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かたゆきわたり

冬がやってきました。
ナナちゃんは、お父さんとお母さん、妹のモモちゃんと家族四人で、雪がたくさん降る町で暮らしています。
お父さんのお仕事の都合で引っ越してきたこの町で迎える冬は、今年で三回目です。

毎年冬になると、積もった雪で町中が真っ白になります。
道路には雪の壁が出来て、大きな除雪車がシャンシャンと音を立てて走り回り、あちこちに雪の山を作っていきます。
お家の庭では、お父さんが屋根から落ちた雪を使ってソリ滑りができる山を作ってくれました。
ナナちゃんと妹のモモちゃんは大はしゃぎで、毎日雪の中を転げまわって遊びます。


保育園がお休みの日には公園で友達と一緒に雪合戦をしたり、雪だるまを作ったり、毎日大忙しです。
ナナちゃんとモモちゃんがスキーウェアと長靴、手袋、帽子、ゴーグルまでつけて走っていくと、似たような格好をした近所の友達が次々集まってきます。
ナナちゃんのお家のソリ滑りの雪山も大人気で、みんなで代わりばんこに登っては滑るのを繰り返し、短い冬の昼間はあっという間に過ぎていくのでした。



何日も吹雪が続いたあとの、ある日のこと。
久しぶりに朝からよく晴れたその日はいつもよりずっと寒く、暖かい部屋から一歩廊下に出ると、びっくりするほど床が冷たくなっていました。

ナナちゃんがぴょんぴょん跳ねるようにして居間へ向かうと、お父さんが仕事に出かける支度をしているところでした。
パジャマ姿のナナちゃんを見ると、お父さんは笑いながらこう言いました。

「今日はずいぶん冷えているから、カタユキワタリが出来るかもしれないぞ」

カタユキワタリという不思議な言葉にきょとんとしているナナちゃんに、お父さんはにこにこしながらこう教えてくれました。

「今日みたいな特別に寒い日は、夜の間に雪が凍って固まるんだよ。気温が上がる前に外に行けば、雪の上を歩けるんだ」

積もった雪の上を、歩けるなんて!

なんて素敵なんでしょう。
ナナちゃんは居てもたってもいられず、パジャマの上にスキーウェアを着込んで、外に飛び出しました。

外はとても寒く、凍り付くような冷気を吸い込んだナナちゃんは鼻の奥がツンとなりました。
お父さんの言ったとおり、庭の雪はカチカチに凍っています。
昨日ソリで滑った後の線がそのまま凍って、キラキラ光って見えました。
ナナちゃんは滑らないように気を付けながら、ソリ滑りの山を登っていき、反対側に降りて固めていない積もったままの雪の上にそっと片足をのせてみました。
雪は固く、びくともしません。
おそるおそるもう片方の足も踏み出して、ナナちゃんはついに雪の上に立つことに成功しました。

ゆっくり、そうっと何歩か歩いてみて、本当に雪の上を歩けることを確認すると、ナナちゃんは嬉しさのあまりほうっと白い溜め息をつきました。
もう三回もこの町で冬を過ごしているのに、雪がこんな風に固まるなんて知りませんでした。
世界はナナちゃんの知らない、新しい素敵なことで満ちています。

このまま雪の上をずうっとどこまでも歩いていきたくなって、ナナちゃんは裏庭の方に回ってみることにしました。
ナナちゃんのお家の裏庭の先には、たくさんの田んぼが並んでいます。夏はそのあぜ道を通って近道ができるのですが、今は雪で埋まっていて、通ることも近づくこともできません。

家の周りには屋根の近くまで雪が積もっています。
夏には頭よりずうっと高いところにある屋根と同じくらいの高さを歩くのはとっても不思議でワクワクしました。
一歩ずつ慎重に歩き裏庭にたどり着くと、目の前に一面真っ白の雪の原が広がっていました。

「うわぁ・・・!」

思わず歓声を上げたナナちゃんは、その場でぴょんと飛び跳ねてしまい、慌てて雪を確認しましたが、やはりカチカチになった雪はびくともしませんでした。
これなら大丈夫そう。そう思ったナナちゃんは、思い切り駆け出しました。

一面真っ白で、雪のほかには何もなく、ナナちゃんの他には誰もいません。
お日さまの光を反射した雪はキラキラ輝いていて、眩しいけれどとっても綺麗です。

雪の原の真ん中あたりまで走って、ナナちゃんは立ち止まり、ぐるっと辺りを見回しました。
冷たい空気のせいか、家から離れたせいか、しんとした静かな空気に包まれたナナちゃんは別の世界に迷い込んでしまったような、不思議な気持ちになりました。

