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我在晚上的神戸南京町走路(弾丸旅行1日目後編)

人間の価値は休日をどう過ごすかで決まる。
休みだからと言って昼過ぎまで二度寝したり、日のあるうちから酔っぱらったり、Youtubeの配信を垂れ流しながらダラダラと過ごすのはナンセンス。
スマートな大人である俺は七日の休みを得て速やかに旅行の予定を立てた。
一人旅の一日目。俺は競馬場で競馬予想片手に声を上げる男たちに揉まれながら必死に馬券を買っていた。そしてあっという間に数万円を失っていた。俺は負け犬だった。だが休みはまだ始まったばかりだ。俺は気を取り直した。


競馬場を脱出する

菊花賞の観戦を終えた俺は早々に人込みをかき分けて出口に向かった。一般に競馬ではメインレースが終わった後にもう一レース残っている。俺は映画を観る場合スタッフロールが終わるまで席を立たない派だ。当然最後のレースまで見たい。だが俺は心を鬼にして駐車場に急いだ。なぜか。

当然疲れていたこともある。一日中さ迷い歩き、立ちっぱなしで、人込みに揉まれながら一日を過ごしたのだ。正直菊花賞が始まるまではへとへとで撤退を考えたほどだ。しかしそれだけが理由ではない。ただでさえ数万人が集まる競馬場だ。当然帰り際には想像を絶する混雑が容易に予想される。俺はメインレース後は駐車場から出るまでに3時間ぐらいかかるよと書かれたポスターにビビり散らかしていたのだ。

幸い早々に競馬場を出たおかげで大した混雑に巻き込まれることなくスムーズに脱出することができた。俺は名神高速を西に向かった。

神戸は我を迎えたり

今回の一人旅を企画するにあたって一日目の目的地を京都競馬場にした時点で、その後もひたすら西へ西へと進んでいくことが決まった。京都競馬場のある淀周辺にはあまり宿がないが、少し京都市側へ行けば近くにホテルはいくらでもある。だが今回は少しでも移動距離を稼ぐため、選んだ一日目の宿泊地は京都南郊から一時間超移動した先―――神戸だ。

俺と神戸との間柄は決して初めましてではない。むしろ何度も夜を過ごした馴染みの仲と言ってもよいだろう。神戸三ノ宮周辺はビルが立ち並ぶ都会の面影だが人でごった返すほどでもない。程よい都会具合が田舎者の俺にはちょうど良かった。港町の面影と歴史の風情が残るこの街並みに惹かれて、俺は何度も神戸の街を訪れてしまう。

そんな神戸で今回泊まったホテルはドーミーイン神戸元町だ。

最近できたばかりでまだ新しい(写真はHPより)

ドーミーインと言えば全国に展開するビジネスホテルだ。
俺の経験上、都会に泊まるなら高級ホテルよりもこういう手軽なビジネスホテルの方が満足できることが多い。今回のドーミーインも館内は清潔で、部屋も狭すぎることなく設備も新しい。これでお値段7000円ちょいだったのだから何の文句も出ない。だが俺が今回宿泊先にこのホテルを選んだのは何も値段が安かったからだけではない。

俺は南京町に繰り出す

ホテルに到着した俺はチェックインを済ませると休む間もなく部屋を出た。
目的は日本三大中華街の一つ、南京町だ。

ホテルを出てすぐにある門

何を隠そう、今回泊まるドーミーイン神戸元町は南京町の目と鼻の先。ホテルを出て5秒でたどり着ける。南京町は神戸元町の栄町通と西国街道に挟まれたエリアで、縦横のメインストリートが十字に交差している。少し歩けば食べ歩きの露店や夜に輝くネオンサインの数々が目に入る。適度な異国情緒に俺の気分も上がった。

中華街の醍醐味と言えばやはりこの雰囲気だろう。今どき本格的な中華料理を謳う店など日本全国どこにでもある。ただ中華料理を食べたいだけなら別に中華街に来る必要はない。だがこの雰囲気は中華街でなければ味わえない。正に中華街はテーマパークだ。俺は露店の点心や見たことない中華雑貨を眺めながら通りを歩いた。

