち猫の紫の瞳が輝いて、骨牌かるたが手に吸い付きます。
何枚かの骨牌かるたが、卓の上に姿を現すと、それらが示す意味をいつもより長い時間をかけて読み解き、ようやく言の葉にして紡ぎだしました。

 「小さな猫よ、お前には手助けがいるだろう。心が還るには名が必要だ。
名をくれるのは、お前と同じくらいの年の男の子だ。彼を探すには、この家を訪ねるとよい」
そういって、よく磨いだ爪を墨壺インクツボに浸すと、猫の瞳に映し出された家の場所をサラサラと書き記しました。
いつもの条件ならば、その男の子の名前も、住む場所もわかるのですが、情報が少なすぎることもあり、猫に読み解くことができたのはそこまででした。

 小さな猫は、大変喜んでペコリとお辞儀をすると、幼いころから唯一手元にもっていたという、古びた銀貨を差し出しました。それ以外に自分には差し出せるものはない、名前を得るために今までの全てを置いていくつもりだと笑ったのです。
「ありがとう、親切な占い師の猫さん」
そう一言残すと、小さな猫は風のように去ってゆきました。


 占いで示した場所は、この場所からとても遠くの銀河の果にありました。
猫が、流浪することを一度休みしばらくの間留まった、辺境の青い星。その星の中でも、比較的小さな国。
あの小さな猫がたどり着けるのか、急に心配になりました。
あんな不確かな情報を、大切に握る小さな猫が不憫で、やりきれない思いでした。
流浪民ロマニー透紫眼アメジストと呼ばれるほどに名声を得たはずの自分が、まったく矮小で、不甲斐なく傲慢に思えたのでした。

 青い星はよいところです。仲間もたくさん住んでいますし、たどり着くことができれば、小さな猫はきっと幸せになることができるでしょう。

 占いを授けた後は、その先を触れることはせず、結末を見ないのが猫の信条でしたが、今回ばかりは、違いました。小さな猫が心配だったのです。そして、自分が居たことのあるあの青い星での思い出が心に爪を立てたのです。


 猫は昔、青い星に住むある女の子の猫でした。
白く輝く毛皮と、きりりと輝く夏の青空のように溌剌とした青い瞳をもっていました。女の子は二人姉妹の妹で、家族と幸せに暮らしていました。猫は、女の子のお祖母さんに乞こわれて女の子の猫になったのです。
 女の子は、猫をかわいがり、遊ぶときも、眠るときも一緒でしたし、一緒にやってきたもう一匹の猫とも仲良く、穏やかにすごしました。

 それから何年も経ち、女の子が大人になると、猫はお祖母さんに暇乞いいとまごいを願い出て、流浪ロマニーの民に戻ったのでした。
占いの腕は、女の子から習ったものでした。彼女は幼いうちに師から新月の晩が近いほど力を発揮する、不思議なタロットを継ぎ、よく猫にその腕前を見せてくれたものでした。

 先ほど自分が示した場所に向かう小さな猫を、紫色の瞳で探し出すことは、容易いことでした。
もう、猫と小さな猫の間に縁えにしができていたからです。
銀灰色ぎんかいしょくの毛皮を煌きらめかせ、流れ星の尾をその身に纏まとい、小さな猫は無事、猫が示した場所へと降り立つことができました。

 白い雪がこんもりとつもり、白くけぶる土地は猫が初めてみる場所でしたが、呼び鈴に応じて姿を表した顔には、見覚えがありました。
猫の一番幸せな記憶にある、あの女の子の姉さんが小さな猫の前に立っていたのです。彼女は、小さな猫の話を聞くと、傍らにいる眼鏡の夫と頷きあって、自らの甥の話をしたのでした。

 あまりにも出来すぎた偶然に、猫は心底驚きました。
つまり小さな猫は、あのもっとも幸福な家へと今から向かうのです。


 猫のなかに体に収まりきらないほどの思い出が甦り、あふれ出しました。


 そして、気がつくともうそこはあの懐かしい女の子の家でした。
今はお母さんになった、かつての友である女の子が、もう一度自分に名前をくれたらいいな、と、猫は願ってしまったのでした。
それで、猫の不思議な力は願いと共に封じられてしまいました。
もちろん占いをするこはできません。
ですが、猫は大変にすがすがしい気持ちでした。


 遅れてやってきた、小さな猫は目を丸くして驚きました。
しかし、多くを語らずとも、猫の気持ちは伝わったようでした。
小さな猫と共に玄関の戸をたたくと、
「はーい」
という、少し大人びた女の子の声がしました。

 この体は、あの時すごした毛皮の色とも、瞳の色とも違う。
けれど精一杯、女の子に伝えようと思いました。
まず、なんてあの子に言おうか。
自分の心の寄るべき場所に戻るのだから、ただいま。が相応しいかしら?
ああ、そうしよう。それがきっと、一番いい。

 そして、二匹の猫に幸せの扉は開け放たれたのでした。


                                     おしまい


後書き
 いつか、還ってくるあなたの大切なものに寄せて。2014年になろうで公開していた作品です。

甥っ子のために作った猫のマフラーに絵本をつけてクリスマスのプレゼントにしました。

そちらを童話に焼き直したものです。

#猫と創作  #猫のいるしあわせ

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