ぐるぐると歩き回って満足したナナちゃんは、お家に戻ろうと裏庭の方へ一歩踏み出しました。するとその右足が、ズボッと思い切り雪の中に埋まってしまいました。
どうやら、その部分だけ解けて柔らかくなっていたようなのです。

ナナちゃんは埋まった右足を引っ張り出そうとしてもがきましたが、長靴が引っかかっているのか、なかなか取れません。
固い雪についた両手はあっという間に真っ赤になってヒリヒリ痛み出し、ナナちゃんは手袋を忘れたことを後悔しました。

埋まってしまった右足の周りの雪を掘ってみようとしましたが、凍って固まった表面の雪は固く、かじかんだ手ではうまく崩すことが出来ません。

『このまま足が取れなくて、どんどん雪が融けて、身体が全部埋まっちゃったらどうしよう』
『誰も見つけてくれなくて、夜になって、寒くて凍っちゃうかもしれない』

想像したら怖くてたまらなくなり、ナナちゃんはとうとう泣きだしてしまいました。

どのくらいそうしていたでしょう。
埋まった右足が冷たくなり、痛くなり、痺れたようになったころ、後ろから

「どうしたの、大丈夫?」

という声が聞こえました。
ナナちゃんが驚いて振り向くと、雪の上に知らない男の子が立っていました。
ナナちゃんは、足が埋まってしまったことを話そうとしましたが、泣いているせいでうまく話せません。
そんなナナちゃんの様子を見た男の子は、

「取れなくなっちゃったの?引っ張ってあげる」

と言ってナナちゃんの方へ手を差し出しました。
その手に掴まって引っ張ってもらいましたが、やっぱりなかなか抜けません。
すると男の子は、後ろからナナちゃんの両脇に腕を差し込み、上に持ち上げるようにして引っ張り始めました。
何度かそれを繰り返していると、ついにナナちゃんの右足は雪から抜け出すことができました。

しかし、足は抜け出したものの、長靴だけが雪の中に取り残されてしまいました。
男の子は長靴も取り出そうとしてくれましたが、どうやってもなかなか取れません。
泣き止んだナナちゃんは、男の子も手袋をしていないことに気が付きました。

「ごめんなさい、もうとれなくても大丈夫。長靴がとれなくなったって、お家に帰って、お母さんに言ってみる」

すると男の子は、取れなくてごめんね、と言って、右足だけ裸足になってしまったナナちゃんをおんぶしてくれました。

ナナちゃんのお家とは反対側の道路に出て、ぐるっと遠回りしてお家に向かう間ずっと、男の子はナナちゃんをおんぶしたまま色んなお話をしてくれました。

名前は、ショーマくん。
住んでいるのは遠くの町で、この町にはおばあちゃんに会いに来たということ。
ナナちゃんよりもお兄さんで、小学校三年生だということ。
ショーマくんもおばあちゃんからカタユキワタリの話を聞いて、一人で歩いていたら、泣いているナナちゃんと見つけたということ。
ショーマくんの町には雪が少ししか降らないので、雪遊びができて羨ましいということ。

ナナちゃんも、妹のモモちゃんのことや、お父さんが作ってくれたソリ滑りの山のことを話しました。
話しながら、ショーマくんにも遊びに来てほしいな、と思いました。

ショーマくんは、ナナちゃんをお家の玄関まで送ってくれました。
そして、ナナちゃんがお母さんを呼びに行っている間に、いなくなってしまったのでした。

お母さんと一緒に玄関に戻って、ショーマくんがいないのを見たときナナちゃんは、とても悲しい気持ちになりました。
そして、ショーマくんにちゃんと「ありがとう」を言っていないことに気が付きました。

「待っててね、って言ったのに・・・」

そう言って泣き出したナナちゃんの背中を、お母さんが黙って擦ってくれました。
そしてしもやけになってしまった両手と右足を温めながら、ナナちゃんはたっぷりお説教を受けました。

それから一度もショーマくんには会えていません。
休みのたびに近所を探してみたり、友達に聞いてみたりしましたが、ショーマくんを知っている人は誰もいませんでした。

ショーマくんが見つからなくてがっかりしましたが、不思議とナナちゃんには、きっとまた会えるという確信がありました。
今年はもう無理かもしれないけれど、来年のカタユキワタリの日には、また会えるような気がしているのでした。

もしもまた会えたら、今度こそちゃんと「ありがとう」を言おう。
そして、おんぶじゃなくて、二人で一緒にカタユキワタリをしたいな。

片方だけになった長靴を見るたびに、ナナちゃんはそんなことを思うのでした。

〈おわり〉

「#クリスマスにほっこりした文章を」に参加させていただきます。

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