鮮やかなボンボリも風情がある

それにしても腹が減っていた。なにせ昼間の競馬場では結局カレーパンぐらいしか食べられなかった。俺は晩飯にありつくために油断ない眼差しでストリートを眺めた。店を決めなければならない。中華街はテーマパーク。だからと言って安易に他の観光客と同じ店に入るのはつまらない。折角の中華街だ。どうせなら他では見ないようなちょっと怪しげな店に行ってみたい。俺の中の野性がそう叫んでいた。

俺は獲物を探して彷徨った。例えば海外に行って、本格日本料理を謳う店の名前がトーキョー・レストランとかオオサカ・スシとかそういう名前だったらその実力を疑ってしまうだろう。そういうわかりやすいが故の安易な名前は避けろと俺の嗅覚がささやいていた。そんなことを考えながらメインストリートから外れた薄暗い路地を歩いていると、その店は現れた。

茶餐廳で金冠鱼翅でも吃しない?

目が滑る漢字の群れが俺に襲い掛かる

群愛茶餐廳。それが店名だった。読めなかった。群愛茶までは分かる。餐も晩餐という単語のおかげでギリギリ理解できる。
。見たことも聞いたことない。今この文章を書いていてもどう書くか分からなかったので無力な俺はコピペすることしかできない。インターネットに尋ねたところ店名は「ぐんあいつぁつぁんてぃん」と読むらしい。茶餐廳で喫茶店的な意味だとも今知った。

とにかく俺はこの見たことも聞いたことない店名に惹かれた。相当怪しかったが俺は意を決して店に入ることにした。店前に貼紙があり、老夫婦二人で営業しているため提供に時間がかかりますとの注意書きがあった。そして店に入った俺に店の人に全く気付いてもらえないといういきなりの試練が襲いかかってきた。出鼻をくじかれた格好だが幸い何度か声を上げた末に気付いてもらえるときちんと案内してくれた。俺は安堵した。

店内はテーブル席が5つほどあるだけでかなりこじんまりしている。
店構えはかなりお洒落な感じだったが、中は壁際に書類や本などがこれでもかと山積みになっており、レジなんかは紙の束で埋もれかけていた。
おばあちゃんちの戸棚みたいだなと俺は思った。ディープな雰囲気に俺の意気も高まった。他に客は観光客っぽいカップル一組だけだった。数多ある店の中からここを選ぶなんてなかなかいい嗅覚をしている奴らだと俺は感心した。

メニューはそれほど多くない。点心が何種類かと粥と麺類の三つが中心だ。
俺が注文したのは金冠魚翅餃(フカヒレ餃子)と小籠包、そして鶏のお粥だ。悩んだ結果、結局無難なメニューになってしまった。なのでドリンクには初めて飲む紹興酒を頼んでみた。

先に紹興酒が来る。生まれて初めて飲んだ紹興酒は甘みとコク、そして独特な風味が強くかなり個性的だ。結構なパンチを喰らったが舐められないためにも努めて何気ない風を装っていると点心2つが来た。

紹興酒片手に料理を待つ

まずフカヒレ餃子。正直に言うと俺はフカヒレがどういう味なのかいまだに分かっていない。そして今回も分からなかった。だが餃子自体はニンニクが効いていて肉汁溢れる日本の餃子と違った点心の餃子といった雰囲気で、
大振りで食べごたえがあり、皮はもちもち、餡も肉が詰まったしっかりとした味わいで美味しい。

壁紙メニューに水餃子もあった

そして小籠包。ぷるぷるつやつやの小籠包を慎重にレンゲに装い一口かじると中からあふれ出す肉汁。正に定番の小籠包だ。変わらない、間違いない美味さだ。この点心の美味しさが紹興酒を加速させた。俺はいい気分になっていた。

小籠包。いつどこで食べても旨い

最後に出てきたのが鶏のお粥。でかめの丼にたっぷり入っており量が多い。
優しい味のお粥とはまた違う、鶏の旨味が詰まったお粥だ。トロっとしているが粘度は薄くさらさらと食べられる。

