iphone7は7年使う

 私は、物を大切にする方だ。というよりも、長く使っているものがいくつかあるというのが正しいか。


 お気に入りのジーンズがある。こいつは、父が二十歳の時に買ったアルマーニのジーンズ。景気が良かったとはいえ、きっと頑張って働いて買ったのだろう。私はこいつを、中学二年の時に受け継いだ。お気に入りとはいったものの、丈が少し短い。父の身長を超えたのはいつだったろうか。たぶん、高校に入ったくらいだったと思う。高校時代の部活での選手登録では、頑なに175センチと記載していたが、高校入学時、既に身長は178センチ。卒業時には185センチくらいはあったと思う。相手チームは戸惑っていただろう。父の身長はずっと175センチ。こいつが少し短いのは当然だ。でも、どうにもカッコいいし気に入っている。結局、私は冬でもジーンズの裾を少しロールアップして、短いという事実をなかったことにしていた。

 そうやっては履き続けてられてきたこいつに、突然悲劇が起きた。大学院の1年目、なんとなく覗いた後輩たちのバスケットボール大会。誘われるままに出場することになってしまった。もちろん出場する気はなかったので、シャツにジーンズというラフな格好。その時に履いていたのがこいつだった。親父は50歳過ぎなので、購入してから30年以上たっているであろうこいつは、吊るすと立体裁断されているかのような形状記憶で、私の体にフィットする。もう持ち主は私、立派な私専用のビンテージジーンズだ。これを履いてバスケをすることなどたやすかった。
 

 試合もそこそこ盛り上がってきた頃、自陣ゴール前でリバウンド!!。登録上はまだ175センチだが、あれから更に身長が伸びている私に敵などいない。颯爽と飛び上がって、ボールをキャッチ。そのまま着地っっ!!

パンッッ!

不思議な音がした。
ひざ元にはそよ風を感じる。目をやると、膝上15センチくらいのところに綺麗に横線があった。パックリと割れていた。右も左も。


 この世には、ダメージジーンズなるものがあって、だいたい膝の辺りにわざとらしくほつれや破れがある。でも30年間ダメージを与え続けられたこいつには小さなほつれすらない。ただただ膝上に一直線。右も左も同じ高さ。蓄積された30年分のダメージは、突如形となり現れた。ただ、今は試合中。そんなことにはかまっていられない。むしろ動きやすくなったくらいなのでプレイは続行。試合後、こいつはもう修復不可能なほどに破れてしまった。あと私も敗れた。


 翌日、吊るしておいたジーンズに目をやった私は不思議な感覚を覚えた。が。一回履いてみた。


  え、カッケーやん。


 正直、悪くないと思った。本当は悪いとか悪くないとかよくわからんけど、好きなジーンズはどんな姿であってもかっこいいものだ。ちなみに使用頻度は急激に下がった。

 革やジーンズ等を代表とする、使うことで味が出るモノは、長く使えば使うほどかっこいい。でも現代において、モノは作られ捨てられ、また作られる。生産と消費のスパンがどんどん短くなっている。
 代表例の一つに携帯電話がある。前は二年周期で機種も会社も乗り換えるっていうのが流行っていたし、最近はSIMフリーの本体を購入して会社だけを転々としている人も多いみたいだ。  


 でも、私は小六の時からドコモ一筋。特に変える理由もないから変えていない。そんな私は、携帯電話も割と長く使っていた。中学二年で買った携帯電話(いわゆるガラケー)は、大学一年の時まで現役だった。しかし、Wi-Fiを要する別媒体でしかLINEを見ることができなかった私にも、授業の連絡は当然のようにLINEで来る。スマホがないということが、学校生活に支障をきたしていた。さすがに限界を感じた私は、6年間愛用していたガラケーを手放すことにした。こいつの名前がN-06A。N-06Aを6年間使っていたという偶然。でも、その時は気にも止めなかった。


 そして手に入れたのがiPhone5。私はこいつを5年以上使い続けるとなんとなく決めていた。神様は見ていたのだろう。5年後、大学院を休学して、北海道をのらりくらりしていた私は、ふとドコモショップに立ち寄った。今より月額が安くなるプランでもないものかと、キャンペーンの話なんかを聞いてみた。店員さんによれば、今使っているiPhone5をiPhone7に変えると月々の料金が下がるらしい。月々のキャッシュバックみたいなものがあるようだ。携帯が新しくなって、月額が安くなるなんて、今度は変えない理由がない。なんなら、iPhone5をぴったり5年使ったことに誇らしさすら感じていた。これが5月上旬の話。2019年の五月、私は晴れてiPhone7を手に入れたのだ。無論、7年間使うと決めた。


 次に携帯電話を変えるのは7年後。その頃には、私は既に30歳を超えている。その頃には結婚しているのかなぁ。子供はいるのかなぁ。このiPhone7で我が子の写真を撮る日が来るのかなぁ。そんなことを考えながらも、どうせ落としたり、水の中に入れたりしてしまうと思うので、少し高いけど、防水で丈夫そうなケースを買った。


 それから時は過ぎ、十二月の半ば。私は小樽で釣りをしていた。雪虫が舞い、イカがよく釣れるこの時期。小樽湾に糸を垂らして、当たりを待つ。指先は少し悴む。釣りってのは、どうにも暇なときがある。耳にはイヤホンをつけ、YouTubeで作業用BGMを聞いていた。YouTubeってのは、広告がとにかくうざい。広告をスキップできるまでの数秒間は、必ず見なければいけないし、すぐに終わる広告ならともかく数分間続くものもある。その時期、広告はメンズ脱毛クリームのものがよく流れていた。


 「剛毛男子のみなさぁぁーーんっ!」


から始まる。すごいよな、コンピュータって。こいつは私が男だということを知っているし、年齢もだいたいわかっているんだろう。ただ、私の毛が剛毛かどうかまでは分かっていないようだ。


 私には毛頭必要のない脱毛クリームの広告は、即スキップしなければ。ポケットから携帯を取り出す。と。イヤホンをした耳に重みを感じた。耳が海に吸い寄せられる。次の瞬間、ぽちゃん。イヤホンジャックが揺れる。水面には携帯画面が上向きで、脱毛後のつるつるな男の足が上向きのまま、落ち葉のようにスルスルと海の底へと沈んでいく。夏なら、すぐに飛び込んで解決。なんたってケースは防水。ただ、季節は冬。厚着もしている。飛び込めば水難事故待ったなし。離れていくiPhone7を尻目に、ゆっくりとリールを巻いた。iPhone7が沈んでいるであろうところに、空の針を何度か下ろした。しかし、反応はない。


 奇しくも私は、明確な意思をもってドコモショップを訪れることになってしまった。時は十二月。iPhone7を手に入れてから、ちょうど7ヶ月。数字に呪われているのだろうか。7年使うとか言ってごめん。7年も使ったらそりゃ疲れるよな。無理言ってごめん。でも流石に7ヶ月ってのは……。
 しかし、保証制度ってのはよくできている。これはきっとSIMフリーで使っている人には縁のない話だが、私のもとには即日で新しいiPhone7が現れたのだ。失ったのは防水のケースだけ。
もう無理は言わないから、できるだけ長持ちしてくれよ。NEW iPhone7

 そんな私のiPhone7は、最近充電の減りが早い。

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