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小説紹介

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『都会と犬ども』のことなど

未来をひらく  まだ四分の一しか読んでいないころからわかっていた。自分がこの小説について感想文を書くだろうなということが。だから物語を追うついでに、どんなふうに感想文を書こうかゆったり考えていた。『都会と犬ども』みたいに、僕も中学校時代を振り返ってみようかな。作中のアルベルトの生き方を現代人の若者と重ねてみようかな。引用についても思った。ここの表現はなかなかいかしてるし、感想文のなかに取りいてもいいな、というふうに。  でも、いちばん考え込んでたのは冒頭とタイトルについて

短文小説紹介 #4

概要 僕は自分のTwitterアカウント(@OnishiHitsuji)で小説の紹介をしている。ここにまとめられた7つの紹介の文章はそちらで共有しているものと同様だ。  今回は025から031までとなっている。 025-リチャード・ブローティガン「東オレゴンの郵便局」 とても好きな作家。あるいはお気に入りの作家。べつに好きだってことはないんだけどもこれまで沢山読んできたし、新刊が出ると手に取ってしまう作家――僕の場合には村上春樹。  習慣的に小説を読む人には、おのずとそのよ

短文小説紹介 #3

018-バーナード・マラマッド「魔法の樽」「恋愛」という単語にいったい何をおもうだろう?  僕としては、あるときには最良のもののひとつであると考えている。事実はさておき。  人が都合のためにパートナーを求めるとき、それは欲からなる罪深きものであるように僕には思える。ユダヤ人の祭祀になろうとしている主人公リオも、祭祀としての立場からで結婚斡旋人に連絡をとる。やってきたのはソルツマン。魚くさいにおいがぷんぷんし、商人のあの薄笑いを浮かべている。彼が手品師のように語る手前で、青年リ

短文小説紹介 #2

概要 僕は自分のTwitterアカウント(@OnishiHitsuji)で小説の紹介をしている。ここにまとめられた7つの紹介の文章はそちらで共有しているものと同様だ。  今回は011から017までとなっている。 011-川端康成「伊豆の踊子」 その山道を抜けると、僕は予想していたその好機に胸が高鳴るのを感じる。立ち寄った茶屋にはあの踊り子の集団が座していたからだ。  学生のうら若き青年と、自然美に包まれた踊り子との純粋なラブストーリーを展開する本作。伊豆の雄大さに囲まれてあ

短文小説紹介 #1

概要 このごろ、僕は自分のTwitterアカウント(@OnishiHitsuji)で小説の紹介をしている。とくに誰に向けたものというわけでもないのだが、書いていると楽しくなれる。もちろん読んでくれる人がいれば嬉しいし、それら小説で楽しんでくれるといいな、とも思う。 「大西書評堂」でも似たようなことをしていた。だが、あちらは書き込みが激しいあまり、体力と時間を消耗してしまう。実際、それがいやになって筆が止まってしまった。ああして作品の文体を意識しながらやってみることは経験として

大西書評堂#6 『左ききの女』

ペーター・ハントケ『左ききの女』(池田香代子訳) ・あらすじ  女がいた。女は子供といた。スカンディナヴィアに赴任している夫が「居住ユニット」と呼ぶその部屋でトウヒの眺めを見つめていた。子供はだだこねて、遊び続けている。女は文句を言うが、それでも子供は遊んでいる。  女は空港にひとりでいき、夫を迎える。帰りしなに、彼はスカンディナヴィアで孤独だったと話す。誰にも言葉が通じなかった、と。  帰って荷物をおろしてから、夫は変な感じだと話す。孤独でないことになれない感じだと。女は夫

大西書評堂#5 「何を見ても何かを思いだす」と「静けさ」

アーネスト・ヘミングウェイ「何を見ても何かを思いだす」(高見浩訳)・あらすじ  受賞したその小説を読んで、父は驚いていた。「どんなにいい出来かわかってるかい?」と息子に尋ねる。息子のほうでは「パパには見せたくなかったな」と言う。「お母さんが勝手に送ったのは心外だったな」とも言う。息子ははっきりしない態度で、しかし嬉しそうにしている。父のほうではじつに驚いていた。息子の小説を素晴らしい作品だと評していた。父は創作について尋ねる。どれくらいかかったんだ?――そんなにかからなかった

大西書評堂#4「造花のバラ」と「青い花束」

ガルシア=マルケス「造花のバラ」(桑名一博訳)・あらすじ  初金曜日で、ミサに行く日だった。  夜明け前、ミナは袖のない服を着て、取り外しのできる袖を探していた。見つからなかったので盲のおばあさんに尋ねると、昨日洗って、いまは風呂場にあるとのことだった。  ミナは「私のものに手をつけないで」とおばあさんに文句を言った。おばあさんはミサへ急ぐようにミナへ言った。が、ミナは袖が乾いていないためにミサへ行くのをやめた。泣きながら「おばあちゃんがいけないのよ」と言い、言葉で八つ当たり

大西書評堂#3 「クリスマスの思い出」と「八〇ヤード独走」

トルーマン・カポーティ「クリスマスの思い出」(村上春樹訳)・あらすじ  二十年前の秋のこと、僕はまだ七歳で、クリスマスの日は刻々と近づいてきていた。髪を短く切り詰めた女――背中がひどく曲がりこぶのようになっていて、頬はリンカーンのようにこけている――はうきうきした様子でクリスマス前の、この季節がやってきたことを僕に話しかけている。彼女は僕の親友だった。とても遠い親戚で、歳は六十を越している。彼女は僕のことをバディーと呼ぶ。彼女の子供時代にそういう友達がいたからだ。ただ、いまで

大西書評堂#2 「夏の読書」と「大理石」

バーナッド・マラマッド「夏の読書」(本城誠二訳)・あらすじ  ジョージは十六のときについ退学してしまう。そして就職活動をするが、「高校は退学しました」と話すたびちぢこまる思いをする。その夏は多くの人が職にあぶれ、ジョージも職につけない。そして、二十になろうとしているいままで、ずっと無職でいる。母は死んでいて、老いた親父、そして二十三の姉ソフィーが働いている。裕福でない家だ。二人は朝早くに家を出る。ジョージは掃除をしたり、ぼんやり野球中継に耳を傾けたりしている。ソフィーが勤務先

大西書評堂 #1 「幽霊たち」と「中空」

ポール・オースター「幽霊たち」(柴田元幸訳)・あらすじ  ブルックリンの私立探偵のブルーは謎の人ホワイトからの依頼でブラックという人物を監視することとなる。ブラックを見張り、週に一度報告書を送る仕事だ。道路を隔てた真向かいの一室から監視を続けるブルーだが、ブラックは紙に向かって何かを書き綴るのみで、いっこう行動を起こさない。困惑しながらも監視、そして報告を続けるブルーだったが、それでもブラックは向かいの部屋で書き物をしているのみ。あまりにも長い時間とともにブルーの目的は混濁し