パクチーで味変も可能だ

以前横浜の中華街に行った時も粥を食べたがやはり美味しかった。そして横浜で食べて以来、何度か中華粥を再現しようとしてみたが結局この食感と味にたどり着けることは無かった。
簡単に見えて奥が深い。このお粥もその一つだ。
量は多かったがサクッと食べきった。俺は満足した。

老舗ラーメンとの出会い

群愛茶餐廳で俺の腹はかなり満たされた。だが折角の南京町だ。もう一件ぐらい行ってみたい。すでに目星はついていた。日本のラーメンのルーツの一つでもある蘭州拉麺の店だ。期待を胸に店に入ったところ、すでに営業終了したと断られてしまった。俺は落胆した。

だがこのまま負け犬のように尻尾を丸めて帰るわけにはいかなかった。俺はラーメンを求めていた。そして見つけたのが神戸ラーメン第一旭 元町本店だ。第一旭と言えば新福菜館と並んで京都ラーメンの老舗として知られる二大巨頭の一つ。京都発祥ながら第一旭は関西中心に店が多く、俺の地元三重県にもあるし愛知では尾張ラーメン第一旭という名前でチェーン展開している。この店はそんな第一旭の神戸バージョンだ。創業50余年という老舗の味に期待しながら店に入った。

第一旭とまさかの出会い(写真はHPより)

メニューは色々あるが今回は一番シンプルなラーメンのみ注文。
創業以来変わらないというラーメンはたっぷりのネギにメンマともやしが乗っていてこれが本当に通常トッピングなのかと疑いたくなる盛りようだ。スープは醤油ベースながら薄く澄んだ色合いが美しい。もう見た目からして期待しかない一杯だ。

余談ながら、俺は「昔ながら」という謳い文句をあまり信用していない。
昔ながらといいように言うものの、その中身は進化を怠った安かろう悪かろうのレベルが低いものであることなどザラだ。特にラーメンなど時代の進化が目まぐるしい分野だ。「昔懐かしい醤油ラーメン」が、昔の安い庶民食といった程度のものでがっかりする事など何度もあった。
だがこのラーメンは違った。進化の必要のない完成された美味しさだった。

見た目からもう美しい

スープはすっきりとした醤油だ。醤油スープにも濃い醤油の味が前面に出てきているものから複雑なダシの効いた繊細なものまで色々ある。このスープの醤油はどちらかと言えば控えめだ。そしてダシの旨味と程よく合わさりシンプルながら単純ではない滋味深いスープとなっている。

俺はラーメンは好きだが作り方は知らない。そういう薀蓄もない。
なのでグルメマンガのような素材がどうこう、調理がどうこうと言った解説をすることはできない。インターネットが言うには第一旭は豚骨ダシらしい。そう言われてみれば同じ醤油ラーメンでも鶏ガラ醤油ラーメンのパンチがある味とは違い、じんわりと来るようなこの味わいは豚骨由来の美味しさなのかもしれない。

麺はストレートの細麺だ。この歯切れのいい食感があっさり醤油スープとベストマッチしている。ちょうどこういう麺が欲しかったという期待通りの麺が当然のようにそこにある。当たり前のようで有難いことだ。

ラーメンの進化は目まぐるしい。あっさりからこってり、大衆的なものからお洒落なものまで、ありとあらゆるラーメンが存在している。今やラーメンが1000円を超えることなどザラにある。ラーメンの価値が上がっている分、それを食べる人の感覚も変わっている。時代に合わない、進化していないラーメンは生き残れない。淘汰されていく現実がそこにある。

而して第一旭の醤油ラーメンは、この味のラーメンならばこれ以上手の加えようがないと思える、完成された美味しさだ。もちろん人の好みは様々だ。流行り廃りもある。あっさりしたラーメンじゃ物足りないという人もいるかもしれない。だがいかに時代が変わっても、この醤油ラーメンという型は滅ぶことなく続いていくだろう。

創業50余年、変わらない味と言う第一旭のラーメンは、正に時代を超えた「古典的クラシカル」なラーメンだ。

(つづく)


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